アンタッチャブルボーイ



 みんなで食卓を囲んでの、穏やかな昼食の一時。
 食後のコーヒーを楽しむハインリヒに、イワン・ウイスキー少年がニコリ、と笑いかけた。
「ハインリヒ」
「何だ?」
 ニコニコとこちらまで嬉しくなるような無邪気な微笑みと共に、イワンはハインリヒに言った。
「ねえ、ハインリヒ。これから、ボクと一緒に出掛けない?フランソワーズから、美味しいケーキのお店を教えてもらちゃった。ハインリヒ、甘いもの好きだったよね??おやつに食べに行こうよ!」
 ガタリ。
 イワン&ハインリヒの斜め前方で激しい音がして。
 ジョーとジェットが椅子を蹴って立ち上がり、鬼のような形相でイワンを睨みつけた。
 そんな彼らのことなどは全く無視して。
 しばし考え込む風を見せたハインリヒに、イワンは重ねて言った。
「家にいてばかりじゃ、健康に悪いよ。ね?」
「・・・そうだな。それじゃあイワン、一緒に出掛けるか?」
「やったあ!嬉しいな♪」
 子供のように(実際に、子供だが)瞳をキラキラと輝かせるイワンに、ハインリヒは優しく微笑みかける。
「そういえば、欲しい本もあったし・・・本屋に付き合ってもらえるか、イワン?」
「もちろん!キミと一緒なら、何処だって付き合ってあげるよ」
 チラリ、と、ジョーとジェットに視線を走らせて、イワンは唇の端を曲げるだけの意地悪な笑い方をした。
 年に不似合いな、薄い笑いを。
 ギリギリと歯軋りしながらそんなイワンを見つめるジェットとジョーだったが、過去に何度も痛い目に合わされているため、敢えて何も言わずにその場を引き下がった。
 彼らが束になっても、イワンには敵わないのだ。
 イワンは、無敵だった。
 そんな彼らを見て、勝ち誇ったようにニヤリと笑ってから。
 イワンは打って変わったような可愛い微笑みで、ハインリヒに笑いかけた。
「それじゃ、ハインリヒ。15分後に、玄関で待ってるから。約束だよ!」
「ああ、分かった・・・」
 そして、イワンとハインリヒにとっては幸せで楽しい午後が、ジョーとジェットにとっては最悪な午後が、フランソワーズにとっては面白おかしい午後が・・・。
 幕を開けたのだった。



