君に会うために
その人物は、突然、ジェットの前に現れた。
「お前たちの新しい仲間・・・サイボーグナンバー004だ」
ジェット達を改造した博士に連れられて、やってきた男性。
つややかな銀の髪と、無彩色だが美しい瞳が印象的な。
「・・・よろしく」
さして面白くもなさそうに挨拶をしたその人の瞳が、ほんの一瞬だけ、ジェットの上に走る。
視線と視線がぶつかった時、ジェットは頭の中を電撃が走るような、そんな気持ちになった。
人工物のはずの心臓が、バクバクと大きな音を立てる。
しかし、その視線は、あっという間にジェットから逸らされてしまった。
博士は立ち去り、その場には4人のサイボーグ達だけが残されて。
ジェットは早速、004の方に近づいた。
「オレは、002。ジェット・リンクだ。キミは?」
物憂げな光を湛えた004の瞳が、再び一瞬だけ、ジェットの方を向いた。
しかし。
「・・・・・・」
ジェットの問い掛けに答えを返すこともせず、彼は視線を別方向に向け。
一言も発しないまま、ジェット達の前から姿を消したのだ。
「何だ、どしたんだ??」
訳も分からず、フランソワーズを振り向くと。
フランソワーズもまた、困惑の眼差しで首を降った。
『彼の名は、アルベルト・ハインリヒ。東ドイツの出身で、東から西に逃亡する時に、恋人を自分の過失で死なせてしまっている。その心の傷が、彼にあのような態度を取らせているんだ・・・』
フランソワーズの腕の中で眠っていたはずのイワンの声が、二人に語りかけた。
「あの人も、可哀相な人なのね・・・」
表情を曇らせる、フランソワーズ。
「・・・アルベルト・ハインリヒ・・・」
大切に大切に、ジェットはその名前を呟いた。
「アイツに似合いの、キレイな名前だな・・・」
出会った瞬間に、恋に落ちる。
そんなコト、絶対に嘘だと思っていた。
でも今は、それは本当だと胸を張って言える。
ジェットはハインリヒを一目見たときに、恋に落ちたのだ。
ハインリヒに会うために、今日まで自分は生きてきたのだと。
そう、思えるぐらいに。
だが。その恋は、今のところ全く、報われる気配がなかった。
ジェットが何を言っても。
さり気なく好意を伝えようとしても。
怒らせようとする時でさえ。
彼はやはり、さして面白くもなさそうに短い返事をするだけだった。
まるで、ただの機械のように。
そして、なおもジェットが話を続けようとすると。
視線をふいっとジェットから逸らし、その場を逃げるように去っていくのが常だった。
だが、ジェットは見てしまった。
ある夜、ハインリヒが一人で夜空を見上げている姿を。
ハインリヒの瞳が、深い悲しみで彩られている様を。
その瞳が、絶望の色を浮かべている様を。
その様子を見て。
ジェットはなおさら、ハインリヒに恋した。
そんなある日、イワンの寝顔を見つめながら、ジェットはボソリと呟いた。
「ハインリヒは、どうしてオレからいつも逃げるんだろう?」
好きな気持ちは日に日に募っていくというのに。
やはり、ハインリヒはジェットに見向きもしてくれない。
嫌われている、とは思いたくなかった。
けれども。
ハインリヒは、ジェットから逃げていく。
いつも、いつも、いつも。
泣きたいような気分で溜め息をついたジェットの頭の中に、イワンの声が響いた。
『ハインリヒは、君を嫌っている訳じゃない。安心して、ジェット』
「イワン!?」
『彼は、悩んでいるだけだ。恋人の想い出を忘れることが出来ない自分が、君に愛される資格はないと思っている』
「オレは・・・アイツに恋人のことを忘れて欲しいなんて、少しも思っちゃいない。いいんだ。アイツの心の中にずっと、前の恋人が住んでいたって。その恋人と一緒に、オレもハインリヒの心の中に住まわせてくれれば・・・」
