恋の呪文




 イワンの眉がキュッと吊り上った。
「ちょっと!一体どういうワケ!?」
 ギルモア邸、玄関先。
 イワンの追求の矛先となっている二人、ジェットとジョーは、ふいっとそっぽを向いた。
「どういうワケって、見ての通りだぜ」
「ハインリヒが酔っ払っちゃってさ。もう、大変」
「キミ達が酔わせたんでしょ!?ハインリヒはお酒は好きだけど、ムチャな飲み方はしないもんっ。こんなにヘロヘロにさせて!どうしてくれるの!?」
 ハインリヒはというと、既に深い眠りの世界に入っているらしい。
 イワンが大声で喚き立てているにも拘らず、ピクリとも動かない。

 本当は、飲みになど行かせたくなかったのだ。
 何せメンバーが悪すぎる。
 ジョーとジェットだ。
 けれども優しいハインリヒは、
「すぐに戻る」
 とか言って、にこやかに微笑みながら、バカ二人と一緒に出かけてしまった。
 そして・・・なかなか戻ってこなかった。
 ジリジリしながら待っていたイワンが。
「ただいま〜」
 というお気楽極楽なジョーの声に素早く反応して玄関に駆けつけると。
 ジェットとジョーに支えられ、見事に正体を失っている(ように見える)ハインリヒと対面を果たしてしまった、というワケであった。
(だからボクがついてなくちゃダメなんだ・・・!!)
 両の拳をギュッと握り締め、イワンは力強くそう思った。
 キリキリと二人を睨みつけながら、
「とにかく、ハインリヒからその汚らわしい手を退けてくれる?」
 冷ややかに、そう告げる。
 フワリ。
 ハインリヒの身体が、宙に浮かんだ。
 そしてその身体が、すっぽりとイワンの腕の中に収まった。
 もちろん少年のイワンがハインリヒを抱きかかえる、というコトは不可能なので。
 イワンの腕から、ハインリヒは微妙に宙に浮いていた。
 ジョーとジェットに背中を向けて、イワンは家の中に入っていく。
 やれやれ、といった表情で二人も家の中に入ろうとすると。
 イワンが振り返り、険しい目つきで二人を睨み付けた。
「これで済んだと思ったら、大間違いだからね?」
 イワンの後姿を見送りながら、二人は悪態をついた。
 ・・・イワンに、聞こえないように、小声で。
「ケッ。何様だってんだ、バーカ」
「ハインリヒはねぇ、みんなのモノなんだからね!?」



 そんな二人の負け惜しみなどには全く耳を貸さず、イワンはハインリヒの部屋へと歩を進めていた。
 ベッドの乱れを軽く直して、細身の身体を寝かせた。
 キチンと掛け布団をかけた後、乱れていた前髪を直してやると。
 ハインリヒがスッと、瞳を開いた。
「ん・・・イワンか?」
「ゴメン、起こしちゃった?大分お酒が回ってるみたいだから、ゆっくり休んだ方がいいよ」
 ジェットとジョーに対するものとは全く違う優しい表情で、イワンがハインリヒの頬にそっと触れた。
「・・・オヤスミ」
 頬に触れたその手を、ハインリヒがキュッと握りしめる。
「イワン」
「どうしたの?」
 イワンの手を離し、ハインリヒがベッドの上に上体を起こした。
「・・・イワン」
 潤んだ氷色の瞳が。
 じっと、イワンを見つめた。
「何?」
 ハインリヒの顔がイワンに近付く。
 チュッ。
 唇に軽く、キスをされた。
 動揺を隠し切れず、イワンが自身の唇を手の平で覆った。
「ハインリヒ!?」
 キスをされた。ハインリヒから、進んで。
 それは、前代未聞の出来事。
 感情表現が苦手なこの可愛い人は、イワンが無理矢理頼んだりしない限り、通常自分からキスしたりはしてくれなかった。決して。
 イワンの動揺をあざ笑うかのように。
 ハインリヒの腕が、イワンの首筋に回る。
 ・・・抱きしめられた格好だ。
「イワン・・・」
 耳元で、ハインリヒの声が心地良く響く。
 穏やかで優しくて、大好きな声だ。
「ハインリヒ、一体、どうしたの?」
 訊ねたが、ハインリヒはそれには答えず、全く別の言葉を口に出した。
「イワン・・・好きだ」
 イワンは更に、ぎょっとする。
 『好きだ』
 この台詞だって、半ば強引に頼まない限り、普段は絶対に言ってもらえない台詞だ。
(酔っ払ったハインリヒっいうのも、ちょっとはイイかも・・・)
 等と不埒なことを考えるイワンを、ハインリヒはなおもギュッと抱きしめた。
「イワン。お前も、オレのこと、好きか?」
(いつもと立場が逆になってる??)
 いつもなら、イワンがハインリヒに聞くのだ。
『ボクのコト、好き?』
 口をパクパクさせて返事の出来ないイワン。
 ハインリヒはイワンから腕を離し、透き通った瞳で再びイワンをじっと見つめた。
「・・・好きか?」
 心が、ドキドキする。
 いつもより、自分が優しくなったような気がする。
「うん・・・大好きだよ」
 心からそう答えると、ハインリヒの頬が綻んだ。
「大好きだよ、ハインリヒ」
 そう繰り返すと、ハインリヒの瞳が優しく揺れた。
「そうか・・・」
 次の瞬間、ハインリヒの身体はパタリとベッドの上に倒れる。
「・・・ハインリヒ?」
 呼びかけても返事はなく。
 代わりに、寝息が聞こえてきた。
 クスリ。
 イワンの唇から笑いが漏れる。
「ホント、ハインリヒには敵わないよね・・・」
 ベッドの上にキチンとハインリヒを寝かしつけ、イワンはその白い頬に優しくキスをした。
「オヤスミ」



