Love
薄暗い道を、ただ、歩いていた。
二人で、手をつないで。
(隣にいるのは、誰なんだろう?)
そう思って視線を向けると、そこにはヒルダがいて。
ハインリヒを見つめて、優しく微笑んでいた。
「ヒルダ!!」
抱きしめようとして腕を伸ばすと、彼女はヒラリとハインリヒの腕から逃れた。
「ダメよ、アルベルト」
そう言って、ヒルダはハインリヒを見つめる。
「いつまでも、過去に囚われていてはダメ。あなたはもう、新しい世界に向かって歩いていけるはずよ。もう、新しい幸せを見つけることが出来るはずなの」
ヒルダの白い手が、ハインリヒの頬に優しく触れた。
「忘れて、とは言わないわ。いいえ、覚えていて欲しい。でも、過去に心を縛られないで」
そう言って彼女は、軽やかな仕草でハインリヒの背後に回り。
トン。
その手が、ハインリヒの背中を押した。
「さあ。行ってちょうだい、私のアルベルト。あなたを必要としてくれている人がいる世界に。あなたが必要としている人がいる、あなたの世界に」
ふわり、と、身体が宙に浮かぶような感覚。
「幸せになってね、アルベルト。それだけが、私の願いよ・・・」
そしてヒルダは、ハインリヒの視界から消えた。
ハインリヒの瞼の裏に、優しい微笑みを焼き付けて。
さっきまでとは違う道を、ハインリヒは歩いていた。
うっすらと明るい道を。
今度は、一人で。
視線の先に、一点の光が見える。
(あれが、出口なのだろうか?)
そう思って、ハインリヒは、ただ、歩く。
行っても行っても、光は近付いてこない。
不安になって辺りを見回すと。
隣に、ジェットがいてくれたことに気が付いた。
ハインリヒがジェットを見上げると。
ジェットは微笑みながらハインリヒの手を取り、その手を強く握りしめてくれた。
そして、ハインリヒと一緒に、歩き出す。
歩いても歩いても、前に進めなかったのに。
ジェットと一緒だと、一歩一歩、自分が光のある場所に近付いていけるのが、ハインリヒには不思議だった。
「ジェット」
名前を呼ぶと、ジェットの瞳が優しくハインリヒを見つめた。
「ジェット・・・」
もう一度名前を呼ぶと、ジェットの腕がふわりとハインリヒを抱きしめてくれた。
ハインリヒを包み込むように、優しく。
ざわざわとした心が急に落ち着いていくような、そんな優しい抱擁に、
「ジェット」
三度名前を呼ぶと、ジェットは優しく微笑みながら、ハインリヒにそっと。
触れるだけの優しいキスをしてくれた。
そして、耳元で囁かれる言葉。
「忘れないで、憶えていて。キミが側にいてくれる、キミが微笑んでくれる、ただそれだけで。オレの心がいつだって、強く優しくなれること」
ジェットの瞳が、ハインリヒをじっと見つめた。
「キミを、愛してる」
愛されていることは知っていた。
ジェットは自分に対する好意を隠そうともしなかったから。
いつでも、『好きだ』、と、言ってくれるから。
でも、自分からは愛せない。
ずっと、そう思ってきたけれど。
誰かの手が、優しく自分の背中を押してくれる。
その手はヒルダのものだと、ハインリヒはそう思った。
そして、ハインリヒは突然気付いてしまった。
いつの間にか、ジェットを好きになってしまっている自分に。
あまりにも自然にジェットが側にいてくれるから。
ジェットはいつでも、無償の愛をハインリヒに捧げてくれるから。
いつの間にかジェットが側にいることが当たり前になっていて、側にいてくれないと寂しい、と思うようになっていた。
恋はもう、始まっていた。
ハインリヒは、ジェットが好きだったのだ。
もう、随分と昔から。
その想いに、今まで気付かない振りをしていただけだったのだ。
・・・ジェットがてくれたから。
ハインリヒは、ここまで歩いて来ることができたのだ。
「ジェット・・・」
ジェットの優しい瞳に映る自分の姿を見つめながら。
ハインリヒは口を開いた。
「オレは、お前が・・・」
その瞬間。
辺りが眩しい光に包まれて。
光の中で、ハインリヒは思った。
自分は、新しい世界への第一歩を踏み出したのだ、と。
「・・・??」
ふと気付くと。
ハインリヒは、ギルモア邸のリビングにあるソファーで横になっていた。
向かい側のソファーでは、ジョーとフランソワーズがコーヒーを飲んでいる。
いつもどおりの、風景。
ボーっとしながら上体を起こすと、ハインリヒの肩から黒いジャケットが滑り落ちた。
それは、ジェットのものだった。
ハインリヒがジャケットをギュッと抱きしめると。
ほんのりと、ジェットの香りがした。
「あら、ハインリヒ。目が覚めたの?」
声をかけてきたフランソワーズに、ハインリヒは訊ねた。
「ジェットは・・・?」
「アナタが寝てしまったから、自分の部屋に引き上げたわよ」
