メリーゴーランド




「遊園地に行きたいっ!!」
 ある冬の日の朝。
 朝食後に、イワンが急にそう言い出した。
「行きた〜い!!!」
 フランソワーズが笑いながらイワンに問いかける。
「あら、一体どういう風の吹き回し?アナタが遊園地に行きたがるなんて」
 イワンは、可愛らしい唇を尖らせた。
「たまにはボクだって、年相応に遊園地に行きたくなるコトだってあるんだよ!」
「ハイハイ」
 ハインリヒはその会話を微笑ましく思いながら、新聞に目を通していたが。
「じゃあ、連れて行ってあげてもイイわ。イワンは、誰と一緒に行きたいの?」
「ハインリヒ!」
 そのイワンの答えに、新聞を取り落としそうになる。
「ハインリヒv」
 フランソワーズの猫なで声に、ハインリヒは思わず直立不動の体制をとった。
「なっ、何だ、フランソワーズ?」
「聞こえてたでしょ?イワンが遊園地に行きたいんですってv」
「で?」
 何とか笑顔を作りながら聞き返すハインリヒに。
「あらあ!そんなに照れなくてもイイのよ、ハインリヒ!!イワンはアナタと一緒に行きたいんですってvだ・か・ら」
 人差し指を頬にあてて可愛らしいポーズを取りながら、フランソワーズは告げた。
「イワンのお供をお願いね、ハインリヒvvv」
 フランソワーズに逆らえる者は、この家には存在しなかった。
「・・・分かった」
「やったぁ!ハインリヒと一緒に遊園地だ〜♪」
 こうして親子ほどの年齢差の二人は、一緒に遊園地に行くことになったのである。



 ギルモア博士から拝借した車を走らせ、ハインリヒはイワンを連れて遊園地にやってきた。
 平日という事もあってか、遊園地は人もまばらだ。
 イワンは足取りも軽く、園内に入る。
「ハインリヒ!早く、早くっ!!」
「ちょっと待て、イワン・・・」
 チケットを購入し、ハインリヒは慌ててイワンの後を追う。
 砂色の瞳を年相応の無邪気な光で輝かせて、イワンはニコニコと笑った。
「ボク、遊園地って始めてだ。キミと来られて嬉しいな♪」
 その様子を見て、ハインリヒは優しい気持ちになる。
 いつもは大人びた佇まいのイワンの、子供らしい一面。
(今日は兄、若しくは父親としてイワンに接してやろう・・・)
 ハインリヒは、心の中でそう決意するのであった。

 嬉しそうに歩くイワンに。
「何に乗りたい?」
 尋ねると、イワンは悪戯っぽくクスリと笑って。
 メリーゴーランドを指差した。
「アレ。アレに乗りたいv」
「メッ、メリーゴーランド!?」
 ハインリヒはクラリとよろめきそうになった。
 よもや、こんな事になろうとは、思ってもいなかった。
 三十路にもなって、メリーゴーランドに乗る機会がこようとは。
 この、自分が。
 イワンが、じーっとハインリヒを見つめる。
「乗りた〜いっ!でも、ハインリヒと一緒じゃなきゃイヤだもんっ!!」
 コートの裾をギュッと掴まれ、ねだられる。
 一瞬躊躇したが、ハインリヒの決断は早かった。
 決めたはずだ。父か兄として接すると。
「よし、乗るぞ!」
「やった〜v」
 イワンが、ニコニコと微笑む。
「あの、馬車みたいなのに乗るんだよ!キミがお姫様で、ボクが王子ってねv」
 笑顔は無邪気だが、言っているコトは何処かマセているような気がする・・・。
 ハインリヒは苦笑いしながらも、イワンに言われるがままに、白い馬に引かれている馬車に乗り込んだ。
「ふふふ〜vvv」
 イワンは、満面の笑みである。
「メリーゴーランドって、一度乗ってみたかったんだよね!」
 ハインリヒの隣にちょこんと座り、イワンは楽しそうにそう言った。
「ボク達の運命は、メリーゴーランドみたいにクルクルと回ってるけど・・・」
 砂色の瞳が、ハインリヒをじっと見つめる。
 少し照れくさくて、ハインリヒが思わず、イワンから視線を逸らすと。
「ただ回されるだけじゃなくて、その中で一緒に、幸せを探していこうねvvv」
 続けて発せられたイワンのその言葉で、周りの景色が彩りを深くする。
 その景色が鮮やか過ぎるような気がして、ハインリヒは眼が眩みそうになった。
 イワンがハインリヒの手をキュッと握りしめる。
 ハインリヒはそっと赤くなり、けれども、その手をしっかりと握り返した。



 その後はとにかく、イワンに振り回された。
 お化け屋敷に行きたいと言われて引きずられ、ジェットコースターに何度も乗らされて腰が砕けた。
「だらしがないなぁ、ハインリヒは。戦闘中に、ジェットと空中戦したりするのは得意じゃない?」
「それとこれとは、全く違うぞ、イワン!」
「そう?」
 イワンは、クスリと笑った。
 恋人同士のお約束だとワケの分からない主張と共に、観覧車にも乗せられた。
 高い場所から地上を見下ろし、イワンははしゃぐ。
「ホラホラ!綺麗な景色だねvウチってあの辺りかなぁ」
「ん?どら・・・」
 確認しようと、身を乗り出して窓の外を眺めようとしたら。
 可愛らしく、キスされてしまった。
「イワンっ!」
 慌てるハインリヒに、
「観覧車でのキスも、恋人同士のお約束だよ?」
 イワンは、澄まして答えた。