 翌朝。
 復讐を恐れ、ビクビクしているバカ二人に、イワンは極上の笑顔で微笑みかける。
「おはよう、二人ともv」
 ギョッとしたようにフランソワーズの背後に逃げ込む二人。
「あら、なあに?アナタ達、またイワンを怒らせたの?」
「怒ってなんかないよ。今はボク、キミ達に感謝してるぐらいさ」
 イワンの答えに、ジョーとジェットが
「???」
 となった時。
 頭を抱えながら、ハインリヒがリビングに姿を現した。
「フランソワーズ。悪いが、冷たい水を・・・」
「ちょっと待ってね」
 パタパタとキッチンへ駆けて行くフランソワーズを、ハインリヒはボーっと見送っている。
 イワンは、悪戯っぽく声をかけた。
「ハインリヒ。おはよう」
「・・・おはよう」
「昨日のコト、覚えてる?」
 訊ねると、ハインリヒが小さく首をかしげた。
「昨日?」
 ジェットとジョーが聞き耳を立てていることを知りつつ、イワンは澄まして言った。
「ご馳走様でしたv」
「??」
 ハインリヒは、キョトンとした表情になった。
 ジョーとジェットは絶叫した。
「ご馳走様だってぇ〜!?」
「イワン!てめー、ハインリヒに何した、何!?」
 二人を振り返り、イワンは無敵に笑う。
「ナ・イ・ショv」
 そのままキッチンに向かおうとしたイワンは、すれ違い様、ハインリヒにニコリと笑いかけて、言った。
「大好きだよ」
「なっ!?」
 ハインリヒの頬が、真っ赤になる。
 いつもと同じ・・・ハインリヒの表情。
 クスッと笑いを漏らし、イワンは心の中で呟いた。
(たまには、キミから好きだって言ってね、ハインリヒ。それだけでボクはもっと、キミのことが好きになれるから)

 好きな相手からの『好き』という言葉。
 それは、大切な大切な、恋の呪文。



  〜 END 〜


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ぬおお〜っ!書き上がった〜っ!!!!
間に合わないかと思っていましたが、4月の14デーに間に合いました!!
よ、良かった・・・(感涙)。
時間と体力の余裕がないままに書いたので、ちょっと変な話かもしれません。
でも愛のままに書いたの!!
テーマは「イワンを振り回すハイン」だったのですが。
ダメでした・・・グハアっ。
あんまり振り回されてくれなかった・・・。
まあ、14というコトで、寛大な心でお許し下さいませ。





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