気持ちを吐き出すようにそう言ったジェットの頭に、再びイワンの声が届く。
『伝えればいい。素直に、キミの気持ちを。彼もきっと、分かってくれるよ』
「サンキュ、イワン。ちょっとヤル気出てきたぜ!」
感謝の気持ちを込めて、柔らかいイワンの頬を軽く突付くと、ジェットはさっきよりも少しだけ、表情を明るくした。
「ハインリヒ!」
遠くに彼の人の姿を認め、名前を呼ぶと。
「何だ?」
彼は振り返りもしなかったが、返事をする声だけは、ジェットの耳に届いた。
「ハインリヒ!!」
再度名前を呼び、ジェットは、ハインリヒに駆け寄って。
後ろから、ハインリヒを抱きしめ、耳元で囁いた。
「ハインリヒ、キミが好きだ!」
腕の中で、ハインリヒが身を固めるのが分かったが、ジェットは構わずに、
「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ!!」
そう叫んでから、大きく息をついた。
「その腕を、離せ」
相変わらず無感情にそう告げるハインリヒに、ジェットは激しく問い掛けた。
「オレは、どうすれば良い?百万回好きだと言えば、キミはオレを信じてくれるのか!?」
「・・・・・・」
無言になってしまったハインリヒを抱きしめる腕の力が、強くなった。
「キミが、好きなんだ。キミを、愛してる。初めてキミに出会った時から。理由なんかない。ただ、キミが好きだ・・・どうしようもなく、キミだけが好きだ」
「・・・オレに構うな・・・」
ハインリヒの唇から、ポツリと言葉が漏れた。
「オレは過去を忘れられない。一生、心の中に引きずっていく。そんなオレが・・・お前に愛される資格なんてないんだ」
ジェットは、切なかった。
何故だかたまらなく、胸が痛かった。
まるで、ハインリヒの心の痛みが、自分に乗り移ったような気持ちだった。
腕の中の。今にも消えてしまいそうな儚い人に、ジェットは自分の想いの全てを込めて、囁く。
「資格があるかないかは、オレが決める。愛してくれ、なんて言わねーよ。キミはただ、オレのこの想いを許してくれるだけでいいんだ。オレがキミの側にいることを、許してさえくれれば・・・」
ハインリヒを抱きしめたままのジェットの手に、ハインリヒの手が、そっと。触れた。
「002・・・」
「ナンバーでは、呼ばれたくねーな。・・・特に、好きなヤツからは、な」
ジェットがそう言った時。
ポタリ。
と、温かい何かが、ジェットの手に落ちる。
一粒、二粒・・・。
それが、ハインリヒの涙だ、ということに気付くまで、さして時間はかからなかった。
ジェットはハッとして、ハインリヒを抱きしめている腕を離した。
ジェットの目の前で、ハインリヒは俯いて。
黙って、涙を流していた。
(綺麗な涙だな・・・)
などと、不謹慎な事を考えながら、
「悪い・・・泣かれるほど嫌われてるなんて、知らなかったんだ」
宥めるように声をかけると、
「・・・・・・」
ハインリヒは黙ったまま、小さく首を振った。
ジェットの右の腕を、ハインリヒの指が掴む。
ギュッと。力を込めて。
色の薄いその瞳から、涙を落としながら、ハインリヒが、ジェットを見つめた。
その形の良い唇が小さく開かれ、何事かをジェットに告げようとしたが。
言葉が紡ぎ出されることはなく、唇は閉じられた。
そして再び、ハインリヒは俯いた。
ジェットの腕を、握りしめたまま。
空いている方の腕で、ためらいがちにハインリヒを抱き寄せると、ハインリヒの喉から、嗚咽の声が漏れた。
「泣いて、いいぜ」
自分でも信じられないような優しい声で、ジェットは言った。
「泣きたいだけ泣けよ。オレが、側で支えてやるから」
ハインリヒの身体が、大きく揺れて。
彼はジェットの腕の中で、声をあげて、泣いた。