 そんなに遅くまでいるつもりはなかったのだが。
 冬の夕暮れは、早い。 
 色々連れまわされているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。
 イワンが寒そうにしているので。
「そろそろ、帰るか?」
 そう尋ねると、拒絶の返事が返ってきた。
「ヤダ!夜のパレードを見てから帰る!!」
「でも寒いだろう、イワン?だからもう少し、厚着をしてくるように言ったんだ」
「・・・寒くなんかないもんっ!!」
 言いながらも、イワンはカタカタと震えている。
 ハインリヒは苦笑しながら、自分の首からマフラーを取った。
 フワリ、とそのマフラーをイワンに巻いてやると。
 イワンはハインリヒから顔を背け、ポツリと呟いた。
「ハインリヒが、寒いでしょ?」
「オレは、大丈夫だから」
 言いながらイワンの様子を観察すると、まだ少し寒そうだ。
 ハインリヒはコートのボタンを外して。
「おいで」
 イワンに向かって、手を差し伸べた。
 一瞬。
『子供扱いしないでよっ!!!』
 と言いたげな表情をイワンはしたが。
 やはり、寒さには勝てなかったらしい。
 ハインリヒのコートの中に、大人しく身を寄せた。
 コートで包み込むようにしてやると、イワンは小さく息を吐いた。
「ありがと、ハインリヒ」
 近くにいた若い女性達が、二人を見て笑いながら囁き合う声が聞こえた。
「ねえ、見て見て!」
「すっごいカワイイ親子だよね〜v」
 イワンが抗議の視線を彼女達に走らせる。
「親子じゃないもん、恋人だもん!!!!」
 唇を尖らせるイワンに、ハインリヒは苦笑した。
「ホラ、イワン。パレードが始まるぞ」
 煌びやかに光を放ちながら、パレードの列が次々に二人の前を通り過ぎていく。
「わあ!すっごくキレイだね!!」
 そう言ってハインリヒを見上げたイワンの瞳が、パレードの光を反射して、キラキラと輝いた。
「そうだな・・・」
 答えて、イワンの頭にそっと手を置くと。
 イワンはハインリヒをキッと睨んだ。
「子供扱いしないでっ!!」
「分かった、分かったから。それよりイワン、パレードに集中したらどうだ?」
 慌ててイワンが、パレードの列に視線を戻した。
 飽きもせずにじっとパレードを眺めるイワンのその表情を、ハインリヒはじっと見つめた。
 やがて。
 イワンの頭が、コクリコクリと揺れ始める。
 身体が倒れてしまわないように支えてやりながら、ハインリヒはイワンに声をかけた。
「イワン、眠りの時間に入るのか?そろそろ帰らないとな・・・」
「やだ〜。もっとハインリヒと一緒にいたいもん!!」
 イワンはそう言うが、かなり眠たげな表情だ。
「イワン・・・」
「やだっ!まだ絶対に帰らないからねっ!」
 言いながらも、ハインリヒのコートの中でうつらうつらとしている。
 ふう、と、ため息をついて。
 ハインリヒは、イワンが本格的に眠りだすのを待つことにした。
 それほど長い時を待たずに、イワンが、コートの中でスースーと規則正しい寝息を立てだす。
 その小さな身体を抱き上げて。
「では、帰るとしようか・・・オレのワガママ王子様?」
 そう言って、ハインリヒはイワンに笑いかけた。



「ただいま」
ギルモア邸に戻ると、フランソワーズがパタパタと玄関まで迎えに来てくれた。
「お帰りなさ〜いv楽しかった??」
「ああ・・・」
 ハインリヒの腕の中で眠っているイワンの姿を見て、フランソワーズの視線が和んだ。
「アラ、イワンは眠りの時間に入っちゃったのね」
 そしてフランソワーズは、ハインリヒに向かって腕を差し出した。
「イワンを部屋に連れて行くわ。貸してちょうだい」
「大丈夫だ」
 ハインリヒは、やんわりとフランソワーズに言った。
「オレが、連れて行くから」
 ほんの少しだけ悪戯な表情になり、フランソワーズはハインリヒにウインクした。
「分かったわ。温かい飲み物を準備しておくから、早くリビングに来てねv」
 そしてまた、パタパタと小気味良い足音を立てながら、リビングに戻っていった。

 イワンを部屋のベッドに寝かせ。
 柔らかい砂色の髪を撫でてから、ハインリヒは部屋から出て行く。
 去り際に、彼は一度、イワンを振り返り。
 優しい眼差しで微笑みかけた。
「おやすみ、イワン。いい夢を・・・」
 揺りかごの中で、イワンの頬が・・・ほんの少しだけ、綻んだように見えた。
 聞こえるはずのない声が、ハインリヒの耳に届く。
『オヤスミ、ハインリヒ』
 ハインリヒはもう一度振り返って。
 ・・・幸せそうに笑った。
「おやすみ・・・」


〜END〜



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15000ヒットを踏んでくださった、沙紗様からのリクエストで、
「親子的」な14でございます。
管理人としては、頑張ってお父さんハインを書いたつもりですが、
やっぱり微妙にイワンに振り回されている!?
ハインがコートの中にイワンを入れてあげるシーンが書きたかったんです〜(笑)。
コートの中に恋人を入れてあげる、というのは、管理人的には激萌えシチュ。
キリリクだというのに、管理人が楽しんでしまいスミマセン。
沙紗様のお気に召していただければよいのですが・・・。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。





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