 場面が変わって、ここはジェットの部屋である。
 イワンとハインリヒのデートを阻止するための方法を二人は考えていたのだが。
いいアイディアなど、全く浮かぶはずもなく。
 不毛な会話を交わしていた。
「ちょっとジェット!キミ、コレでいい訳!?イワンったら、ハインリヒとデートするつもりなんだよ、ハインリヒの貞操の危機なんだよっ!?」
「んなコト分かってるよ。たださ、オレ達が何を言っても、ハインリヒはイワンの方を信じるじゃん?イワンは、ハインリヒのお気に入りだからな」
「イワンはハインリヒの前だと、無邪気を装うからねぇ・・・。本当は、性格どす黒いクセに。しかも、絶対にボロを出さないし・・・」
「だから!オレ達がハインリヒにイワンと出掛けるなって言っても、無駄な訳だ。オレ達、日頃の行いも悪いみたいだしな」
 顔を見合わせて、深いため息をつく二人。
 その時。
「あらぁ!そんなに心配なら、二人の後を尾行すればイイんじゃない?それで、イワンがハインリヒに何かしようとしたら、阻止すればいいじゃないの!!」
 鈴を転がすように美しい、しかし、悪魔のような声が、二人の耳に届いた。
「フッ、フランソワーズ!?」
「いつからいたの!?」
 驚く二人にニッコリと微笑みかけながら、彼女は答えた。
「最初からvv」
「・・・・・・」
 絶句するジョーとジェットをニコニコと見つめながら、フランソワーズが言った。
「だって、お部屋のドアを開けっ放しでバカみたいな議論をしてるんですもの。せめてドアを閉じてあげようと思って。イケナイ??」
(ドアを閉じてくれるのはイイんだけどさ・・・)
(閉じついでに、人の部屋に侵入するのはマズイんじゃねーか??)
 そう思いつつも、口には出せない二人だった。
 サイボーグとしての能力は高いはずの二人であるが、日常生活の中での地位は、何故か低い。
 ハインリヒは事も無げに、
『日頃の行いが悪いからだ』
 と切り捨ててくれるのだが、果たして本当にそうなのであろうか?
 周りの者たちのアクが強すぎるだけなのではないか・・・??
 等と、最近思ってしまう、ジョー&ジェットなのであった。
 話が横道に逸れたが、とにかくフランソワーズは二人の目の前でニッコリ微笑んでいる訳であって、ジェットとジョーの不毛な会話は全て聞かれてしまった訳である。
 しかも、さり気なくバカと言われてしまい、ジェットとジョーはすっかり凹んでしまった。
 その時。
 パタパタと階段を駆け下りる元気な足音と。
 トントンと軽やかに階段を下りる足音とが、前後して聞こえてきた。
「ハインリヒ、早く早く!」
「・・・そんなに、急がせるな」
 フランソワーズが相変わらず天使のような微笑みで、
「あらあら、二人はいよいよお出かけねvイワンがどんな手を使って、ハインリヒとラブラブするのか楽しみだわ〜vv」
 心底楽しそうに、言った。
「で。アナタたちは?後をつけるの、つけないの??イワンったら積極的だから、どこぞの路地裏にハインリヒを連れ込んで、色々しちゃうかも知れないわねvそれはそれで、萌えだけど〜vvv」
 その言葉に。
「・・・行こう、ジェット!ボク達で、ハインリヒを守るんだ!!」
「ハインリヒの貞操は、このオレが守ってみせるっ!!」
 バカ二人の瞳が、正義感(それが純粋なものかは不明であるが)でギラギラと輝いた。
「ハイ、それじゃ、変装用の帽子とサングラスをどうぞv」
 何処からともなく差し出された変装セット。
(何だか遊ばれているような気がする・・・)
 思いつつも、
「サンキュ、フラン!」
「ありがとう!!」
 その変装セットを受け取り装着すると、二人はイワンとハインリヒを追って、ギルモア邸から飛び出して行った・
「行ってらっしゃーい♪」
 ヒラヒラと白いハンカチを振りながら二人を見送り、フランソワーズはウキウキと呟いた。
「うふふっ。目と耳のスイッチオーンvvv」



 一方。
 イワンとハインリヒは、二人でぶらぶらと街を歩いていた。
「・・・日差しが、眩しいな」
 薄い氷色の瞳を細めてハインリヒが呟くと、
「キミの笑顔の方が、もっと眩しいよ」
 イワンが、太陽光線よりもキラキラと輝く笑顔でハインリヒにそう言った。
 その言葉に。
 ハインリヒの頬が、うっすらと紅を刷き、
「あまり、馬鹿な事ばかり言うな・・・」
 ボソリと声を出したハインリヒに、イワンは真顔で告げる。
「だって、本当のコトじゃない?キミはボクにとって、世界中で一番眩しい人だよ」
 ハインリヒは、今度こそ本当に赤くなり、
「大人をからかうんじゃない」
 嗜めるように、イワンに言葉をかけると、イワンは可愛い頬をふくらませて抗議の意を示した。
「からかってなんかないよ。それに、いつも言ってるでしょ?ボクは大人なんだから、子供扱いしないで欲しいな」
 頬をふくらませる、という仕草こそ子供のようだったが、ハインリヒを見つめる瞳は。
 どこか大人びていた。
 その瞳にたじろぎ、ハインリヒはイワンから視線を逸らした。
「すまない・・・」
「分かってくれればいいよ。折角のデートなんだから、二人で楽しく過ごそうね」
 ニコリ、とイワンは、無敵の微笑みを見せる。
 そう、イワンの微笑みは無敵だ。
 何だか言う事を聞かざるを得ないような、そんな笑顔。
 ハインリヒは、イワンのこの笑顔が嫌いではなくて。
 正直に言うと、好きだった。
 イワンの自信に溢れる無敵の微笑みは、何故かハインリヒを安心させてくれるから。
 ハインリヒははにかんだような笑顔をその頬に浮かべ、イワンを優しく見つめる。
 そして、恥ずかしそうに小さく咳払いをしてから。
「何もデートでなくても・・・お前と一緒なら、オレはいつでも楽しいがな?」
 ハインリヒなりの。精一杯の愛情を込めたその言葉に、イワンはハインリヒがドキリとするような大人びた笑顔で答えた。
「うん、知ってる。ボクだって、キミと一緒にいるときが、一番幸せだもの」
 言いながらさり気なくハインリヒの腕を取り、イワンはやっぱり大人っぽく笑った。
「好きだよ、ハインリヒ。だから、一緒にデートしようね?」
「・・・ああ」
 初っ端から、ラブラブモード全開の二人なのであった。

