サイボーグ004
<星祭りの夜編>
「綺麗な・・・星空だ」
ハインリヒは、空を見上げて、そう呟いた。
今日は七夕の夜。
一年に一度の織女星と牽牛星の出会いを・・・みんなで喜び合う、日本の祭りである。
『なんてロマンティックなんでしょう!』
などと、フランソワーズは言っていたが。
ハインリヒは、別の事を思っていた。
(一年に一度しか会えない・・・それは、とても辛いことなのではないだろうか・・・?)
ハインリヒは今、日本のひなびた温泉宿にいる。
何だか心がとても疲れて。
日本の美しい自然の中で、心を休めたいと思ったのだ。
そして、他の00ナンバーからは笑われるかも知れないが・・・ハインリヒは、ひなびた温泉宿の雰囲気が好きだった。
温泉に浸かっているときの、何だかホンワリとした気分も。
浴衣に着替え、団扇を仰いで寛ぐハインリヒは、日本の人のように見えた。
柔らかく光を放つ銀の髪と、薄い水色の瞳を除けば。
ハインリヒがいる部屋からは、空が良く見える。
星空に吸い込まれそうな気分になりながら、ハインリヒは再度、呟いた。
「本当に・・・吸い込まれそうに綺麗な星空だな。来て、良かった」
川辺で子供たちが、短冊をつけた笹を流している。
ハインリヒは何故か、その場にいて。その様子を眺めていた。
ある少年が流した笹が、川に生えている草に引っかかってしまったことに、ハインリヒは気付いた。
少年の悲しそうな瞳に。
ハインリヒは川の中に入り、少年が流した笹を手に取った。
そして、再度、川の流れに乗せてやった。
「ありがとう・・・」
「どういたしまして」
礼を言う少年の側に近づいたハインリヒは、ハッとした。
少年の中に・・・ジェットの面影を見たから。
ジェットのようにひたむきな瞳で、少年はハインリヒを見つめ、もう一度礼を言った。
「ありがとう!」
それから、彼は不思議そうな顔になって、ハインリヒに訊ねた。
「どうして泣いているの?」
「泣いてる?オレは、泣いてなんかいないぞ??」
「ううん、泣いてる」
少年は断言すると、ハインリヒの手をそっと握った。
ハインリヒの、機械にされてしまった右の手を。
真っ直ぐな瞳で。
「泣かないで」
そう言うと、少年はハインリヒのその手を小さな両手で包み込み、可愛らしくキスをした。
「泣かないで、大丈夫だから」
心が。
どうしようもなく癒されていく感覚。
頬を伝う何か、が。
自分の涙である、と気付いた時。
少年は、ハインリヒの前から、いきなり姿を消してしまった。
「とうとう、二人きりになっちまったな・・・」
突然、場所が変わって。
ハインリヒはジェットと共に、何処か知らない惑星に、いた。
地球とは違う、惑星に。
この惑星があとわずかな時間で滅びてしまう、という事を、ハインリヒは何故か知っていた。
「父なる太陽は、あと僅かな時を経て、この宇宙から滅び去ろうとしている」
ジェットが、静かに呟いた。
「この星に、オレ達二人きり・・・。だが、もう、旅立ちの時だ」
強い光をその瞳に湛えて。ジェットが、ハインリヒを見つめる。
そして、ジェットはいきなり、ハインリヒを抱きしめた。
「嫌だ、オレはキミとは離れられない。一緒に死のう、ハインリヒ。この母なる大地とキミの側から離れて・・・オレが、生きていけるとは思えない!!」
耳元で激しく囁かれ、ハインリヒは、彼の人の名前を呼んだ。
「ジェット・・・」
「間もなくこの星は、あの父なる星の熱流に巻き込まれて燃え尽きる。父と娘が・・・一つの光の中で抱き合って、滅びていくんだ!・・・オレ達も同じように・・・こうやって抱き合ったまま、運命を共にして、何が悪い!?」
「ダメだ、ジェット」
ジェットの腕の中から離れ、ハインリヒはジェットを見つめた。
「死んではいけない。オレ達にはまだ、やらなければならないことが残っているだろう?それに・・・離れても、また、会えるんだ」
「会える?一年に、たった一度だけで!?キミは、それでもイイのか!!」
ジェットは苛立たしそうに舌打ちをする。
「周囲の惑星にSOSを出したはいいが・・・二つの惑星に、二人が分かれて行くコトになるなんて・・・。何故だ!?」
「・・・仕方ない、何処の惑星も、人口が増えすぎて困っているんだ。オレ達の惑星とは反対に、な」
そう言うと、ハインリヒはジェットの頬に優しく右の手を触れた。