「そうか・・・」
ハインリヒはソファーから立ち上がり、ジェットのジャケットを握りしめたまま、2階へと続く階段を駆け上った。
ジェットの部屋の前まで走り、ノックもせずに、そのドアを開ける。
(今すぐ、言わないといけない・・・)
そう、思ったから。
ベッドに寝転んで雑誌を読んでいたジェットは、突然部屋に飛び込んできたハインリヒを見て、慌てて起き上がった。
「ハインリヒ。どした、そんなに血相変えて?」
「・・・・・・」
無言で部屋の入り口に立ち尽くすハインリヒに、ジェットはおどけたように言った。
「もしかして。ちゃんとベッドに連れてかなかったから、怒ってる?そんな汚いジャケット、オレにかけるな、って感じで??」
無言のまま、ハインリヒは首を振った。
『好きだ』
と、ただ一言伝えたいだけなのに、その言葉がどうしても口に出せなかった。
「困ったな。そんなに泣きそうな顔して。ホントにどうしたんだ?」
ジェットの優しい言葉に、本当に涙が出そうになった。
黙って俯いてしまったハインリヒにを見て、ジェットは優しく微笑み。
ハインリヒに向かって、優しくその手を差し伸べてくれた。
「おいで、ハインリヒ」
暖かい手が、再びハインリヒの背中を押してくれる。
『さあ、行きなさい。私のアルベルト』
その手に、声に、励まされるように、ハインリヒはジェットの手を取った。
ハインリヒがジェットの手に触れると、ジェットはハインリヒの手をギュッと握りしめ、ハインリヒの身体を自分の方に引き寄せた。
ジェットの抱擁は・・・やっぱり、優しかった。
そして、ジェットの香りがした。
「ハインリヒ、頼むからそんなに泣きそうな顔をしないでくれ。キミのそんな表情を見ていると、オレはどうしていいのか分からなくなる・・・」
(ジェットの方こそ、泣きそうな顔をしている・・・)
ハインリヒはそう思い、ジェットの頬にそっと手を触れた。
「お前の方こそ、泣きそうな顔をしているぞ?」
「キミの所為だぞ。キミが、そんなに悲しそうな顔をしてるから。どうしたんだ、ハインリヒ?何かあったのか??」
本当に心配そうに、ジェットが問い掛けてくる。
「オレは・・・」
ハインリヒは、ジェットの瞳を見つめた。
夢の中と同じように、ジェットの優しい瞳には、自分が映っていた。
「オレは、お前が・・・」
「ん?」
「オレは。オレは、お前が、・・・好きなんだ」
やっとの思いでハインリヒがそう告げると。
クスリ、と、ジェットの笑いが耳元で聞こえた。
「バカだな、ハインリヒ。そんなコト、言わなくたって知ってるぜ?」
その言い様に、ハインリヒは少しだけムッとしたが。
次の瞬間、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。
「でも、言ってくれて、すっげー嬉しい」
ジェットがやっぱり笑いを含んだ声で、そう囁いたからだ。
「キミってやっぱり、最高にカワイイぜ」
ハインリヒを抱きしめる腕の力が、強くなって。
「・・・苦しい・・・」
ハインリヒがボソリと呟くと。
ジェットは慌てて、抱きしめている腕を離した。
「悪い!嬉しくってつい、力が入っちまった」
それからジェットは、ちょっと照れたように笑って。
「なあ、ハインリヒ。オレ、今すぐにキミにキスしたい。ダメか?」
「・・・ダメじゃない」
そう答えると。
ジェットの指がハインリヒの頬に触れ、ハインリヒは、ビクリと身を固めた。
困ったように、ジェットが笑う。
「参ったな・・・そんな表情されると、なんにも出来なくなっちまいそうだ。ホントにイイのか、ハインリヒ?」
黙ったまま。
コクリ、とハインリヒが頷くと。
ジェットの瞳が、優しく揺らめいた。
「瞳、閉じて」
ハインリヒは、瞳を閉じる。そっと。
ジェットの唇が、ハインリヒの額、瞼、頬に順番に触れて。
最後に、唇にそっと触れた。
・・・優しく、そっと。
ジェットの肩口に添えられていたハインリヒの手に、キュッと力が入り。
二人は。
初めてのキスを、交わしたのだった。
〜 END 〜
24同盟の24祭に出展させていただいた作品です。
祭りが終了したので、こちらでもアップすることにしました。
ヒルダさん絡みの24、というコトで書いたのですが・・・。
フフフ・・・(汗)。すみません、相変わらずゲロ甘です。
自分で読み返して、砂糖の山を5つほど作りました(滅)。
お気付きの方もいらっしゃるかも知れませんが、ウチのサイトで24、ファーストキスです。
折角の祭りなんだから、キスシーンをっ!!と、当時萌えながら書いていた自分に完敗!
ハインリヒ視点のお話にしたので、いつもより更に甘くなってしまったのでしょうか?
自分でも、ふ・し・ぎ(←死)。