UP TO YOU
「ハインリヒ!危ない、後ろっ!!」
ジェットの声に、ハインリヒがハッと背後を振り返り。
色素の薄い瞳に小型のミサイルが映し出される。
「チッ」
小さい舌打ちと共に、ハインリヒはそのミサイルを避けようとしたが。
別方向から飛んできた一条のレーザー光線がハインリヒの足元を襲い、彼は一瞬だけ、体制を崩した。
ハインリヒに迫る、ミサイル。
「ハインリヒ!」
「バカッ、来るな!!」
ハインリヒの制止など、聞く耳持たず。
身体が勝手に動いてくれることに、ジェットは感謝する。
細い身体を突き飛ばし、ホッと安堵した瞬間。
自分のすぐ側で、爆音が響き、ジェットは爆風に巻き込まれた。
意識が、遠のいていくのが分かる。
「ジェット!!」
ハインリヒの声が、どこからか聞こえた様な気がしたが。
(ハインリヒ・・・どうか、無事で・・・)
そしてそのまま、ジェットは何も分からなくなった。
フッと目を開くと。
サラサラと流れる銀の髪が、瞳に飛び込んできた。
薄い氷色の瞳が美しいその髪の持ち主は、憔悴しきった様子で自分を見つめていたが。
「ジェット・・・」
泣き出しそうな表情で呼びかけられ、疑問に思う。
ジェットって、誰だ・・・?
そう思うと、次々に疑問が湧き上がってきた。
この銀の髪の持ち主は・・・そして、周りにいる人々は一体誰だ?
ここは、どこなんだろう?
オレはどうして、ここにいるんだろう??
「アンタ達・・・誰だ?」
思ったままを口にすると。
目の前の人の青白い頬が、ますます白みを増し。
綺麗な瞳が、驚愕の色に染まった。
そして、その華奢な身体がフラリとよろめいた時。
(危ない!!)
身体が勝手に彼を支えようという意思を示したが。
ベッドから身を起こすことができずに、そんな自分に歯噛みをする。
どうして、自分がそんな気持ちになっているのか分からないままに。
「ハインリヒ!」
前髪の長い茶髪の少年がその身体を支え、その人が「ハインリヒ」という名前だという事を初めて知る。
初めて聞く名前のはずなのに・・・。
(ハインリヒ・・・?)
その名前を、ずっと前から知っているような気がしてたまらなかった。
ひどく懐かしいようなその言葉を、心の中で何度も繰り返す。
(・・・ハインリヒ・・・)
茶色い髪の少年に連れられて、その人が部屋を出て行くと、今度は金の髪の少女が優しく語りかけてきた。
「ジェット。ワタシが分かる?」
首を横に振ると。
「じゃあ、アナタの名前は??」
「・・・ジェット、だろ?今、アンタ達がそう呼んだじゃねーか」
少女は困ったように笑う。
そして、背後に控えていた体格の良い長身の青年を見上げた。
「ねえ、ジェロニモ。こういう時、ワタシ達は一体、どうすればいいの?ハインリヒになんて説明するの?博士は言ってたわ、どこもかしこも完全に修理できたって・・・」
「落ち着け、フランソワーズ。オレ達が騒げば、それだけジェットが不安になる。まずは彼に、彼自身の事について教えてやれ」
諭すようなその口調に、フランソワーズと呼ばれた少女は小さくため息をつき。
「ジェット、これからワタシが話すコトを良く聞いてね」
そう言って、ニコリ、と笑って見せた。
フランソワーズ、という名の少女の説明で、ジェットは色々なことを知った。
自分がジェット・リンクという名前で、サイボーグである、ということ。
ブララックゴーストという敵と戦っていること。
彼らとの戦闘の最中に、怪我をして記憶を失ってしまったこと。
そして、仲間達の名前。
・・・けれども。
ジェットが知りたいもうひとつの事については、誰一人として教えてはくれなかった。
柔らかく揺れる銀の髪と、色素の薄い氷色の瞳を持った美しい人・・・アルベルト・ハインリヒ。
ジェットは、彼のことが気になって気になって仕方なかった。
どうしてこんなに気になるのか、自分でも良く分からない。
ハインリヒの顔を見たり、声を聞くだけで、どうしようもない気持ちになる。
ハインリヒがいない時を見計らって仲間達に聞いてみたが、誰も、答えてはくれなかった。
フランソワーズは、困ったように微笑んだ。
「それは・・・ワタシには良く分からないの。ごめんなさい」
ジョー・・・前髪の長い、茶色の髪の少年だ・・・などは、敵意に溢れた眼差しで思いっきりジェットを睨みつけた後、意地悪く笑って言ったのだ。
「・・・教えてあげない」
ジェロニモが重々しく言った言葉が、胸に残る。
「ジェット・・・お前は、どう答えて欲しいんだ?」
どう答えて欲しいか、と問われれば。
言って欲しい答えはひとつだけだった。
二人は、特別な関係だった・・・そう、恋人同士のように・・・。
ジェットは、誰かにそう言って欲しかったのだ。
そうでなければ、自分のこの感情に説明が付かなかった。
苛立たしげに舌打ちして。
ジェットは、爪を噛んだ。
ギルモア博士が何回も精密検査をしてくれたが。
