今日もイイ天気




 ゆっくりと、ベビーカーを押す。
 コンクリートで舗装された道路に、車輪がカタカタと音を立てた。
 季節は、秋。
 透き通るように晴れ渡った空を見上げ、ハインリヒはふと足を止めた。
「いい天気だ・・・」
 風がほんの少しだけ冷たいが、日差しはポカポカと暖かい。
 絶好の散歩日和である。
 イワンはベビーカーの中で大人しく身を横たえている。
 小さな身体を覆っている毛布をかけなおしてやり、ハインリヒは笑いながらイワンに問いかけた。
「どうだ、イワン。久し振りの外出は?」
『楽しんでるよ』
 大人びた口調で、サラリとイワンは答えた。
『天気はいいし、何より、キミに連れ出してもらってるんだからね』
「・・・大人をからかうもんじゃないぞ、イワン?」
 言いながら、ハインリヒはイワンの頬を軽く突付いた。
『ボクだって大人なんだから!子供扱いしないでよね?』
 頭の中でイワンの声が、不機嫌に響く。
「悪かった」
 クスリ、とハインリヒが笑いを漏らすと。
『・・・やっぱり、子供扱いしてるね?』
 イワンが頬をふくらませて、そっぽを向いた。
「そんなに拗ねるなよ、ボウヤ」
『・・・・・・ねえ、ハインリヒ?それって、ワザと言ってる訳??』
「さあな」
 短く答えて、ハインリヒは再びベビーカーを押し始めた。
 目的地はギルモア邸から一番近いところにある公園である。
 一番近いといっても、距離的にはかなりのもので。
 幸せそうにベビーカーを押すハインリヒにチラリと視線を走らせた後、イワンはボソリと呟いた。
 ハインリヒに聞こえないように、小さく。
『後で絶対、後悔させるよ?』



 ようやく目的地である公園にたどり着くと、そこにはすでに、先客がいた。
 若い母親が、4人。
 ワイワイと話をしているその母親たちを見て、ハインリヒは素早く方向転換をし、その場を立ち去ろうとした。
 しかし。
 無情にも彼女たちはハインリヒに気付き、呼び止める。
 いや。
 正確には、呼び止められたのはイワンであった。
「あら、イワンちゃん!」
「久し振りねぇ」
「今日はお姉さんと一緒じゃないの?」
「パパと一緒なの、いいわねv」
 怒涛のように迫ってくる、母親たち。
 イワンは頭を撫でられたり、頬に触れられたりされているが、信じられないことに非常に大人しい態度をとっていた。
 一方、ハインリヒはというと、かなりのダメージを受けていた。
『パパと一緒なの』
 という言葉に・・・。
(パパ!?オレは、父親に見えるほどの年齢なのか・・・?)
 その複雑な表情に、イワンがニヤリと笑う。
『ハインリヒ。パパだってさ。良かったねぇ』
『ばっ・・・良くないっ!』
『だって、いつもボクのコト子供扱いしてるじゃない?パパに見られて当然といえば当然だよねv』
『・・・・・・』
 イワンの意地の悪い言い方に、返す言葉が見つからないハインリヒ。
 その時。
「イワンちゃんのお父さん?」
 母親の一人からそのように呼びかけられ、ハインリヒは更に凹んだ。
「・・・はあ・・・」
 何とか返事をすると、彼女はニコリとイワンに笑いかけた。
「ねえ、イワンちゃん。素敵なパパねぇ。おばさん、羨ましいわぁvvv」
 イワンがキャッキャと笑う。
「あらぁ!イワンちゃんったら、パパ自慢してるわ」
 別の母親が、嬉しそうにそう言う。
「はあ・・・」
 母親たちのパワーに押され、ただ、『はあ』としか答えられないハインリヒ。
『ハインリヒが動揺してる姿って、カワイイなぁvvv』
 イワンからもそのような事を言われ、更に落ち着きを失くすハインリヒであった。

