サイボーグ004
<ファラオ・ウィルス編・前編>


 ジェットはご機嫌でジープを走らせていた。
 助手席にギルモア博士、後部座席にはハインリヒ、そしてベビーシートの中にイワン。
(仲睦まじい若夫婦が、カワイイ子供と父親を連れて、一緒に旅行に来てるみたいだよな〜♪)
 そう思うと、ウキウキと心が弾む。
 ジェットは後部座席に素早く視線を走らせた。
 彼の心の中で、すっかり『妻』にされてしまっているハインリヒであるが、そんなコトは露ほども知らず(知らないのが幸せ、とも言う)、穏やかな瞳で窓の外の景色を眺めていた。
 遠くを見つめる氷色の瞳がシルバーの睫毛で彩られ、車窓から差し込む日差しを浴びてキラキラと輝いて見える。
(くうぅ〜っ!やっぱキレイだぜっ!!)

 ちゃんと前を向いて運転しろ!
 というジェットへのツッコミはさて置き。
 彼らは今、エジプトにいる。
『エジプトに行って、ツタンカーメンの墓を見てみたいのう・・・』
 というギルモア博士の随従として、その時偶然ギルモア邸にやって来ていたハインリヒとジェット、加えてイワンが付いて来た、というワケだ。
『一度、エジプトに行ってみたかったんですよ』
 そう言って、ハインリヒは嬉しそうに笑っていたが。
 正直なところジェットは、エジプトという国にはさっぱり興味がなくて。
 ハインリヒが行くから、という理由で付いて来たようなものだったけれども。
(やっぱ、来てよかったぜ!!)
 ワケの分からない感動を胸に、ジェットは目的地に向かって車を走らせた。

 そんなこんなで、ギルモア博士お目当てのツタンカーメンの墓に到着した一行であったが。
 なにやら、墓の近辺が騒がしい。
「どうしたんだ・・・?」
 不審そうにハインリヒが呟き。
 彼は車窓から顔を出して、バタバタと走り回っている警備員に声をかけた。
「すみませんが・・・何かあったんですか?」
 警備員が気の毒そうに言う。
「今日から墓の見学は出来ません」
「なんじゃと〜っ!?」
 ギルモア博士が車から飛び出して叫んだ。
「折角、遠路はるばるやって来たというのに・・・なんということじゃ!!」
 その声に驚いたのか。
 現場にいた白髪の老人が、チラリとギルモア博士の方に視線を移し。
 次の瞬間、彼は懐かしそうにギルモア博士に駆け寄った。
「その鼻は・・・ギルモア君、ギルモア君じゃないかね!!」
「君は・・・ハーシェル君!」
 その白髪の老人は、ハーシェル博士。
 ギルモア博士の古い友人の一人であった。



 最近、ミイラの損傷が激しいので。
 ミイラをロンドンに運び、医学的なチェックを行うため、ハーシェル博士が招聘された。
 明日、ミイラの運び出しをするということで、今日から墓を閉鎖したのだ。
 と、一行はハーシェル博士から説明を受けた。
 そのハーシェル博士の案内で、皆はツタンカーメン王の墓に入ることが出来た。
 古代の息吹をその身に感じて、ハインリヒは身体が震えるような気持ちになる。
 墓の入り口に刻まれている古代文字。
(一体、なんと書かれているのだろう?)
 じっとその文字を見つめていると、
『「王の眠りを妨げる者に、死の翼触れるべし」ッテ書イテアルンダヨ』
 腕の中に抱いているイワンが、そう教えてくれた。
「ツタンカーメンの、呪いか・・・」
 ハインリヒの声に、ハーシェル博士が反応した。
「あれは、偶然の一致じゃろうな。何故なら、カーナーボン卿は死んだが、発掘者のカーター博士は65歳の天寿を全うしたし・・・」
「しかし、ハーシェル君」
 ギルモア博士が、神妙な顔つきで反論する。
「この墓だけは、何故か盗掘の被害がほとんどなかったと聞いておる。盗掘者を”ためらわせる”何かがあったのでは・・・?」
 ギルモア博士の言葉を、ハーシェル博士は笑い飛ばした。
「ギルモア君は、科学者に似合わず、迷信深いねぇ」
「そっ、そんなコトは・・・」
 ギルモア博士が、鼻の頭まで赤くなった。

