おはよう




 何となく、気配を感じる。
「フランソワーズ。イワンのミルクの缶はどこだ?」
 そう訊ねると、フランソワーズはキョトンとした瞳でハインリヒを見つめた。
「イワンのミルクって・・・まだあの子は眠りの時間よ??」
「もうすぐ目覚めるような気がするから。場所、教えてくれるか?」
 ハインリヒに向かって優しく微笑みかけ、フランソワーズは答えた。
「キッチンの上の扉の中よ。場所は右側。中段に入ってるわ」
「ありがとう」
 教えてもらった扉の中から、ミルクの缶を取り出して。
 粉末ミルクを哺乳瓶に入れて、熱いお湯で溶かした。
(人肌まで冷ますのが本当だが・・・まだすぐには起きそうもないしな。起きる頃にはいい具合に冷めているだろう)
 そんな事を考えながら、イワンのいる部屋に、足を運ぶ。
 彼の人が眠っている揺りかごの側に椅子を持ち出し、深く腰を下ろした。
 じっと、寝顔を見つめる。
 あどけない寝顔だ。
 クスリとハインリヒは笑った。
 イワンの、いつでも大人びた口調を思い出して。
(寝ている時は、こんなに可愛いのにな・・・)
 砂色の髪に手を伸ばし、そっと触れてみる。
 ほんの少しだけ癖のある柔らかい髪が、ハインリヒの手をくすぐった。
「イワン?」
 名前を、呼んでみる。
 イワンはまだ、眠っているのに。
 心が優しい気持ちでいっぱいになって、分かる。
 もうすぐイワンは目覚めるのだと。
 その時、一番側にいるのが自分でありたい。
 椅子にもたれかかったまま、ハインリヒはただボーっと、イワンを見つめた。
 飽きもせず、ただ、じっと。
 やがて。
『ボクの顔、何かついてる?』
 頭の中に聞き慣れた声が響き、ハインリヒは思わず微笑んでしまう。
「おはよう、イワン」
 イワンは少し考えるような素振りを見せてから、尋ねる。
『・・・もしかして。ボクが起きるのを、待っててくれた?』
「何となく、そういう予感がしたから」
 答えると、イワンの唇の両端が上がり。
 イワンが微笑んでいる、という事が分かる。
『おはよう、ハインリヒ。目覚めた時、側にいてくれたのがキミで、嬉しいよ』
 頭の中に響くイワンの声も、優しい笑いを含んでいる。
 イワンが、ハインリヒに向かって両手を差し伸べた。
 その両手をそっと握りしめてから、ハインリヒはイワンを抱き上げた。
「ミルク、飲むか?」
『キミが準備してくれたの?』
 頷くと、イワンがクスクスと笑った。
『ハインリヒが、ミルクの準備をしている姿。想像すると、ちょっと笑えるね』
「・・・そうか?」
 イワンは、クスクス笑いが止まらないらしい。
 ハインリヒの腕の中で小さく身を震わせている。
「イワン・・・。オレはもう、知らんぞ」
 そんなに笑うことはないだろうと、ハインリヒは少しばかり不機嫌になる。
 その気持ちを敏感に察したのか、
『ゴメン。でも、キミの気持ちが嬉しいのはホントだよ?』
 イワンが宥めるように、ハインリヒの頬に手を触れた。
 そして。
『せっかくキミが準備してくれたんだもん。早速飲ませてもらおうかな♪』
 可愛らしくイワンが口を開いた。
 側に置いてあった哺乳瓶に手を伸ばし、ハインリヒは温度を確認する。
「ちょうど、人肌の温度だぞ」
『うんっ!』
 イワンを抱きなおし、ハインリヒはミルクを飲ませ始めた。
『ハインリヒが準備してくれたから、格別美味しく感じるね!』
「・・・馬鹿を言うな」

 そんな二人を盗み見しながら。
「何!?何なのさ、あの二人はっ!!!」
「ミルク飲ませるだけで、なんであんなにイチャついてるんだよ!?」
 などと歯軋りしている馬鹿二人がいたとかいなかったとか。

 それはさて置いて。
 何とも微笑ましい、イワンの目覚めの一場面だった。



   〜 END 〜




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すっごく短編ですがっ!
14強化月間を記念して、取り敢えず14!!!
という訳でございます(笑)。
しつこいようですが、平成15年の1月は、14強化月間です。
もう、14尽くしです(ホントか!?)。
管理人がどこまで頑張るか、温かい目で見守ってやってください・・・。





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