ふと。
 イワンの姿が、頭の中に浮かんだ。

『行ってくる』
 柔らかい砂色の髪を撫でてそう言うと、イワンはムッとした表情でハインリヒの手を振り払った。
『子供扱いしないでよね!』
 そして、ハインリヒから顔を背けて冷たくこう言ったのだ。
『勝手に行って来ればいいでしょ。どうせボクは置いてけぼりなんだから』
 その後、激しくハインリヒを睨んで。
 イワンは足音荒く2階に駆け上がって行った。
 バタン!!!
 ドアの閉まる激しい音に、ハインリヒは思わず。
 そっと、肩を竦めた。



「どうした、ハインリヒ?」
 ジェットの声で、ハッと現実の世界に引き戻される。
「何でもない・・・」
 そう答えはしたが、イワンの怒った表情が脳裏にちらついて落ち着かない気分になる。
 手に持っていたビールのジョッキをテーブルの上に置き、ハインリヒは上着を手に取った。
「ちょっとハインリヒ!どうしたの??」
 訊ねるジョーに、ハインリヒは短く答えた。
「帰る」
「イキナリそれはないぜ、ハインリヒ!!」
 ジェットが引きとめようとすると。
 すっかり出来上がったフランソワーズが、ケラケラと笑う。
「ダメよう、ジェット。引き止めたってぇ」
 そしてフランソワーズは、ハインリヒの腕に抱きつきながらニッコリと笑った。
「ね、ハインリヒ。イワンのコトがそんなに心配??」
 図星を指されて思わず赤くなるハインリヒに、フランソワーズはブイサインをして見せた。
「オッケー、オッケー!さっさと帰りなさ〜い!!」
 それから他のメンバーをジロリと見回して、
「アナタたち!ハインリヒの帰宅の邪魔をしたら承知しないわよっ!!!」
(酔っ払いに指示されても・・・)
 と思いつつも、ハインリヒは有り難く、彼女の言葉に従うことにした。
「じゃあ、オレはこれで」
「ハインリヒ〜、頑張りなさいねぇvv」
 何を頑張るのか(おそらくイワンのご機嫌取りであろう)という疑問点を残しつつ、ハインリヒは家路へと急いだ。



 ドアを開け、家の中に入る。
「イワン!」
 玄関先から呼びかけてはみるが、返事がない。
(これは、大分機嫌を損ねているな・・・)
 急いでイワンの部屋に向かったハインリヒだったが、
「??」
 イワンは、部屋にいなかった。
(もしかして、オレの部屋か?)
 自室も覗いてみるが、イワンの姿はない。
(一体どこに・・・?)
 思案しながら階下に降り、リビングの明かりをつけたハインリヒは、ギョッとした。
「イワン!」
 リビングのソファの上で、、イワンがぐっすりと眠り込んでいたからだ。
 いや、ソファで寝ているぐらいならそんなに驚く必要はない。
 ハインリヒを驚かせたのは、テーブルの上に転がっているワイングラスと、空になったワインの一瓶であった。
 ・・・それは・・・グレート秘蔵のワインだった。
「イワン」
 名前を呼びながら軽く頬を叩くと。
「うにゃ??」
 イワンがうっすらと目を開けた。
「あ〜、ハインリヒだ〜vv」
 そして頬に触れているハインリヒの手に、自分の手を重ねて嬉しそうに微笑んだ。
「ハインリヒの手、ひんやりしてて気持ちイイ♪」
(これは、完全に酔ってるな・・・)
 小さく息を吐き、ハインリヒはイワンの身体を抱き上げた。
「子供扱いしないでって言ってるのに〜!!」
 イワンが、腕の中でバタバタと暴れる。
「分かった、分かった」
「分かってないもん!」
 むくれるイワンに、ハインリヒは苦笑する。
「頼むから、大人しくしてくれ。・・・オレは、酔っ払いは嫌いだぞ?」
「酔っ払ってなんかないも〜ん。ハインリヒが一緒に飲みに連れてってくれないから、一人で飲んでただけだも〜〜ん。ボクだって、ちゃんとお酒ぐらい飲めるんだからね!!」
(いや、だから、飲んだから酔っ払っていると思うんだが・・・)
 ハインリヒはそう思ったが、触らぬ神に祟りなし、である。
「分かったから、大人しくしていろ」
 イワンを抱えたままイワンの部屋に入り、ベッドの上にイワンを寝かせてやった。
「水を持ってきてやるから、少し待ってろ」
 そう言って、イワンの側から離れようとすると、
「待ってよ!」
 ギュッと、服の背中を掴まれる。
「どこに行くの?またボクを置いていくつもり!?」
「だから、水を・・・」
「どこにも行っちゃダメ!!!」
 掴んだ服を思いっきり引っ張られ、ハインリヒは思わず、身体のバランスを崩してしまう。
 そしてそのまま、イワンのベッドに倒れこんでしまった。
「ハインリヒ〜vv」
 いつの間にか、イワンが上で自分が下の状態になっていることに気付き、ハインリヒは蒼褪める。
「言うコトを聞かない悪い子には、お仕置きしないとだよね?」
 イワンの砂色の瞳が、獲物を狙う獣のようにキラリと光った。
(うわ〜!?)
 起き上がろうにも、起き上がれない。
 小柄な身体のどこにそんな力があるのか、と思う。
「でわ、これからお仕置きタイムの始まりでーす」
 やはり酔っ払った口調で嬉しそうにそう言ってから、イワンはハインリヒの頬にキスをした。
(うわ〜〜!?!?)
 思わずギュッと目を閉じる。
 だが。
 イワンからの、次のモーションは無かった。
 それどころか急に、身体の自由が利くようになる。
 恐る恐る目を開けると。
 ハインリヒの胸の上で、イワンはスースーと安らかな寝息を立てて眠っていた。
 ホッとしながら、ハインリヒはイワンの髪を撫でる。
 布団をかけてやりながら、優しく頬にキスをした。
「・・・おやすみ」



