サイボーグ004
<ファラオ・ウィルス編・後編>




 ハインリヒは再び、夢の中を彷徨っていた。
「さあ、アンケセナーメンよ。死せる王に、別れの花束を・・・」
 女神イシスが、翼を大きく広げ、ハインリヒをいざなう。
 目の前に、安置された棺。
 中で永遠の眠りについているのは・・・ジェットだ。
「もう、お別れだ・・・」
 手の中には、エジプト紅花の花束。
 その花束を抱きしめながら、ハインリヒは棺の中のジェットをじっと見つめた。
「オレ達の結婚は色々と取り沙汰されたが・・・決して、『政治の道具』ではなかった。理由は、お前も分かっているだろう?」
 ジェットの顔をもっと側で見たくて。
 ハインリヒは棺の傍らに跪き、言葉を続けた。
「オレはお前を心から愛していたし、お前もまた、オレを愛してくれたからだ」
 哀しみが胸いっぱいに込み上げてくる。
「短い間だったが・・・オレは、幸せだった・・・」
 ジェットは、答えを返さない。
 ただ、静かに眠るだけ・・・。
 涙で霞む目で、ハインリヒはじっとジェットを見つめた。
 会えなくなっても、その顔を忘れないように。
 この目に、焼き付けたくて。
「幸福だった日々に思いを馳せ、オレは許そう。お前を病気にして殺した、あの者達を」
 ハインリヒの氷色の瞳から、涙が零れ落ち、ジェットの頬を濡らした。 
「だがお前の魂は、その身体に永遠に残るに違いない。だから・・・」
 手元の花束に、ハインリヒは視線を移した。
「この花束を、お前に。お前が二度と、病に侵されることのないよう・・・」
 棺の中に花束を捧げようとしたその時。
 誰かに肩を掴まれ、棺から引き離された。
「放せ!」
 叫んだが、その手はハインリヒを放すどころか、ますます棺から遠ざけていく。
 そして、棺の蓋が閉じられてゆく。
 ジェットの姿が・・・消えてゆく。
「やめろ、待て!まだ・・・!!」

 自分の叫び声で、目を覚ます。
 ・・・やはり、ハインリヒは、泊まっているホテルの一室にいた。
 現実の世界に。
 今まで見ていた夢がリアルすぎて、全く寝た気がしない。
「一体、どうなってるんだ・・・?」
 自分の顔を手の平で覆い、ハインリヒは深く。ため息をついた。



『かーたートかーなーぼんハ、二人デ幾ツモノ王ノ墓ヲ発掘シ、同ジ行動ヲ取ッテルンダ』
「二人の間には、何も違いがないはずなのに・・・」
「カーターは生き残り、カーナーボン卿は命を落としたんだよな」
 大英図書館で連日、カーターとカーナーボンに関する資料を調べたが。
「ダメじゃ・・・何も分からん・・・」
 『ファラオの呪い』がウイルスによる伝染病だとすれば、カーナーボンを殺し、カーターを生かした『秘密の鍵』の手がかりがどこかに見つかるはずだった。
 だが。二人の間の相違点は、全く見つからない。
 ふう、と、ハインリヒが小さくため息をついた。
 そのため息を聞いて、ジェットが心配そうに尋ねた。
「最近、随分疲れているみたいだけど・・・大丈夫か、ハインリヒ?」
「大丈夫だ・・・。ただ、このところ、おかしな夢ばかり見てな・・・」
「夢?どんな??」
「・・・何、他愛もない夢だ」

 ハインリヒはいつでも、アンケセナーメンとして、ツタンカーメンのジェットに花束を捧げようとしている。
 だが、花束をどうしても、捧げることが出来ない。
「待て!まだこの花束を・・・」
 棺から引き離され。
 無情にも、棺の蓋は静かに閉じていく。
「花束を!」
 軋むような音を立てながら。
「・・・花束を!!」
 いつもここで、目が覚めるのだ。

