月見草


 躊躇いがちに開いていく、白い花びら。
 月の光を一身に浴びながら、そっと花開くその姿を。
 イワンは黙って見つめていた。
 素直に、キレイだな、と思う。
 薄闇の中に仄白く浮かぶ小さな花に、イワンはある人の面影を重ねた。
 クスリ。
 幸せそうな笑いが、唇からこぼれた。


「・・・イワン?」
 突然名前を呼ばれ、イワンは極上の笑顔のまま振り返った。
「なあに?」
 振り返った先には・・・イワンが花と面影を重ねた人が立っていた。
「いや・・・あまり風にあたっていると、身体に悪いと思って・・・」
「この季節に、風邪なんかひかないよ」
 イワンは軽い身のこなしで、窓際から彼・・・ハインリヒの隣に移動した。
 風呂にでも入っていたらしく、柔らかな銀の髪がほんの少しだけ濡れている。
 湿った髪に、そっと手を触れ、
「髪が生乾きじゃない?キミの方こそ、風邪をひくよ」
 非難がましくそう言うと、ハインリヒは困ったように笑った。
「・・・そうか?」
 そのまま、二人は黙り込んだ。
 けれどもそれは、気まずい沈黙ではなく。
 お互いに気持ちのいい、ひどく暖かい空間。


 先に口を開いたのは、ハインリヒの方だった。
「ところでイワン。さっきは窓から何を見ていたんだ?かなり熱心に眺めているようだったが・・・」
 窓際に歩を進め、イワンはちょいちょいと、ハインリヒを手招きした。
「??」
 誘われるがままに窓の側に歩み寄るハインリヒに、イワンは指差して見せた。
「アレを見てたんだ。キレイでしょ?」
 イワンの指の先では、白い花が乾いた風に吹かれて儚く揺れていた。
「ちょうど月が昇る頃に、花びらが開くんだ。だから、月見草って呼ばれてる。ボクの大好きな花だよ」
 イワンが、指を鳴らす。
 部屋の明かりが、落ちた。
 窓から差し込む月明かりだけが、部屋を照らした。
 ハインリヒの銀の髪が、月明かりを受けて輝く。
 そのプラチナシルバーの輝きに、イワンはひどく満足気な表情を見せた。
「ホラ、ね?」
「・・・??何がどうした??」
 キョトンとするハインリヒに、イワンはニッコリと笑いかける。
「知ってる?月見草の花言葉って、『無言の恋』っていうんだよ♪」
 全く質問の答えになっていない返事だったが。
 ハインリヒは、真面目に言葉を返した。
 少し、俯きながら・・・。
「まるで、片想いをしているみたいな花言葉だな・・・」
 どこかの本にもそう書いてあった。
 『無言の恋』
 それは、片想いを思わせる花言葉だと。
 でも、イワンの解釈は違うのだ。
「違うよ。そんな解釈、後ろ向きじゃない?」
「じゃあ、お前はどう思ってるんだ?」
「ナイショ♪」
 クスリと笑い、イワンはハインリヒの白い頬に手を触れた。
 ハインリヒがイワンを見つめる。
 月の光を映したその瞳は・・・優しい愛情に揺れていた。
「ねえ、ハインリヒ。『無言の恋』って、今のボク達を表現するに相応しい花言葉だと思わない?」
 好きだとか、愛しているとか。
 言わなくても、分かる。
 見つめあう、瞳と瞳で。
「あの花がキミに似ていて、そして花言葉が素敵だから。だからボクは、月見草が好きなんだよ」
 白い頬に自分の頬を寄せ、チュッと音を立ててキスをして。
「ハインリヒ、ボクのコト、好き?」
「〜〜っ!!」
 赤くなって、ハインリヒが言葉に詰まる。
 でも。
 ハインリヒが何も言わなくても、イワンには分かる。
 その氷の瞳が、何よりも雄弁に言葉を語っているから。
 言葉の代わりに、ハインリヒはイワンの手を取り、キュッと握りしめた。
 こんな風にハインリヒが控えめに示してくれる愛情も、『無言の恋』の一つの形だと思う。


「やっぱりボク、月見草が好きだよ」
 イワンは、極上の笑顔で微笑む。
 そしてハインリヒの頬を両手で包み込んで。
 月明かりの下で、優しく・・・キスをした。



   〜END〜




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先月は14デーお休みしてしまいましたが、
今回はなんとか・・・本当に短いですが、SS一本仕上げました。
イワン→ハインリヒ視点の「月見草」でございます。
やっぱり花をハインに見立てるのって楽しいです〜。
あとハインなら、「スズラン」というイメージもあります。
どうやら私は、ハインを白系統の少し儚げな花と重ねてしまうようです(汗)。
ちなみにハインは、たんぽぽを見るとイワンを思い出し、心が和みます。
もちろん、マイ設定ですけど(笑)。

短いお話で、本当にスミマセンでした〜!!



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