 その様子を見て、フランソワーズはキャッキャと喜んでいた。
「ハインリヒが、あんな可愛いコト言うなんてっ!貴重なワンシーンだわ〜。イワンも悪びれなくラブモードを炸裂させてるし、ハインリヒ、全然嫌がらないし・・・これは、ジョーとジェットは勝ち目ないわねvv」

 柱の影から隠れて二人の様子を見ていたジョーとジェットは、喜ぶどころか怒りに打ち震えていた。
『「聞いたかよっ、イワンのあの、くっさい台詞!?『キミの笑顔の方が、もっと眩しいよ』だあ??くっはー!あのマセガキがっ!!』
『子供が言っても全くサマにならない台詞だけどねぇ。しかも、『好きだよ』って、何!?ハインリヒはどうして、嫌がらないワケ!?頬なんか染めちゃって、危険な兆候だよっ!!!!』
『とにかく、油断は禁物っつーコトだな。ハインリヒを守るぞ、ジョー!』
『勿論だとも!イワンなんかに、ハインリヒは渡さないよっ』
 ガシっと固く握手を交わし決意も固い二人であったが、彼らの進む道は険しそうである、としか言い様がないのだった・・・。



 イワンとハインリヒの二人は、仲良くテクテクと歩を進め、街の大きな本屋に足を踏み入れた。
『つけるぞ』
『分かってるって!』
 ジョーとジェットも、すかさず後を追い、本屋の中に進入する。
 ラブラブな二人は、そのまま洋書のコーナーに向かった。
 ハインリヒが本を物色する様を、イワンが優しく眺める。
 ふと・・・ハインリヒの指が、書棚からある本を引き抜いた。
「リルケの詩集だね。・・・好きなの、ハインリヒ?」
 イワンが訊ねると、ハインリヒは、ほろ苦く笑った。
「オレがまだ、若くて何も知らなかった頃・・・な」
 イワンの唇が薄く開き、彼は口ずさむ。
「どんなふうにして、愛がキミのところにやってきたのだろう?
 降り注ぐ日の光のように 花吹雪のように
 それとも 祈りのようにやってきたの?
 ・・・言ってごらん」
 愛情のこもった瞳が、ハインリヒを見つめた。
 一瞬だけ、驚きの表情になり。
 それからハインリヒは、イワンを見つめて穏やかに微笑んだ。
 形の良い唇が開かれ、人の耳に心地良い声が、言葉を紡ぎ出す。
「ひとつの幸福が輝きながら天から降ってきて
 ゆるやかに翼をたたみながら
 私の花咲く魂にとまったのです・・・・・・」
 イワンとハインリヒの間に、誰にも割り込めないような優しい空気が流れた。
「ハインリヒ、キミは今、幸せ?キミのところに、ちゃんと愛はやって来ている??」
 イワンの質問には答えず、ハインリヒは、別のことを口に出した。
「今のは、第一詩集に収められている『愛 その一』だな・・・。良く知っていたな、イワン?」
「そりゃあね。リルケの詩集ぐらい、ボクだって読むさ。で、どうなの、ハインリヒ?キミは、幸せなの?」
 問い詰めるような眼差しを避けるように、ハインリヒは小さく瞬きをした。
「・・・幸せだ・・・多分」
 そして、彼は俯き、小さく呟いた。可愛らしく、はにかみながら。
「イワンという幸福が輝きながら現れて、オレの魂に止まってくれたから、かな?」
 呟いた後、真っ赤になるハインリヒを見て、イワンはニコリと笑いかけた。
「ボクも幸せだよ。ハインリヒからそんな風に思ってもらえて」
 洋書のコーナーは、確かに人少なではある。
 が。
 公共の場で、こんなにいちゃいちゃな雰囲気を漂わせていて良いのであろうか!?
 ジェットとジョーは、書棚の影に隠れながら、そう思っていた。
『てゆーかさぁ。今あの二人、宇宙語を喋ってなかった?』
『一部、解読不可能だったぜ。ただ、ハインリヒが幸せだと言ったのと、イワンも幸せだって言ったのだけは辛うじて分かったぞ!』
『ボクもその程度しか分からなかったよ・・・一体、二人は何を!?』
 それ以外に二人に分かることは、とにかくイワンとハインリヒが相思相愛並みのいいムードを漂わせている、というコトであった。
『とにかく、このままじゃ、ハインリヒが落城してしまうよっ!?』
『断固阻止するぞっ』
 ここまでラブラブな姿を見せ付けられているというのに、往生際の悪い二人であった。