やっぱり、記憶は戻ってこなかった。
ジェットが記憶を失ったのは、自分の所為だからと、そう言って。
ハインリヒは、遠慮がちにジェットに接しているように思えた。
勿論、ジェットが望めばいつでも側にいてくれるし、一緒に話をしてくれる。
でもそんな時、ハインリヒはいつでも辛そうで。
ジェットから視線を逸らすような仕草を見せる。
ハインリヒのそんな様子を見ると、ジェットも何故か辛くなるけれど、それでもジェットはハインリヒに声をかけずにはいられない。
「ハインリヒ!」
名前を呼ぶと彼の人は振り返り、ジェットに微笑みかけてくれた。
優しく、優しく。
でも、その瞳は物悲しげだ。
「どうした?」
「どうしたって・・・キミの顔が見たかっただけなんだけど・・・気に障ったか?」
ジェットがハインリヒをじっと見つめると、
「いや・・・」
眩しそうな表情になり、ハインリヒは視線を伏せた。
ハインリヒは、ジェットをまともに見つめてくれたことがなかった。
ジェットにはそれが不満で。
「なあ、ハインリヒ。キミってどうして、オレを見る時に視線を伏せる訳?ちゃんとオレを見てくれよ」
そう言うとハインリヒは視線を上げ、困ったようにジェットを見上げた。
「すまない・・・」
別に、謝って欲しかった訳じゃない。
ジェットは、ハインリヒに自分をちゃんと見て欲しかった。
今、ジェットを見上げてくれていたはずの視線は、ジェットを通り越し。
ジェットを通して、彼は他の誰かを見つめているようだった。
どうしようもなく、気持ちが波立った。
どうしてハインリヒは自分を見つめてくれない?
どうして!?
「ハインリヒ!」
強い口調で名前を呼ぶと、ハインリヒの視線がジェットの上に戻ってきた。
・・・イライラする。
腕を、強く引き寄せて。
無理矢理抱きしめて、唇を重ねる。
腕の中の華奢な身体が強張り。
次の瞬間、胸の辺りを押されて、突き飛ばされた。
「ハインリヒ・・・」
「・・・すまない・・・」
カタカタと震えながら唇を押さえ、泣き出しそうな顔をするハインリヒに、今度はジェットが視線を逸らす番だった。
(オレは一体、何をしちまったんだ!?)
クルリとジェットに背を向けて、そのまま駆け去っていくハインリヒの後姿を。
ジェットは、苦い気持ちで見送ることしか出来なかった。
お互いに何処か気まずいまま、数日が過ぎる。
ジェットはハインリヒと話したくて仕方なかったが、なかなか勇気が出なかった。
あの時のように、拒絶されるのが怖かったのだ。
でも、ある夕日の綺麗な夕方。
ジェットは思い切って、ハインリヒに声をかけてみた。
どうしても、彼を連れて行きたい場所があったのだ。
「ハインリヒ」
ぎこちなく笑いながら、ジェットは言った。
「キミさえもし良かったら、これからオレと出かけてくれないか?」
ジェットを見上げて、ハインリヒは笑った。
先日のキスなど、忘れたかのように優しく。
「・・・分かった。で、何処に出かけたい?」
フワリ。
ハインリヒを抱き上げて、ジェットの身体が宙に浮かぶ。
「おい、ジェット!」
動揺するハインリヒに、ジェットはニコリと微笑みかけた。
「大丈夫。飛び方は思い出してるから」
「一体、何処まで行くつもりだ・・・?」
「すぐそこだよ」
本当は歩いていける距離だけれど。
少しでも、ハインリヒに触れていたくて。
ジェットがハインリヒを連れて行った場所は、広い海が見渡せる、断崖の上だった。
視線の先に見えるのは、地平線に沈んでいく鮮やかな夕焼けと。
その光を受けて、オレンジ色に輝く波だけだった。
「ホラ、綺麗だろ?この前ココに来たら、絶景だったからさ。キミにも見せてあげようと思って」
「・・・・・・」
急に黙り込んでしまったハインリヒに、ジェットは不安になる。
「ハインリヒ?・・・もしかして、気に入らなかった?」
訊ねると、ハインリヒは黙ったまま、俯いた。
「・・・前にも、ここに連れてきてもらったな・・・」
俯いたハインリヒの唇から、そんな呟きが漏れる。
「連れてきた?オレが??」
更に訊ねると、ハインリヒは小さく頷いて、顔を上げた。
そして、ジェットを見つめてくれた。
ジェットの背後にいる誰かではなく、ジェット自身を。
「ジェット・・・本当に、何もかも忘れてしまったんだな。・・・オレさえも・・・」
ジェットは、答えられない。
「意地を張らずに、ちゃんと言っておけば良かった・・・ちゃんと、お前に」
ハインリヒはそう言って微笑んだが、その微笑みは、すぐに崩れてしまう。
ジェットはハインリヒの言葉の意味を考えていたが。
どう考えても、一つの答えにしか辿り着かなくて。
「記憶のないお前に、こんなことを言うのは卑怯だと分かってる。でも・・・」
今にも泣き出しそうなその表情に。
ジェットは思わず、彼の人の白い頬に手を伸ばした。
自分は、この頬に触れる資格を持つ人間なのだろうか?