 ハインリヒが彼女達から解放されたのは、およそ30分後であった。
「あら!そろそろお買い物にいかなくちゃ!!」
「もうそんな時間?」
「イワンちゃん、また遊びにきてねv」
「それじゃ、イワンちゃんのパパ、御機嫌よう」
 最初にイワンを呼び止めた時のように騒がしく、彼女達が去って行くと。
 ハインリヒは心から、安堵のため息をついた。
『お疲れ様』
 笑いを含んだイワンの声が頭の中に響き、ハインリヒはムッとする。
「・・・・・・」
 黙ったまま返事をしないでいると、イワンがクスリと笑うのが聞こえた。
『ホント・・・キミってカワイイねv』
「!!大人をからかうもんじゃないと、いつも言ってるだろうが?」
『ボクもいつも言ってるよね?子供扱いしないで。って??』
「・・・・・・」
 ハインリヒは、完全に負けていた。
「悪かった・・・」
 ため息をつきながら、けれども心から、そう言うと。
 イワンはやっぱり大人びた笑い方をして、ハインリヒに囁いた。
『イイ子だね、ハインリヒ』
「・・・イワン〜っ!!!」
『少しは子供扱いされるコトの悔しさが分かった?』
「分かった・・・本当に悪かった」
『だったら許してあげるよ。その代わり、もう少しボクに付き合ってくれるよね?』
 ハインリヒは、苦笑いをしながら頷いた。
(仕方ないか、こんなイワンが好きなんだから・・・)
 等と思ってしまう自分に、少し呆れながら。



 そして。
 青空の下で、ハインリヒは再びベビーカーを押し始める。
 やっぱり、幸せそうに。
 ベビーカーが、カタカタと小さく、音を立てた。



 カタカタ、カタカタ。
 ベビーカーを押しながら、ハインリヒはイワンに声をかける。
「イワン?そろそろ、家に戻・・・」
『ダメっ!!もう少し付き合うって、約束でしょ!?』
 言い終わらないうちに激しく厳しくそう言われ、ハインリヒは途方にくれた。
「あのなあ、イワン。これから他に、何処に行こうというんだ、お前は?」
『どこか、二人っきりになれそうなトコロv公園では、母達に邪魔されたからね』
「ハイハイ・・・」
 小さくため息をついて、ハインリヒはボヤいた。
「本当に、ウチの王子の我儘にも困ったもんだ・・・」
『いいじゃない。ハインリヒだって、そんなボクが好きなクセに』
「///」
 イワンの発言に、思わず絶句し、赤面するハインリヒだった。
「とっ、とにかくだな、二人っきりになれそうな所、というのを指定してもらおうか、イワン?」
 動揺しながらそう言うと、クスリとイワンが笑う。
 そして、事も無さげにサラリと告げた。
『ウチの近くにあるのを憶えてないの、ハインリヒ?』



 ギルモア邸の近くの林を抜けると、そこには小さな空き地がある。
 丁度いい具合に草が生えていて、絶好の昼寝スポットだ。
 視線の先には海が見え、景色も抜群である。
 ハインリヒは、この場所で昼寝をするのが好きだった。
 道があまりよくないので、ベビーカーがガタガタと音を立てながら動く。
「イワン、平気か・・・?」
『うん、大丈夫v』
 小刻みに揺れながら、ベビーカーが林を抜ける。
 視界が大きく開けてハインリヒは瞳を細めた。
 薄暗かった林の中とは打って変わって、ここは明るい世界だ。
 ハインリヒは、ベビーカーの中のイワンを覗き込んで尋ねた。
「で?ここでどうしようと言うんだ、イワン??」
『別に、何も・・・』
 イワンの答えに、ハインリヒは脱力する。
「あのなあ、イワン!だったら、家に帰った方が良かったんじゃないのか?」
 フワリ。
 イワンの身体が宙に浮かんだ。
 小さな、けれども暖かな手が、ハインリヒの頬に触れて。
『二人でボーっとしてようよ。たまにはいいじゃない?』
 イワンは、ニコリと無邪気に笑った。
「そうだな、たまには・・・」
 言いながら、ハインリヒはベビーカーから毛布を取り出して。
 イワンを毛布で包んで、腕の中に抱き寄せた。
『あ〜っ!ハインリヒったら、またボクを子供扱いして〜っ(怒)』
 腕の中で暴れるイワンに、ハインリヒは苦笑する。
「我慢しろ。風が少し冷たいし・・・お前に風邪をひかせでもしたら、フランソワーズに叱られるしな」
『・・・じゃあ、許してあげる』
 イワンを抱いたまま、ハインリヒは近くにあった木の根元に腰を下ろす。
 風がサワサワと、二人の髪を揺らした。
 ただ黙って、ボーっと座っているこの一時に。
 二人はお互いに、ささやかな幸せを感じていた。



