ずっと二人で・・・


 ドアを軽くノックする。
 返事はなかった。
 少し強く叩いても、返事がない。
 ジェットは業を煮やして、勝手にハインリヒの部屋のドアを開けた。
 ハインリヒは、部屋の壁にもたれかかった状態で・・・。
 窓の外を見つめていた。
「ハインリヒ?」
 名前を呼んでも、返事はない。
 こんな時は、ハインリヒが過去に想いを馳せている時だということを、ジェットは知っていた。
「ハインリヒ」
 側に寄ってそっと肩に触れると、ハインリヒはジェットを振り返り微笑んだが。
 その視線はジェットを通り越して、何処か遠くを見つめていた。
 ハインリヒは、過去の痛みを決して忘れない。
 彼が愛し、彼を愛してくれた過去の女性たちのことを。
 それがハインリヒの優しさだということも、ジェットは知っていた。
 痛みを忘れることができないその優しさを、自分が愛しているのだという事も。
 けれども・・・。
「ハインリヒ!」
 苛立つような気持ちでもう一度名前を呼ぶと。
 ハインリヒの視線が、ジェットに戻ってくる。
「・・・ああ、お前か。何か用か?」
「用がないと、アンタに会いにきちゃいけないのかよ?」
 質問に質問で答えると、ハインリヒは黙って俯いた。
「オレはただ、アンタに会いたかっただけだ。邪魔しちまったみたいだけどな」
「邪魔なんて・・・そんなことはない」
 苛めるつもりはないのに、言葉に棘が出てしまう。
 ジェットは、嫉妬しているのだ。
 ハインリヒが過去に愛した女性たちに。
 『死』によって、彼女たちはハインリヒの胸にその想い出を永遠に刻み込んだ。
 それが、羨ましかった。
 ジェットは常々思っていた。
 自分が死ぬ時は、ハインリヒを守って死ぬのだと。
 そうすればきっと、ジェットも永遠に、ハインリヒの心の中で生きていくことができるから。
 誰にも打ち明けたことのないその心のうちを、ジェットは思わず漏らしてしまった。
 しかも、本人の前で。
「なあ、ハインリヒ。もしオレが死んだら・・・」
「バカっ!!」
 『オレのコトも、永遠にアンタの心の中に留めておいてくれるか?』と続くはずだった言葉は、激しい怒声で遮られた。
 無彩色なハインリヒの瞳に青白い炎が激しく燃え上がる様を、ジェットは見た。
 ジェットは知っていた。
 それは、ハインリヒがひどく怒っている時に見せる表情だと。
 ジェットを射すくめるような厳しい眼差しで。
「一度しか言わないから、良く聞いておけ!彼女たちがいなくなってしまっても、オレはこうして生きている。だがな、お前が死んだら、オレも死ぬぞ。覚えておけよ。お前が死ねば、オレだって生きてはいられないんだ・・・」
 ハインリヒはそう言って、ジェットから視線を逸らした。
「だから死ぬなんて、そう軽々しく言わないでくれ・・・」
 その瞳が切なそうに細められたのとは裏腹に。
 ジェットは、鼻の先まで赤くなってしまった。
 赤くなったジェットを見て、ハインリヒは呆れたような表情になる。
「何を赤くなってるんだ?お前って、本当に良く分からんヤツだな・・・」
 瞳の中の炎は。もう、消えていた。
 肩をすくめるハインリヒに、ジェットは笑いながら言った。
 先程のハインリヒの言葉が嬉しくて、自然、顔がニヤけてしまうのである。
「だって今のって、すっげーアツイ愛の告白にしか聞こえなかったぜ?アンタにそんな風に想ってもらえるなんて、オレもう、死・・・」
 綺麗な瞳が咎めるような光を帯びてジェットを見つめたので。
(やばっ。『死ぬ』って言葉は鬼門だった)
 ジェットは慌てて言い直した。
「生きてて良かったって、心から思ったのさ」
「・・・馬鹿・・・」
 形の良い唇から漏れたその『馬鹿』は、先刻の激しく叩きつけるような『バカ』とは違って。
 優しくて、可愛い『馬鹿』だった。
「そんなコトは、知ってるさ。でもオレが馬鹿なのは、アンタのせいだ。アンタがあんまり魅力的なのがいけないんだからな」
 ジェットの言葉に、ハインリヒは再び呆れたような表情になった。
「お前って、本当に馬鹿だが・・・」
 その瞳が、ジェットに向かって優しく微笑みかける。
「でもオレは、お前のそんな所、嫌いじゃない」
「・・・嫌いじゃない、じゃなくて、『好きだ』って言ってくんねーかな?」
 ボヤくジェットに、ハインリヒはクスリと笑って、
「イヤだ」
 そう答えた。
 その笑顔が愛しくて。
 ジェットは思わず、ハインリヒを抱きしめてしまう。
 腕の中のハインリヒが、微かに身じろいだ。
 それでも構わずに、更にきつく抱きしめると。
 ハインリヒが、その身体を軽く、ジェットもたせかけた。
 そんなハインリヒを、ジェットはやっぱり、可愛いと思ってしまう。
 愛しい人だと思う。
 決して失いたくない、大切な人。
 この腕の中から片時も離したくない人。
 世界中で、ただ一人の。
「ごめんな、ハインリヒ。もう絶対に、死ぬなんて言わないから・・・」
 耳元でそっと囁くと、ハインリヒがジェットの肩に顔を埋めて小さく頷くのが分かった。
「オレ達・・・これからもずっと、一緒にいような」
 ハインリヒの腕がジェットの背中に回されて。
 その腕が、ジェットをキュッと抱きしめた。
 そんな仕草も、ハインリヒの全てが愛しいと思う。
 普通ではない自分が、普通の人と同じように、世界中でただ一人の誰かに出会えたこと。
 その、ただ一人の誰か、が、ハインリヒであること。
 そしてハインリヒが、ジェットの差し伸べた手を取ってくれたこと。
 心から幸せだと思う。
「好きだぜ、ハインリヒ・・・」
 ありったけの想いを込めてそう告げ、つややかな銀の髪に口付けると。
 ハインリヒがジェットの肩から顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「愛してくれて・・・ありがとう」
 ・・・その瞳は今、ジェットだけを見つめていたから。
 その言葉は、ジェットだけに向けられた言葉だった。
 人を愛すること、愛されること。
 どうしてこんなに幸せなのだろう?
 答えを返す代わりに、ジェットはハインリヒを息も出来ないほどに強く。
 強く、抱きしめたのだった。




  〜 END 〜





24の初創作です〜。ひどく妄想に満ち溢れております。
自分の24の理想としては、ハインリヒがちょっと素直になれない、
という感じの24がいいかな〜、と思うのですが、
実際に書いてみると、結構ハインリヒって素直だわ(笑)。
ふみふみは受キャラ好きなので、攻→受の話を書いて、受キャラに愛情注いでます。
今回もジェット→ハインリヒな感じのお話にさせていただきました。
書きたいこと書きたいだけ書いて、幸せです♪




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