 だが、こんな夢を見ているなどと、とても皆に言えたものではなかった。
 恥ずかしすぎる。

『ふーん』
 イワンの声に、ハインリヒはビクリとした。
『ソリャア言エナイヨネェ。自分ガあんけせなーめんニナッテ、夫ノつたんかーめん・・・イヤ、じぇっとダネ・・・ニ、花束ヲ捧ゲル夢ヲ見テルナンテ』
「えっ!?ハインリヒ、そんな夢みてるのか?なんだなんだ!言ってくれれば、いつだってすぐさま嫁にもらってやるのに」
 ジェットが一人喜びしている。
「イワンっ!!!」
 真っ赤になって、ハインリヒは言い訳した。
「違うんだっ!ただ、王家の谷でツタンカーメンのミイラに添えられていた花束が忘れられなくて・・・それで、あんな夢を見たんだ、きっと!!!」
「またまた〜。そんなに照れなくてもいいんだぜ、ハインリヒ?」
『はいはい、ソウイウことニシテオイテアゲルネ』
 ジェットとイワンの言葉に、ますます動揺を隠せないハインリヒだったが。
「花・・・?花じゃと!?」
 微笑ましげにその会話を聞いていたギルモア博士の突然の叫びに、救われたように話題を転換した。
「博士、花がどうしたんですか?」
 積み上げてある本をパラパラとめくり、ギルモア博士はカーターとカーナーボンの二人が写っている写真を数枚、確認した。
「これじゃ!カーターとカーナーボン卿の写真・・・」
「写真がどうしたって!?」
 ジェットが、ギルモア博士の手元の本を覗き込む。
 イワンもふわりと浮き上がり、テレパシーでパラパラと本のページをめくって、写真を確認した。
『・・・ドノ写真モ・・・かーたーハ上着ノ襟ニ花ヲ付ケテルネ』
「カーナーボン卿の方には付いてないぜ!?」
「あっ・・・!」
 ハインリヒが小さく叫んだ。
「エジプト紅花だ!」



 彼らはすぐに、エジプトに飛んだ。



 エジプト紅花の群生地に、車を走らる。
 群生地間近の地点で、一台のトラックとすれ違った。
「・・・こんな所にトラックなんて・・・珍しいな」
 ハインリヒが不審気に呟いたが。
 すぐにその意識は、紅花の元に戻った。
 