 一方の、フランソワーズ。
「キャーっ!!流石はイワンとハインリヒだわっ。愛を語るにも、ロマンティックムード満載vリルケの詩を使っちゃうなんて、イワンったら、もうっvvvジョーやジェットじゃこうはいかないものねぇ。もうこうなったら、イワンにハインリヒを攫ってもらわなくっちゃ♪」
 同人ねーちゃんモード炸裂で、一人ウハウハするのだった。



 遠くのものを見聞きすることが出来るため、ストーカー・クイーンの名を欲しいがままにするフランソワーズ。彼女は今、燃えていた。
 イワン&ハインリヒのあまりのラブラブさに、遠くで見ているのが勿体ないような気持ちになる。
「ワタシもこれから出掛けちゃおっとv二人のいる場所は分かってるし、ジョーとジェットの馬鹿っぷりを間近で見るのも楽しいかも♪」
 日よけの帽子をかぶり、フランソワーズはウキウキと外に出た。
「こういう時に加速装置でもあると便利なんだけど・・・」
 などと、恐ろしいことを呟きながら。
 ジェットとジョーがこの呟きを聞けば、声を揃えて叫ぶことだろう。
「これ以上、余計な能力を身につけるな〜っ!!」
 と・・・。

 そんなミーハー心丸出しのフランソワーズはさて置き。
 イワンとハインリヒは相変わらずのラブラブモードでデートを続けていた。
 目的の本を探し出し、レジで代金を支払おうとするハインリヒの手を、イワンが押しとどめる。
「ボクが払うよ、ハインリヒ」
「だが・・・」
 ハインリヒの言葉も聞かず、イワンは自身の財布から代金を支払う。
 そして、ハインリヒに本を差し出した。
「はい。ボクからプレゼントだよ」
「イワン・・・」
 何か言いたげなハインリヒに、イワンはニッコリ笑いかけた。
「キミはね、もう少し甘え方を覚えた方がいいと思うよ?」
 絶句するハインリヒと、影から覗いているジェット&ジョー。
「・・・イワンのヤツっ。ガキのクセに、どこで金を入手しやがった!?」
「本当に!身分不相応だよねっ」
 絶句した直後、憤慨する二人の背後から、よく聞きなれた悪魔のような声が聞こえてくる。
「あら!イワンなら昨日、ギルモア博士にお小遣いをおねだりしてたわよ。ちなみにワタシもおねだりされちゃったvあんまり可愛らしくねだるから、思わず奮発しちゃったわ〜vvv」
 ギョッとして振り返ると。
 ニ〜ッコリと笑いながら、フランソワーズの登場である。
「うふっ。私も仲間に入れてね♪」
 一瞬、魂が身体から抜け出しそうになる二人だったが。
「てゆーか、フランソワーズ!イワンなんかにお小遣いあげちゃだめだよ!!ハインリヒに貢がれるのがオチなんだからねっ!!!!!」
 比較的素早く我に返ったジョーは、何時の間にか背後に現れたフランソワーズに対する驚きよりも、フランソワーズがイワンにお小遣いをあげた、という事実をなじる。
「あらぁ、いいじゃない?あの傍若無人で唯我独尊のイワンが他の誰かに貢ぐなんて、可愛くてvvv」
 ジョーよりも遅れて我に返ったジェットは、心の中で毒づいた。
(傍若無人で唯我独尊は、アンタもおなじだろうが・・・)
「何か言った、ジェット?」
「いいや、なんにも」
 相変わらずニコニコと微笑むフランソワーズに、ジェットが引きつった笑いで答えた時。
「あああ〜っ!?」
 ジョーが小さく(一応本屋なので、気を使っているらしい)叫び、ジェットは救われたような思いで素早く話題を切り替えた。
「どうした、ジョー!?」
「ハインリヒと、イワンがっ!!!」
 その言葉に、ジェットが辺りを見回すと。
 ・・・二人の姿は、忽然と消えていた。
「げえっ!?」
 三人が騒いでいるうちに、イワンとハインリヒはどうやら場所替えをしたようだった。
「うふふっv」
 フランソワーズが笑う。心底楽しそうに。
「さて、二人とも。こんな時に一番頼りになるのは誰かしら?」
「フランソワーズ〜!!」
「頼むよ、フランソワーズ!二人の居場所を突き止めてよっ!!」
 ホホホ・・・と、フランソワーズが高らかに笑った。
「もちろん、そうしてあげる積りよ。その代わり、アナタたちには一週間、ワタシの奴隷として働いてもらうけど・・・イイ?」
(奴隷!?)
 ジェットとジョーは心の中で叫んだが、背に腹は変えられなかった。
「・・・ヨロシクお願いします・・・」
 肩を落としながらもそう言う二人に、フランソワーズはバッチンとウインクで答えた。
「了解!フランちゃんにお・ま・か・せv」