 玄室の中には、石棺とミイラが安置してある。
「カイロで見た黄金のマスクを被ってたのが、このミイラなのか?」
 ジェットが大股に、ツタンカーメンのミイラに歩み寄る。
 ふと、ハインリヒはそのミイラの顔に目を留めた。
「どうした、ハインリヒ?ツタンカーメンのカオをじっと見て、何かあるのか?」
 不思議そうに問いかけるジェットに、
「このミイラ・・・盗掘はされなかったかも知れないが、どこか哀しげな顔をしているな・・・」
 静かに、ハインリヒは答えた。
「それはそうじゃろう」
 ギルモア博士が、説明をしてくれる。
「11歳で即位すると同時に、9歳のアンケセナーメンと結婚させられ、18歳で病死・・・。ツタンカーメンは、不幸な政治の道具に過ぎなかったのじゃよ」
 沈痛な眼差しで、ハインリヒはミイラを見つめた。
(きらびやかな黄金のマスクの下に、そんな哀しみを背負って・・・)
 そしてハインリヒは、ふと、気付いた。
 ミイラの胸元に、仄かに紅みが残っている花束が、添えられていることを。
「あの花束・・・」
 小さく呟くと、頭の中でイワンの声が響いた。
『かるたます・てぃんくとります。えじぷと紅花ノ一種ダヨ。コノ墓ヲ発掘シタかーたーが棺ヲ開ケタ時ニハ、マダ花ノ芳香ガ残ッテイタッテ話ダ』
 小さなその花束と、哀しげなミイラの表情を交互に見比べて、ハインリヒは小さくため息をついた。
「きっと、残された幼い妻が捧げた花なのだろうな・・・。一人取り残され・・・一体、どんな想いで花を捧げたのだろうか?」



 その翌日、ミイラは王の墓から運び出され、空路、ロンドンへと向かっていた。
 ロンドンへと向かう飛行機は、突如、ハゲタカの群れに襲われ・・・。
 海の底へと沈んでいった。
 沈んだ飛行機を待ち受けていたのは、一隻の潜水艦。
 その中には・・・。
「これまでのミイラからは、ごくありきたりなウイルスや細菌しか見つからなかった。しかし、若くして病死したツタンカーメンのミイラからなら・・・必ず何か別の、現在では忘れ去られてしまった古代のウイルスが見つかるはずだ!」
 海底から回収されたミイラの棺の前に集う、男達。
 一同の首領格と思われる男は・・・骸骨を模ったマスクを被っている。
 スカールだ。
 白衣を着た科学者らしき男が、ニヤリと笑った。
「現代の人類には全く手も足も出ない、免疫も特効薬もない病原菌が見つかることでしょうな、スカール様?」
 スカールは、深く頷く。
「そのウイルスを培養して・・・世界中にばら撒いてから、我がブラックゴーストが開発した特効薬を売り出せば・・・。フハハハハハっ!!」
 彼らがミイラから採取した後・・・。
 ツタンカーメンの棺とミイラは海上に戻され、無事に大英博物館に運び込まれた。

 それから、しばらくの月日が過ぎ。
 ミイラのチェックを終えたハーシェル博士が、その殺菌方法について他の科学者達に説明を行っていた。
「冷却法、高温法、ガス処理のいずれも、不適当と判明しました。私としては、コバルト60の・・・」
 ハーシェル博士の身体がグラリと傾いた。
 そのまま、机の上に突っ伏す。
「ハーシェル博士!?」
 駆け寄ろうとした科学者も、ガクリと膝を付いた。
「救急車だ!急げ!!」
 静かだった会議室が一転して・・・騒がしくなった。