 群生地にたどり着いた彼らは、愕然とした。
 花は・・・一本も、残っていなかった。
「この辺りがエジプト紅花の群生地のはずなのに・・・」
「花が一本もないって、どういうコトだよ!?」
「もう、花は残っていないですよ」
 現地の人間が、困ったように言った。
「少し前に、妙な男たちがやってきて・・・病気の元だからと言って、刈り取っていったんです」
『妙ナ男達!?』
「まさか・・・ブラックゴースト!?」
 彼は、更に続けた。
「残った花にもクスリをかけて、全部枯らしてしまいました・・・」
 枯れ果てた花々が、目に飛び込んでくる。
 アンケセナーメンが愛する王に捧げようとした可憐な花の、無残な姿が。
「今回の一連の事件は、ブラックゴーストの陰謀かも知れんぞ!」
ギルモア博士が難しい顔で言うと、イワンが後を引き取るように言葉を発した。
『ダトシタラ。ぶらっくごーすとノ目的ハ、みいらカラ採取シタういるすヲバラマイテ、ソノぱにっくニ付ケ込ンデ・・・紅花デ作ッタ特効薬ヲ売リ出スこと・・・』
「もしそうだとしたら・・・」
「大変なことになるぜ!?」
 そう、大変なことになる。
 特効薬となる紅花は、もうない。
 法外な値をつけて特効薬を売られても、人々は財産を差し出し、買うしかないのだ。
 買えなければ・・・死が、待っているのだから。
『・・・サッキスレ違ッタ、とらっく・・・。アレニ刈リ取ッタ花ガ乗ッテルト思ウンダケド?』
 イワンの言葉に。
「チッ!」
 ハインリヒは舌打ちし、抱いていたイワンをギルモア博士に預けた。
「博士、イワンを頼みます!」
 そして、ハインリヒはトラックを追って駆け出した。
 乱暴に上着に手を掛け、脱ぎ捨てると。
 赤い防護服。
 黄色いマフラーが、ヒラリと風に靡いた。
「ジェット!」
 駆けながら、ハインリヒがジェットの名を呼ぶ。
「オレを抱えて飛べ!!」
「了解(ラジャー)!」
 いつの間にか防護服を身に纏ったジェットが、空を舞う。
 フワリ。
 ジェットの腕が両脇に滑り込み、ハインリヒの身体が宙に浮いた。
「奴らに思い知らせてやる!幼い王妃が愛する王のために捧げた花を・・・あの様に無残に散らせるなんて・・・。王妃が愛した王のミイラを悪用するなんて・・・オレは、絶対に許さん!」
 ハインリヒの瞳が、怒りに燃えた。
「絶対に追いつけよ、ジェット!?」
「オレを誰だと思ってるワケ?黙って任せとけって!」
 やがて、例のトラックが二人の視界に入ってきた。
 カチャリと機械的な音と共に、ハインリヒの膝が開いた。
「待てよ、ハインリヒ!ここでミサイルはまずいぜ?」
 宥めるジェットに、ハインリヒは再び舌打ちをした。
「チッ・・・ならジェット、オレをトラックの上に乗せられるか?」
「やってみる」
 しかし、トラックは二人の存在に気付いたらい。
 追跡を振り切ろうとしてか、複雑に動き、ジェットはなかなかハインリヒを降ろせない。
 ハインリヒが、苛立たしげに唇を噛みしめた時。
『ぼくガシバラク、とらっくノ動キヲ押サエル。ダカラ、はいんりひノ好キナヨウニサセテヤッテ、じぇっと!』
 脳内にイワンの声が響き、トラックが一瞬、動きを止めた。
 緊迫した場面だと言うのに、ジェットは一人、感涙に咽んだ。
(父母のピンチに力を貸す息子!うーん、家族愛だぜ!!)
『・・・じぇっと・・・後デ殺スヨ!?』
「ジェット!さっさとオレを降ろせ!!」
 イワンとハインリヒに激しく怒鳴られ、ジェットは慌てて、動きを止めたトラックの脇にハインリヒを降ろした。
 ハインリヒが運転席のドアを乱暴に開ける。
「貴様ら!覚悟しやがれ!!」
 開いたドアの中から、いかにも怪しげな男が二人、飛び出してきた。
「逃がさんぞ!・・・ジェット!!」
「OK!」
 逃げ出そうとする男達の前に、ジェットがフワリと立ちふさがった。
「オレのお姫様のたっての頼みだからな。逃がさないぜ?」
 震え上がる男達を。
 右手のマシンガンで威嚇しながら、ハインリヒは告げた。
「スカールに伝えておけ!どんなにウイルスをばら撒こうが、もう無駄だとな!!特効薬となる紅花は、こちらの手の中にある!」
 激しい眼差しで男達を一瞥し、ハインリヒは言った。
「分かったら、行け!もう二度とオレ達の前に姿を現すなよ!!」
 逃げ去って行く男達の後姿を不機嫌そうに見送り、ハインリヒはジェットを振り向いた。
「ジェット」
「何?」
「荷台の中の紅花を改めてから、取り敢えず博士達の所に戻るぞ。それと・・・」
「??」
 キョトンとするジェットに、ハインリヒはほんの少しだけ赤くなり。
「ありがとうな、ジェット。アイツらを追いかけるのに協力してくれて・・・」
 言った後、照れたようにそっぽを向いた。