ジェットは何も言わずに、腕の中の儚くて切なくて愛しい人を抱きしめた。
深い深い、愛情を込めて。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
ハインリヒが顔を上げ、ジェットを見つめた。
「済まない・・・迷惑かけて」
「迷惑なんかじゃないさ。言ったろ?オレはキミを好きだって。キミは、何をしたって許されるんだ。・・・オレの前ではな」
「・・・しかし」
「オレがイイって言ってんだから、イイんだよ!キミはもっと、感情を表に出した方がいい。そうしないと、ホントの機械人形になっちまうぞ」
それから、ジェットは思い出したようにハインリヒに訊ねた。
照れたように、頭を掻きながら。
「それで、だな。さっきの返事・・・聞かせてもらえねーかな?」
「返事?さっきの??」
「オレがキミの側にいること。許してもらえるか?」
ジェットを見つめるハインリヒの瞳が、優しい光を帯び。
口元が柔らかく緩んだ。
それは、ジェットが初めて見る、ハインリヒの微笑み。
返事なんか、もう、聞かなくても良かった。
ジェットには、それだけで十分だった。
「キミの笑顔。思ってたとおり、すっげーキレイだ・・・」
正直にそう告げたら、
「・・・馬鹿」
ハインリヒは今度は、うっすらと赤くなった。
その頬を赤らめる表情も。
他のメンバーは知らない、ジェットだけが知ることの出来た表情なのだ。
「キミの色んな表情。これからも、オレだけに、見せてくれよな?」
ジェットがそう耳元で囁くと、ハインリヒは照れたようにジェットから視線を逸らした。
「フン・・・」
今までの視線の逸らせ方とは明らかに違うその態度に、ジェットは満足げにニヤリ、と含み笑いを漏らし。
「何をニヤニヤしているんだ、お前は・・・?」
ハインリヒの呆れる表情まで見ることが出来たのだった。
ジェットが、ハインリヒの名前を呼ぶ。
「ハインリヒ!」
短いが感情のこもった声が、戻ってくる。
「何だ・・・ジェット?」
フランソワーズが、優しく笑いながらジェットに言った。
「ハインリヒ、少し、変わったわね。良かったわ。これは、ジェットのお陰・・・なのかしら?」
「オレとハインリヒの秘密だぜ!」
ニヤリと笑ってフランソワーズにVサインを送るジェット。
ハインリヒが、二人の方に近づいて来て。
「ジェット。用があるなら早く言え」
「べっつに〜。ただ、名前を呼びたかっただけ」
「・・・(怒)」
「ずっと側にいるからな・・・」
怒り顔のハインリヒに向かって真面目な表情で呟くと。
「何をいきなり・・・」
ハインリヒは少しだけ表情を和らげて、それから笑顔を見せた。
ハインリヒに出会うためだけに、自分は生まれてきたのだと、ジェットは思う。
もう二度と、彼に淋しい瞳をさせないために。
その美しい瞳を、悲しみで曇らせないために。
いつでも、彼の側に、いるために。
キミに、会うために・・・。
〜 END 〜
色んな方々が様々に書き尽くしていると思いますが、二人の出会い編です。
しかも、アニメで初期設定が出たようなんですが、その回を私は見ていないのでOK!
ふみふみヴィジョンでは、二人の出会いはこうなってるんだな〜、と
読み飛ばしていただけると幸いです。
どうやら私は、ジェットはオトナっぽいジェット(原作寄り)が好きみたいです。
大人の愛で、ハインリヒを包んでもらいたいな〜、という願望があるもので(笑)。
ハインリヒにはカッコ良い受けでいて欲しいのですが、どうも乙女モードになってしまって。
今回のお話では、ジェットがハインリヒを形容した
「儚くて切なくて愛しい人を」という下りがふみふみのお気に入りです。
この場面が書きたくて、今回の話を書いたようなものです(爆)。
相変わらずラブラブですが、そこはご容赦くださいね。