 イワンとハインリヒは、ストーカー三人よりも早いタイミングで、目的の店に到着していた。
「ここだよ、ハインリヒ!」
 イワンが笑いながら言う。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
 店員に向かってイワンが指を二本、ビシッと指し示した。
「二人です」
「では、こちらにどうぞ」
 二人のデート(?)は、すっかりイワンのペースだったが。
 イワンのペースに流されることに、ハインリヒは何となくホッとする。
 じっとイワンを見つめるハインリヒに、
「どうしたの?」
 イワンが、問う。
「なんでもない・・・」
 視線を逸らして、思わず赤くなるハインリヒに、イワンはやっぱりニコニコと微笑む。
「言わなくてもいいよ、分かってるから」
「??」
「ハインリヒって、思ったことが結構すぐ顔に出るタイプだよねvカワイイな♪」
「なっ・・・」
 ムキになって反論しようとするハインリヒを見てクスリと笑い、イワンはメニューを差し出した。
「はい。何にする?」
 メニューを手渡されたハインリヒは反論することも忘れ、思わずそちらに集中する。
 実はハインリヒは、甘いものが大好きだった。
 意外だとよく言われるが、そんな時、ハインリヒは胸を張って答えるのだった。
『甘いものは、脳内活動を活発にしてくれるんだぞ』
 そして、心の中で付け加えるのが常だった。
(しかも、美味いしな・・・)
 今も、美味しそうなケーキの名前が並ぶメニューを見て、ハインリヒは幸せいっぱいな気分だった。
 叶うことなら、全て食べたい・・・。
 ハインリヒの表情はそう物語っていたが、いくらなんでも一人で幾つもケーキを食べるのは無謀だ。
 真剣にメニューと睨み合うハインリヒを見て、イワンは微笑する。
 子供みたいで可愛いな、と思いながら。
「ケーキセットで良いの?」
 声をかけると、ハインリヒは一瞬だけメニューから目を離してイワンを見、無言で頷いた。
「ちゃんとお茶も選んでね?」
 ハインリヒは今度は、イワンを見ないで頷いた。
 しばらくハインリヒに考える時間を与え、イワンは再度訊ねる。
「ハインリヒ、決まった?」
 コクリと頷き、ハインリヒはイチゴのタルトを力強く指差した。
 本当に可愛いっ!!!
 イワンは、心から嬉しくなる。
「お茶は?」
「オレンジペコ」
「了解」
 イワンはヒラヒラと手を振って、店員を招きよせる。
「注文お願いしまーす」
 近寄ってきた店員に、
「ケーキセット二つ。ケーキはイチゴタルトとレアチーズケーキで、お茶はオレンジペコとダージリンで」
 イワンが手際よく注文をする。
 この二人、傍から見るとかなり変な二人であった。
 誰から見ても年下のイワンの方が、場を仕切っていて。
 二人はどういう関係なんだろうか・・・?
 と、周りが疑問に思うような。