「おお、ハインリヒや。首尾はどうじゃった?」
「無事に、紅花を取り戻しました」
『良カッタネ。コレデ、今回ノ事件モ一件落着ダ』
 イワンはそう言ったが。
 ハインリヒは物憂げに、枯れた紅花に視線を走らせた。
「一本もなくなってしまった・・・王妃の、愛の花が・・・」
 ポツリと唇から漏れた呟きに。
 ジェットが慰めるようにハインリヒの肩を抱いた。
「大丈夫だって。また、花が咲くさ」
「だが・・・」
 その時。
「お兄ちゃん、紅花を探しているの?」
 幼い少女がハインリヒに話しかけてきた。
「ああ。そうだよ。探してた」
 ハインリヒが答えると。
 少女はニコリと微笑み、ハインリヒを手招いた。
「こっちに来て!ワタシ、持ってるわよ!!」
 少女の家のプランターいっぱいに、紅花が咲いている。
 刈り取られたものではなく・・・今、美しく咲いている紅花だ。
「変なおじさんたちが来た時、ワタシ、コレを隠したの」
 花が残っている。咲いている花が。
 ただそれだけの事なのに、ハインリヒは、ホッと安堵した。
「だってワタシ、この花が大好きなんですもの!」
 無邪気に微笑みながら植木鉢に移し替えた花を差し出す少女の姿に、ハインリヒはある女性の姿を重ねた。
 漆黒の髪。髪の色と同じ、黒目がちな瞳・・・。
(アンケセナーメン?)
 可憐に咲く花を受け取り、ハインリヒは少女の頭を撫でた。
「ありがとう・・・。またこの地にこの花が咲き乱れる日が・・・来るといいね?」
「じきにそうなるわ!みんなでまた、植えなおすもの!」
 力強いその言葉に、ハインリヒはそっと微笑した。
「そうだね・・・」

 三千年前の王妃が、愛する王に捧げた花。
 花は、咲き続けるだろう。
 王妃が王と共に過ごした、このエジプトの地で。
 永遠に色褪せることなく・・・。

「帰ろうか、ハインリヒ?」
「・・・ああ」
 ジェットに促され、ハインリヒはその地を後にする。
 ・・・もうきっと、夢を見ることはないだろう・・・。
 ハインリヒは背後を振り向き。
 手を振って彼らを見送ってくれている少女に、手を振り返した。



 場所は変わり、ロンドン・ブラックゴースト。
「フハハハハ・・・っ!!」
 スカールのご機嫌な笑い声が、響く。
 ほうほうの体でエジプトから逃げ出してきた団員達は、今回はお咎めなし、ということで、冷や汗をかきながらスカールの御前から退出した。
『スカールに伝えておけ!どんなにウイルスをばら撒こうが、もう無駄だとな!!特効薬となる紅花は、こちらの手の中にある!』
 スカールが団員にしかけておいた小型カメラが、一部始終を映し撮ってくれていた。
 ビデオに録画しておいたその場面を、スカールは満足げに眺める。
「うむ。流石は004だ・・・相変わらずの切れ者ぶり、褒めてやるぞ」
 などと取り敢えず真面目に言った後。
「しかし、004は相変わらず美しい。風に揺れる銀の髪といい、色白の肌、色素の薄い瞳・・・ああ、どうして我がブラックゴーストから逃げ出してしまったのだ!?」
 叫びながらもスカールは、ウキウキとリモコンを手に取った。
「さて、もう一回巻き戻すとするか・・・」



 ちょうどその頃。
「くしゅんっ!!」
 テラスで読書をしていたハインリヒが、くしゃみをした。
「どうした、ハインリヒ?風邪でもひいたか?」
「ん・・・何だか寒気がしてな・・・」
「中に入れよ」
「ああ・・・」
 ジェットが差し伸べた手を取り、ハインリヒは室内に入ろうとした。
 部屋に入ろうとした瞬間。
 ふっと、ハインリヒの視線が動く。
 その視線の先では・・・。
 明るい太陽の下、エジプト紅花が可憐に。
 花を、咲かせていた。
〜 終幕 〜




大分前(アニメやってる頃だった・・・)から、やるやると騒いでいた、
原作ファラオウィルスの24アレンジです。
ちょっと、アレンジしすぎの部分もあるかも。
ホントはスカール様なんて出てこないし・・・。
そしてまだ、全然24っぽくないですね(笑)。
後編では、もう少し24モードに突入できるように頑張ります!!



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