 ボーっとしながら時間だけが過ぎて。
 ハインリヒの腕の中で、小さくイワンが欠伸をした。
『ふわぁ〜』
「どうした。眠いか、イワン?このまま、寝ちまってもいいぞ」
『やだも〜ん!せっかく、キミとこうして一緒にいられるのに。寝ちゃうなんて勿体ないね』
 などと言いながらも、イワンはコックリコックリとし始める。
 柔らかい砂色の髪を撫でてやると、気持ち良さそうに、髪と同じ色の瞳を閉じた。
「おやすみ・・・」
 低い声で優しく囁きかけると。
『・・・・・・』
 もう返事は聞こえず、規則正しい寝息だけがハインリヒの耳に届いた。
 イワンの頭を撫でながら、ハインリヒは黙って空を見つめた。
 目に染み込むように、青い空。
「・・・気持ち良い天気だな」 
 ハインリヒも、その氷色の瞳を閉じる。
 遠くから聞こえてくる波の音と、秋の風が・・・。
 ハインリヒを眠りの世界へと誘っていった。



 誰かに、頬にキスをされたような気がして、目が覚めた。
「ん・・・?」
 腕の中には、イワン。
 砂色の瞳をパッチリと開いて、ハインリヒをじっと見つめている。
「・・・オレも一緒に寝てたのか・・・?」
『おはよう、ハインリヒ。そろそろ起きないと、風邪をひくと思ってね。王子のキスで姫君を目覚めさせたってワケ』
「キッ、キキキ、キスっ!?」
『そんなに動揺するコトないじゃない。キスぐらい、恋人同士なら当然でしょ?しかも、頬で我慢してあげたんだからさ』
「イワンっ!」
『あれぇ?頬じゃ不満だった??じゃあ、唇にしてあげようか?』
「・・・分かった、もういい・・・」
(今日は何だか、イワンにやられっぱなしだ。でも・・・)
 ハインリヒは、一人でクスリと笑った。
(何だか、幸せだな・・・。久し振りに、イワンと一緒に過ごせたから)
 そんな事を考えながら、ハインリヒはベビーカーにイワンを乗せた。
「それじゃ、帰るか?」
『うん』
 ベビーカーが動き出した時、イワンがボソリと呟いた。
『今日はありがとう・・・キミと一緒で、とっても楽しかったよ』
 優しい夕焼け色に染まった瞳で。
 ハインリヒは、イワンを見つめた。
「オレの方こそ・・・今日は楽しかったぞ?」



 カタカタ、カタカタ。
 ベビーカーが小さく音を立てる。
 そして、二人は仲良く。
 自分たちの家へと向かうのだった。


  〜 END 〜



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年に一度の14デーに、こんな話か・・・(笑)。
いや!ラブ度を高く!!
と思いながら書いたんですけど(←言い訳くさい)。
ラブ度高いっすよね?
って、誰に同意求めてるんじゃ、自分!?
とにかく、いちゃいちゃいちゃいちゃさせようと思って書いたんですぅ!!
イイのかな〜、こんな話ばかり書いて(汗)。
今後もラブラブいちゃいちゃ14目指して頑張ります。
本業の24を忘れ去らない程度に(笑)。





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