「確かにお前と離れて・・・お前のことを想いながら生活していくのは辛いかも知れん。だが・・・。お前が、生きている。そのことさえ知っていれば、オレは・・・。オレは、心に勇気を持って生きていける。例え離れていたって、オレの想いは変わらないぞ?」
沈黙するジェットに、ハインリヒは続けた。
「死んでしまったら、本当にもう、二度と会えないんだぞ??だから。お前には生きて欲しい。そのことが、オレの心の支えになるから。いつかきっと会えると信じていれば、勇気を持って生きていけるから」
「・・・分かったよ、ハインリヒ」
ジェットが答えた。
「オレだって、キミには生きていて欲しい。キミは・・・オレの恋人であり、故郷でもあるのだから・・・」
触れるだけのキスを交わして。
二人は、別々に用意された宇宙船に向かおうとしていた。
「ハインリヒ。さよならは、言わないぜ」
「ああ。またな、ジェット」
握り合っていた、二人の手が、離れる。
「来年の、この日、この時間・・・また会える日まで・・・!」
ジェットの乗った宇宙船が、自分の宇宙船と反対の方向に飛び去っていくのが分かる。
「・・・ジェット!」
ハインリヒは、愛する人の名を呼んだ。
返事が。
戻ってこない事を知りながら。
ハインリヒの瞳から、とめどなく涙が流れ落ちた。
「オレは、宇宙へメッセージを送ろう・・・この太陽系から・・・。宇宙のどこかにいるに違いない、オレ達と同じような恋人たちに・・・!!」
ハインリヒの瞳から、とめどなく涙が零れた。
「オレ達の愛を記念する・・・オレ達の、愛のメッセージを!・・・オレ達の、愛の想いを・・・!!」
辺りが、まぶしい光を放った。
母なる大地が消滅してしまったことを、ハインリヒは感じた。
光に、包み込まれてしまうような感覚。
ハッとして、身体を起こすと。
もう、朝だった。
(夢・・・?)
不思議な、夢だった。
ボーっとした気持ちのまま、ハインリヒは思った。
(帰ろう。オレの家族がいる場所に・・・)
疲れていた心が少しだけ癒されたような、そんな気持ちで。
ハインリヒは温泉宿を後にした。
「ただいま・・・」
やはりボンヤリとした気持ちのまま、ハインリヒはギルモア邸に戻ってきた。
「お帰り!旅行は楽しかった?」
「ああ」
ジョーに返事を返し、ハインリヒは続けた。
「留守中、何か変わったことは・・・?」
「特にないけど・・・。あ、でも、面白い発見があったんだよ!」
ジョーの言葉に、ギルモアが頷いた。
「そうじゃ!昨日の七夕の夜、アメリカの電波望遠鏡が、宇宙の知的生命からと思われる電波をキャッチし、その解析に成功した」
ジョーが、ギルモアの言葉を引き取って続けた。
「今日の明け方、ワシ座のアルタイルとコト座のベガの間に超新星が現れたんだけど・・・この電波が、その超新星の出現を、既に24時間前に予告してたんだよ」
「織姫と彦星の間にあった一つの太陽が終末を迎えた時・・・そこに、その通信を送った宇宙人がいたかも知れないんですって!」
フランソワーズがそう結んだ後、ギルモアが瞳を閉じ、静かに言った。
「そうなんじゃ・・・その星は、織女星と牽牛星の間にある、赤色巨星じゃった。もう、その星の命もあと24時間に迫った頃・・・二人の恋人は、最後に母なる惑星の上で手を取り合って、近隣の星々に自分たちの愛の記念の通信を送った。そして、織女と牽牛のように・・・それぞれの運命の路に分かれて行った」
そう言って、ギルモアはクスリと笑った。
「ワシの解釈はこうだが・・・フフフ・・・ちとロマンティックに過ぎるかもなぁ」
「いいえ、いいえ、博士!」
ハインリヒは叫んだ。
「その通りなんです・・・」
ジョーとギルモアが、えっ!?というような視線で、ハインリヒを見つめた。
「その通りの情景を・・・オレは昨夜、見たんです・・・」
自分とジェットの姿を借りた、あの恋人たちの姿は。
遠い宇宙の、恋人たちだったのだ。
「でもどうしてオレが・・・オレだけがあれを・・・見たのだろう?」
フランソワーズがハインリヒに語りかけた。
「・・・ハインリヒ、アナタが出かけた後に、イワンがこう言ったのよ。ハインリヒはとても疲れているから・・だから、”精神の旅(サイコトラベル)”をさせて、ハインリヒが一番会いたがっている人に会わせてあげるんだって・・・」