「ハッ、大人ぶっちゃって笑っちゃうね」
「イワンのヤツ〜。いつか復讐してやる」
「可愛いじゃないvていうかジェット、復讐しようとしても返り討ちにあうのがオチなんだからやめときなさい」
 ストーカー三人も既に店にたどり着き、ハインリヒとイワンの姿が良く見える席をキープしていた。
 ハインリヒが一生懸命ケーキを選んでいる様を見て、
「かっ、可愛いぜ、ハインリヒっ!!」
「なんてキュートなんだ、ボクのエンジェル!」
 等とアホなことを言いながら悶えていたジェットとジョーの二人だったが。
 イワンがハインリヒを優しくリードするのが気に入らず、舌打ちの連続である。
 二人が思うことは、ひとつだった。
(イワンと代わりたいっ!!!!)
 フランソワーズが、ふう、と、わざとらしくため息をついた。
「イワンとハインリヒだから、この場所にいても可愛いのよ?アナタたちが一緒だと暑苦しいだけなんだから、諦めなさいよ」
「そんな!ジェットはともかく、ボクならこの場の雰囲気にだって十分耐えうるよ!?」
「てめー、ジョー。オレはともかくってどーゆーコトだよ!?オレだって、十分可愛いんだからなっ」
「ハイハイ」
 馬鹿二人を軽くあしらい、フランソワーズはキラキラと瞳を輝かせた。
「あら、あっちのテーブル、注文の品が届いたわよ。見て見て!ハインリヒ、目が輝いちゃって、可愛いわぁ♪」
(可愛いハインリヒ!?)
 喧嘩を中断し、ハインリヒに注目するジェットとジョー。

 そんな二人の熱い視線&イワンの優しい眼差しを一身に受けながら、ハインリヒは現れたイチゴタルトを見て、瞳を輝かせていた。
 カップにコポコポと紅茶を注ぎ、その香りを楽しんでから。
 ハインリヒはおもむろに、イチゴタルトにフォークを突き刺した。
 ケーキをパクつくその表情は、思いっきり幸せそうだ。
「美味しい?」
 問い掛けたイワンに、ニッコリと極上の笑いを見せ。
 返事もせずに、ハインリヒは二口目を口にした。
 それから紅茶を飲み、ひと段落、といった感じでイワンに言った。
「すごく、美味い」
「そう。後で、フランソワーズにお礼を言っておかないとね」
 そしてイワンは、自分のケーキを一口分フォークに乗せる。
「ボクのも味見する、ハインリヒ?」
「いいのか!?」
 日頃のポーカーフェイスも何処吹く風である。
「はい、それじゃ、あーんしてv」
 イワンがフォークを差し出すと、ハインリヒは身を乗り出してぱくりとそのフォークからケーキを食べた。
「・・・美味い・・・」
 しみじみと幸せを噛みしめるような表情で、ハインリヒが呟く。
 その表情を見て、イワンも幸せそうに微笑んだ。
「キミがそうやって喜んでいると、ボクも嬉しいよ」
 イワンに見守られながら、ハインリヒは黙々と目の前のタルトを攻略していく。
 彼があらかたタルトを食べつくしたタイミングで。
 イワンは、気付く。
 ハインリヒの唇の端に、カスタードクリームが付いている、という事実に。
「ハインリヒ」
 優しい声で名前を呼んで、イワンはニコリと笑った。
「ボクも一口、もらってイイかな?」
 ハインリヒがハッとした表情になる。
「すまん、イワン!気付かなくて・・・」
「あ、そんなこと気にしないで」
 タルトの乗った皿ごとイワンに渡そうとしたハインリヒは。
 テーブルから身を乗り出したイワンに、ペロリと唇を舐められて、思わず皿を取り落としそうになる。
「イワン〜っ!?」
 真っ赤になってアタフタするハインリヒに、イワンは済ました顔で言う。
「ごちそうさま。美味しかったよv」
「イワンっ!!」
「そんなに怒らないでよ、ハインリヒ。キミの大好きなタルトを一口もらうなんて意地悪なコトしたくなかったから、唇についてるクリームで我慢してあげたんじゃないか?」
「〜っ・・・」
 納得いかない表情のハインリヒに、イワンが無敵に笑う。
「早く食べないと、本当に一口もらっちゃうよ?」
 その言葉に、素早くタルト攻略作業に戻るハインリヒなのであった。