 数日後。
 ハーシェル博士の墓の前で佇む、ギルモア博士の姿があった。
 ギルモア博士の隣には、ジェット。イワンを抱いた、ハインリヒ。
『つたんかーめん王ノミイラ修復ニ関ワッタ学者ト家族ガ、モウ17人モ亡クナッテイル。ふぁらおノ呪イダト、専ラノ噂ニナッテルネ』
「ファラオの呪い・・・」
 ギルモア博士が、呟く。
「馬鹿げておる!しかし・・・現に、ハーシェルは死んだ。あんなにも元気そうだった、ハーシェルが・・・」
 ギルモアの言葉を引き継ぎ、ハインリヒが疑惑を口にする。
「やはり・・・『何か』があるのかも知れませんね?」
「何かって、何だよ!?」
『ソレヲ考エルノガ、ぼく達ノ役目ダロ?』
 墓地を後にしながら、ギルモア博士が力強く宣言した。
「そう・・・ハインリヒの言う通り、『何か』がある!」
 振り返っても、もうハーシェル博士の墓が見えないほどに、深い霧の中。
 ギルモア博士は、必死になって考えているようだった。
「滅多な事では火葬などせんこのイギリスで、ハーシェルの遺体が火葬にされたことといい、保健省の許可なくしては家族にも会わせんなどのあの処置といい・・・」
『マルデ、伝染病ノ扱イノヨウダネ』
「伝染病!?」
 ハインリヒが繰り返すと、ギルモア博士の太い眉が、ピクリと跳ねた。
「そうじゃ、伝染病じゃ!!分かったぞ、『ファラオの呪い』とは、ツタンカーメンの身体にあった、未知のウイルスによる伝染病のことだったんじゃ!!!」
「我々が知らない、未知のウイルスということは・・・。勿論、ワクチンも特効薬もない、という事になりますね」
 ハインリヒの言葉に、ギルモア博士は頷く。
『特効薬ガナイ伝染病・・・市民ガぱにっく状態ニナルコトヲ恐レテ、いぎりす政府ハ極秘ニシテルッテことダネ』
「なら、オレ達で特効薬を探してやろうぜ!」
 この日から、大英図書館でツタンカーメン王の墓の発掘にまつわる本を読み漁る、ギルモア博士、ハインリヒ(腕の中にはイワン)、ジェットの姿が見られるようになった。



「『ファラオウイルス』!」
スカールが持っている試験管の中には、ハーシェル博士を死に至らしめたウイルスが入っている。
「培養したコイツを、まずは大量にロンドンにばらまいて・・・しかる後に、我々の開発した『ファラオウィルスワクチン』を売り出せば・・・。フハハハハハっ!!」
スカールの高笑いが、ロンドンの一角にこだました。

『三千年の昔から甦ったウイルスに、なす術もなく、皆死んでゆく・・・』
『ウイルスは生きた細胞の中でしか生きられませんが、これはミイラに巣食っているバクテリアの細胞の中で生き延びてきたのです・・・!』
 ハインリヒは、夢の中を漂っていた。
『人間は、三ヶ月の潜伏期間の後、脱力感が感じられ、発熱し、10分後に心臓が止まります』
『よし!それでは商売用の特効薬の大量生産にかかるがいい・・・!!』
 大きな白い翼を持つ女性に、呼ばれているような気がする。
 彼女は翼を広げ、ハインリヒに両腕を伸ばす。
 ふっと、目が覚めた。
 見慣れない部屋。見慣れない調度品。
 けれども、どこかで見たことがあるような・・・。
(これは、古代エジプトの・・・)
 人の気配を感じて、視線を向けると。
 夢の中に現れた女性が、ハインリヒの目の前に立っていた。
「ここは、どこだ?お前は・・・誰だ!?」
 マシンガンの右手で、女性に向かって照準を会わせたが。
 少しの動揺も見せずに、女性は静かに答えた。
「ワタシは女神イシス。ここはテーベ。そして貴方は、ツタンカーメンの妻・・・」
 ふわりと身体が浮かび上がるような気持ちになる。
(オレが、ツタンカーメンの妻・・・?)
「アンケセナーメン」
 女神イシスにその名前を告げられた瞬間。
 ハインリヒは、ハッとしてベッドに身を起こした。
 慌てて辺りを見回すと、泊まっているホテルの一室で。
 隣では、ジェットが平和そうな顔をして眠っている。
 ベッドの脇の揺りかごには、イワン。
 ここは、現実の世界だった。
(夢・・・?)
 夢から醒めた夢を見てしまった、と思った。
(なんであんな夢を見ちまったんだ・・・?)
 訳の分からないままに、ハインリヒは大きく背伸びをして。
 窓に歩み寄り、カーテンを開いた。
〜 後編に続く 〜




大分前(アニメやってる頃だった・・・)から、やるやると騒いでいた、
原作ファラオウィルスの24アレンジです。
ちょっと、アレンジしすぎの部分もあるかも。
ホントはスカール様なんて出てこないし・・・。
そしてまだ、全然24っぽくないですね(笑)。
後編では、もう少し24モードに突入できるように頑張ります!!



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