花火



 夕刻になり、涼しい風がテラスから吹き込んで来る時間帯になった。
 チェアーに深く腰掛けながら、本のページをめくるハインリヒの耳に、賑やかな音が届いた。
 どうやら、街では夏の祭りが開催されているらしく。
 その太鼓の音が、風に乗って流れてきているようだった。
 ドイツにも、祭りはあった。
 故郷の祭りに思いを馳せつつ、
「なんともまあ、賑やかなものだな・・・」
 ボソリと呟いたのを、聞いていたらしい。
 ふわふわとハインリヒの前に浮かび、イワンが弾んだ声で言った。
「一緒ニ、オ祭リニ行コウ!!」
「は?」
 間の抜けた声で聞き返すと、イワンは同じ言葉を繰り返した。
「一緒ニ、オ祭リニ行コウ!!」
 ハインリヒは一瞬、固まった。
「ダ・カ・ラ!オ祭リニ行コウッテ言ッテルわけ。二人デ浴衣ヲ着テネ♪」
 ポン!
 と音を立て、イワンの姿が一瞬、ハインリヒの視界から消えた。
 しかし次の瞬間に、極上の笑いを浮かべながら、イワンはハインリヒの前に姿を現していた。
 ・・・青年の、姿で。
「祭りは、ちょっと・・・」
 ハインリヒが右の手を隠すようにすると、イワンは優しい瞳で笑い、そっとその手に触れた。
「ボクがついているから、大丈夫。一緒に出かけよう」



 フランソワーズに頼んで、ハインリヒに浴衣を着せてもらう。
「実はワタシも、あまり着せ方がよく分からないわよ・・・」
 ボヤきながらも、着付けをしてくれた。
「はい。出来上がり♪とってもステキよvvv」
 洗いざらしの濃紺の浴衣を身に纏ったハインリヒは、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「似合わないような気が・・・」
「そう?ボクはすごく似合ってると思うけど・・・。ホントは女性用の浴衣を着てもらいたかったくらいだよ!」
 白い肌に深い紺色が映えて、なかなかいい眺めだとイワンは思った。
「イワン!お前はどうして浴衣じゃないんだ?」
 不満そうなハインリヒにイワンはニコリと笑って答える。
「ボクはね、甚兵衛なんだ〜v二人一緒じゃつまんないでしょ?」
 そしてイワンは、ハインリヒの手を取った。
「さ、出かけようか?」
「わっ、イワン!そんなに引っ張るなって・・・!!」
 二人は、夜の街へと足を踏み出した。



 空には、綺麗に星が瞬いている。
 イワンに手を引かれたまま、ハインリヒは物珍しげに辺りを見回す。
 周りの人々は、楽しそうな顔をして、歩いている。
 祭囃子に誘われて、足取りも軽やかだ。
 ・・・自分も、楽しそうな顔をしているのだろうか??
 ふと、ハインリヒはそう思った。
 隣のイワンの表情を見る。
 イワンもまた、砂色の瞳に好奇心の色を浮かべ、楽しそうに微笑んでいる。
「・・・イワン・・・」
 名前を呼ぶと、
「どうしたの?」
 イワンが、ハインリヒを優しく見つめた。
「その・・・」
 俯いてしまうと、イワンはハインリヒの手を握っている力を、強くした。
「どうしたの、ハインリヒ?」
「なんでもない・・・」
 ブルブルと、ハインリヒは首を横に振った。
 イワンは何も言わず、開いている方の手でハインリヒの髪を撫でてくれた。
 それから、快活にハインリヒに笑いかけた。
「ほら、ハインリヒ。あそこに綿菓子を作る機械があるよ。ボク、すっごく興味があるんだけど・・・やってみない?」
 二人で、綿菓子を作る。
 屋台のオヤジのようにはうまく作れず、しおれた綿菓子が二つ、頭を並べた。
「うっわー。すごい形になっちゃったね。でも、味は変わらないかな・・・」
「・・・何だかな・・・」
 ボヤきながらも、ハインリヒは美味しそうに自作の綿菓子を食べた。
 綿菓子は甘く、優しい味がした。



 それから二人で、色々な屋台を回った。
 イワンと一緒に、笑いながら祭りを見て回る。
 それは、ひどく楽しい時間だった。
 ・・・連れてきてもらって良かった・・・と、ハインリヒは思う。
 けれども、それとは反対に、この幸せな一時がいつかは壊れてしまうのではないか、という不安が胸の中に広がる。
 イワンがいないこれからの人生など、考えられるだろうか?
 自分に問いかけて、ハインリヒは身震いした。
 そんなこと、考えたくもない。

 不意に、辺りが騒がしくなる。
「??」
 ハインリヒがキョトンとしていると、イワンがパチリとウインクして見せた。
「どうやら、花火の打ち上げがあるみたいだよ。ここだと人がいっぱいだから、どこか他の静かな場所に行こうか?」
 イワンが、ハインリヒの手を引いて、人ごみから抜け出そうとする。
 その手が温かくて、ハインリヒはギュッとイワンの手を握りしめた。



 ヒュルヒュルと音を立てながら、花火が夜空に舞い上がり。
 闇の中に、色とりどりの光が広がる。
 イワンとハインリヒは、近くの公園に場所を移していた。
 祭りの喧騒からはなれ、その場所がひどく、静かに感じられた。
「キレイだね・・・」
 花火を見上げながら、イワンがうっとりと呟く。
「・・・確かに美しいが・・・。一瞬で輝きが失せてしまうなんて、儚いものだな・・・」
 どこか覚めた口調でそう返したハインリヒを、イワンは真剣な眼差しで見つめた。
「そんな悲しいコト、言わないで・・・」
「悲しい?」
「確かに、花火は一瞬で輝きが失せてしまうけど。でも、ボク達の心の中では、キレイな光を放ったままでしょう?だから、永遠なんだ」
 イワンはそっと、ハインリヒの頬に触れた。
 瞳の奥が、微かに震えているのが見て取れる。
「ハインリヒ」
 静かに、名前を呼んだ。
「なんだ?」
「覚えていてね。ボク達の今だって、永遠なんだよ。これからもずっと、二人で一緒にいるんだから。」
「そうか。・・・そうだな・・・」
 ハインリヒの瞳の色が、フワリと和らいだ。
 花火の光を映して輝くその瞳を、イワンは心から、綺麗だと思った。
 頬を寄せ、唇にキスを落とす。
「好きだよ。ずっと・・・」
「ありがとう」
 イワンに向かって微笑みかけた後、ハインリヒは華やかに広がっては消えてゆく花火に、視線を向けた。
「綺麗だな・・・」
「ふふっ。そうでしょう?」

 花火が次から次へと夜空に打ち上げられていく姿を。
 二人はそのまま、黙って見つめた。



  〜 END 〜





久々の14更新だと言うのに、ヘボいSSでスミマセン・・・。
今の私には、これが精一杯です(滝汗)。

ウチの地元で、祭りをやっておりまして。
可愛い浴衣を着て澄まして歩く女の子を見て、「祭りだ、花火だ!!」と激しく思い、14を祭りに行かせました(笑)。

ちょっとアダルティーな雰囲気を醸し出したかったので(その割には・・・)、
管理人設定ではイワンは青年にしましたが、皆さんのお好きなイワンでご想像下さい。



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