 ほぼタイミングを同じくして。
「離してくれ、フランソワーズ!イワンを一発殴らせてくれっ!!」
「イワンは公衆の面前で、ハインリヒの可憐な唇を奪ったんだよ!?」
 今にもハインリヒの元へと駆け出していきそうな、ジェットとジョー。
 フランソワーズは、二人の襟首を掴みながら、平然とお茶を楽しんでいた。
「はぁ〜。やっぱり、ここの紅茶は美味しいわv」
「フランソワーズぅ〜」
「お願いだから、離してくれ〜っ」
 哀願する二人に、フランソワーズは愛想良く笑いかけ、
「そんなにお願いするなら離してあげるわ」
 イキナリ、襟首から手を離した。
 勢い余って、倒れる二人。
 店内に、バッターン、という大きな音が響き渡った。
 イワンとハインリヒの視線が、音の方を向く。
「おやおや、あそこにいるのはジェットとジョーだね?」
 視線の先にジョーとジェットの姿を確認し、黒く笑うイワンの通信回線に、朗らかな声が飛び込んで来た。
『はーい、イワンvデート楽しんでる??』
『フランソワーズは、ボクたちの邪魔をしに来たわけじゃないよね?』
『あったりまえよぉ。アナタたちのラブラブデートとジョーとジェットの馬鹿っぷりを見て、楽しんでただけv』
 二人が会話をしている間に、先ほどまでジェットとジョーが触れていたティーカップが、フワフワと宙に浮かぶ。
 そのティーカップは彼らの頭の上まで場所を移し・・・二人の頭に、紅茶の雨を降らせた。
 そしてカップは、何事もなかったかのように、テーブルに戻っていく。
 一連の動作は、ほんの一瞬の出来事だった。
「あそこにいるのは、ジェットとジョーじゃないか?・・・フランソワーズもいるぞ」
 呟いたハインリヒに、イワンはニコリと笑いかけた。
 まるで、何事も無かったかのように。
「そうみたいだね。一体、何をしているんだか。そろそろボクらは引き上げようか?」
空になったタルトの皿と、ディーカップを満足そうに見やってから、
「そうだな・・・」
 ハインリヒは、答えた。

 結局、お茶の代金もイワンが払い、ハインリヒは申し訳なさそうに言う。
「イワン・・・今日はありがとう。本当に申し訳ないような気がするが・・・」
「そんなコト気にしないで。ボクの方が楽しかったんだから。・・・ありがとう」
 イワンの瞳がハインリヒを優しく見つめ、彼はハインリヒの手をそっと握りしめた。
「大好きだよ。また一緒にデートしてね」
「ああ・・・イワンさえ良かったら」
 二人は手を握り合いながら、仲良く家路につく。
 店に残されたフランソワーズはその様子を盗み見しながら、ムフフと笑った。
(今日も楽しかったわ〜vvv)
 長い髪から紅茶を滴らせつつ、ジェットとジョーは叫んだ。
 イワンに対して通信回線を開きながら。
『イワンの馬鹿ヤローっ!!』
『いつか絶対、仕返ししてやるからねっ!!!!』
 涼しい声で、イワンが答える。
『どうぞ。キミたちにできるなら、いつでも仕返しすれば?』
 ギリギリと歯軋りしながらも、紅茶滴る馬鹿男達はガックリと肩を落とした。
(絶対勝てない・・・)
「ご愁傷様v」
 嬉しそうなフランソワーズに、彼らは更に打撃を与えられ、涙にかきくれるのだった。


  〜END〜


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

14テイスト満ち溢れる、(2+9+1)×4+3のお話です。
というか、14+293にした方が正しいかも・・・(笑)。
ハインリヒとのメールサービスやってて、彼が甘いもの嫌いだという事が判明。
でも自分設定ではハインは甘いもの大好きなので、甘いものを食べに行くハイン、
という感じのお話が書きたかっただけなのですが。
どうせなら色々遊んじゃおう、と思いまして・・・(笑)。
今回、ジェットとジョーはただのアホの子です・・・。本当に本業24か、私!?

フランソワーズが思った以上に大活躍(爆)してくれて、喜んで良いのか悪いのか、複雑なところ。
私はイワンがハインリヒの唇についたクリームを舐めるシーンを書きたかったので、満足!!
管理人のわがままに長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございましたv
ああもう、ビバ14!!つー感じっすね!!



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