まだ疑問が残っていたが、構わずにそっと。頬に触れた。
そうすることが当たり前だと、そう思ったから。
ジェットの手が頬に触れた時、ハインリヒの身体が微かに震えた。
そしてハインリヒは。
ジェットの手に、自分の手を重ねた。
やっぱり、泣き出しそうな表情で。
「・・・記憶を失っていても・・・お前は、優しいな」
優しいのは自分ではなく。
自分の目の前にいる、この美しい人だとジェットは思う。
氷色の澄み切った瞳を、悲しみの色で染めている。この人だと。
心が優しいから。
彼は今、こんなにも傷ついているのだ。
サラサラと銀の髪が風に流れて。
柔らかな髪が、ジェットの手をくすぐった。
『泣かないで』
そう言おうと思って開いた唇は、ジェットの意思に反して別の言葉を綴った。
「泣いていいぜ。我慢しないでさ。俺が側で支えてやるから」
色素の薄い瞳が、大きく見開かれる。
まるで、零れ落ちそうなほどに。
透き通った美しい瞳に透明な涙が浮かび、ポロリと白い頬に落ちた。
人の想いが込められた美しい涙には、不思議な力が宿るという。
その涙がジェットの指を濡らした時。
ジェットの頭の中を、電流が駆け抜けるように・・・様々な風景が駆け巡った。
その風景の中には、いつでもこの美しい人がいて。
自分はやっぱりこの人を愛していて、この人も自分を・・・。
気になって仕方なかったのは、好きだったからだ。
自分を見てくれないハインリヒに苛立ったのは、彼を愛していたからだ。
「ハインリヒ」
名前を呼ぶと、涙で濡れた瞳がジェットを見上げた。
「キミに悲しい思いをさせちまって・・・ゴメンな」
ハインリヒが、小さく頭を振った。
「お前が謝る必要なんて・・・」
皆まで言わせず、ジェットはハインリヒをフワリと抱きしめた。
抱きしめた身体は・・・一回り細くなっているような気がして。
ジェットの腕の中で今にも消えてしまいそうなほどに、儚く震えていた。
「こんなに細くさせちまって・・・ホントに、ゴメン・・・」
先ほどまでのジェットと微妙に様子が違うことを敏感に察したのか、ハインリヒが躊躇いがちに言葉を発した。
「ジェット。もしかして、記憶・・・?」
祈るようなその眼差しが愛しい。
瞼にそっとキスを落として、耳元で囁いた。
「・・・ただいま。お姫様の美しい涙のお陰で、記憶が甦りました」
「ジェット・・・」
ポロポロと瞳から零れ落ちる涙を、ジェットは優しく拭う。
「泣かないで、ハインリヒ。もう、大丈夫だから」
「ジェット・・・」
ジェットの肩を涙で濡らしながら、ハインリヒは何度も、ジェットの名前を呼ぶ。
そっと銀の髪を撫でると、ハインリヒの腕がギュッとジェットの背中を抱きしめて。
「ジェット・・・愛してる・・・」
小さい声が、耳に届いた。
「うん、知ってる。忘れてて、悪かった」
「・・・ジェット」
ジェットの名を綴る形の良い唇は、数えられるほどしか触れたことのない、唇だった。
「ただいまのキスを、してもいいか?」
訊ねると、柔らかい銀の髪が、微かに揺れた。
「・・・ただいま・・・」
心からそう言って、唇を重ねると。
繋ぎ合った唇から、ハインリヒの想いが流れ込んでくるような。
そんな気がした。
ゴメンな、ハインリヒ。ずっと忘れてて。
でもオレは、キミのためなら何度でもこの命を差し出そう。
例えキミを泣かせることになっても、オレはまた、絶対に戻ってくるから。
夕日は沈み、辺りが薄紫色に染まる。
腕の中のハインリヒを抱きしめたまま、ジェットはハインリヒの耳元で囁いた。
「愛してる・・・」
どんな時でも。
・・・キミだけを、愛してる・・・。
〜 END 〜
スミマセン〜っ!!
時間をかけてトロトロと書いた割には、あんまり良い出来ではないですね・・・。
久々の24更新だというのに。許して、ジェット&ハインリヒ(涙)。
しかも相変わらず、くっさいですね(汗)。
でもいいの、いいのっ。
ハインリヒの涙で、ジェットが記憶戻るところが書きたかっただけなので。
あとの部分はオマケと思っていただければっ!!
シリアスはむ・ず・か・し・い(←死)v