腕の中で眠るイワンを優しく揺らして、フランソワーズは続けた。。
「そんな”旅”の途中だったから。心が、とても感じやすくなっていたから。遠い惑星の恋人たちの思念にも共鳴したんじゃないかしら?」
「それじゃあ、あれは・・・」
ハインリヒは、自問するかのように呟いた。
「あの少年は、ジェットだったというのか!?」
どうりで。
心が癒されたはずだった。
あの少年が、ジェットなら。
ハインリヒを癒すことが出来るのは、世界中でただ一人、ジェットだけなのだから。
・・・その事を、口にしたことはなかったけれど。
今すぐジェットに会いたい。
と、ハインリヒは思った。
フランソワーズが七夕を『ロマンティック』と表現した時、自分が違う思いを抱いたのは。
・・・自分が、ジェットに会えなくて、辛かったからだ。
「博士、電話をお借りします」
いてもたってもいられなくなり、ハインリヒはギルモアに断りをいれ、電話のダイヤルを回す。
ベルが三回鳴って。
「もしもーし!」
受話器の向こう側からジェットの声が聞こえてきた時。
ハインリヒは心の底からホッとしている自分に、苦笑いした。
「・・・オレだ」
それだけ告げると、
「ハインリヒか!?キミから電話をかけてくるなんて、珍しいな。何かあったのか?今、ドコにいる??」
ジェットが立て続けに質問を投げかけてきた。
「今、日本だ。久し振りに声が聞きたくなって・・・」
答えると、ジェットが申し訳なさそうに言った。
「ゴメンな、ハインリヒ。最近忙しくてさ。なかなか電話も出来なくて。さっき久し振りにキミのところに電話したんだけど、全然繋がんねーし。どうしようかと思ってたトコだった」
ジェットの声は、いつものようにハインリヒを安心させてくれる。
でも、ハインリヒは。
ジェットに、会いたかった。
「・・・お前に、会いたい・・・」
小さく小さくそう呟くと。
受話器の向こうで一瞬、ジェットが沈黙したのが分かった。
それから、小さく笑い声が聞こえて。優しい声が、ハインリヒの耳に心地よく届いた。
「今決めた。これから、そっち行くから。逃げるなよ、ハインリヒ?キミがイヤだって言っても、キミを抱きしめるからな」
「・・・待ってる」
答えるや否や、電話がガチャリと切れた。
せっかちなジェットのことだから、今頃はもう、空の上かも知れない・・・。
そう思い、ハインリヒはクスリ小さく笑いを漏らした。
穏やかな表情で。
「ハインリヒ!」
ジェットの両腕が、優しくハインリヒを抱きしめてくれる。
「・・・少し、痩せた?オレに会えなくて、淋しかったからだろ??」
ジェットの腕の中で。
ハインリヒの頬が、うっすらと赤く染まり。
「・・・馬鹿・・・」
ハインリヒがポツリと呟いた。
「でも、会いたかった・・・」
「オレも!ずっとキミと会いたかった」
腕に込められる力が、ほんの少しだけ強くなる。
ハインリヒは、ジェットの背中にぎこちなく両手を回し、その背をギュッと抱きしめた。
ジェットの腕の中が・・・ハインリヒが一番安心できる場所で。
彼こそが、ハインリヒにとっての故郷だった。
その腕に抱きしめられながら、ハインリヒは遠い宇宙の恋人たちに思いを馳せる。
年に一度だけの。
彼らの逢瀬が、これからもどうか、幸せでありますように・・・。
例えどんなに時が流れようと。
どんなに離れた場所にいようと。
彼らの愛だけは、永久に変わらないのだと。
ジェットの腕に抱かれながら、ハインリヒは、そう信じるのだった。
〜 終 〜
「未来都市編」に続いて懲りずにやってしまいましたが・・・。
やっぱり原作アレンジは難しいですね。
石ノ森先生の絵には沢山の言葉が詰まっていて、それを全て取り出すのは
未熟者の私には、至難の業で。
でも、それをやってみたい、と思わせる何か、が石ノ森先生の漫画にはあると思うんですよ。
・・・という訳で、今回は「星祭りの夜編」を24にアレンジさせていただきました。
大分原作と変えてしまった部分とか(特に、ラストシーン辺りとか)や
設定に無理がある部分もありますが、いかがなものでしょうか(汗)?
ただ一つだけ言えることは、私はやっぱり、24が好きだな〜、と言うコトです。
原作の93を見てると、どうしても24でやりたくなってしまうという・・(笑)。
スミマセンと謝りつつも、またやります、きっと。