 翌朝イワンが目覚めると。
 隣で、ハインリヒが眠っていた。
「??」
 どうしてハインリヒと一緒に寝ているのだろう、と昨夜の記憶を反芻して、イワンは赤面する。
(もしかしてボク、酔っ払ってた!?)
 もしかして、ではなく、それはどうやら事実のようで。
 頭が、ガンガンと音を立てそうに痛い。
「いった〜い・・・」
 小さく呟くと、ハインリヒが目を覚まし、イワンを見て優しく微笑みかけた。
「おはよう。気分はどうだ?」
「・・・頭痛い・・・」
「昨日のこと、覚えてるか?」
「なんとなく・・・」
 ハインリヒが、くしゃりとイワンの頭を撫でる。
 いつもなら、
『子供扱いしないでよねっ!!』
 と言って怒りを露にするところだが、今日のイワンにはそれが出来なかった。
 昨日の自分を省みると・・・不本意ながら、自分はまだまだ子供だと思わざるをえない。
「ゴメンね、ハインリヒ」
 上目遣いでハインリヒを見つめてそう言うと、ハインリヒは怒った風もなく、やっぱり優しくイワンに笑いかけてくれる。
「あんまり急がなくてもいいんだぞ、イワン。オレはちゃんと、待ってるから」
「うん、ゴメン・・・」
「オレより、グレートに謝るんだな。アイツの秘蔵のワイン、全部飲んじまったんだから」
「・・・ちゃんと謝るよ」
 自己嫌悪に陥って泣きたいような気分になるイワンを見て、ハインリヒは困ったように笑う。
「そんなに落ち込むな。心から謝れば、グレートだって許してくれるさ」
 その優しさに甘えて、イワンは言ってみる。
「ハインリヒがキスしてくれたら、立ち直れるかも?」
 氷色の瞳が、優しく揺らめく。
「仕方ないな・・・今回だけだぞ?」
「うん!」
 ハインリヒの唇が、そっと触れてくる。
 その柔らかい感触が、イワンの心を落ち着けてくれた。
「・・・ありがとう」
 そう囁くと、ハインリヒは悪戯っぽく笑って言った。
「もう、おイタはするんじゃないぞ、坊や」
「・・・子供扱いしないでっ!!」
「いつもの調子が戻ってきたじゃないか?」
 ハインリヒが笑う。
 イワンも、つられて笑う。
 いつの間にか、頭の痛みはどこかに飛んで行ってしまっていた。



〜END〜







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昔々に書いて放置してあったらしい14SSをアップ。
イワソの誕生日(私が勝手に決めた1月11日)なのに、
手抜き更新で申し訳ありません!!
1月はもっと、14に対する情熱を吐き出さねばならない月なのに!
今月中に一本ぐらいは、14を書き下ろしたいです。





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