心を込めて花束を
(2月2日バージョン)
店の前でウロウロとしているその男に、花屋の少女は思わず見とれてしまう。
髪の色は美しいシルバー。
太陽の光の加減で、時折淡いブロンドにも見える。
瞳は、透き通るような氷色だ。
しばらく店の前をウロウロとしていたその男が、意を決したように店の中に入ってくる。
何となく予想していたことなのに、少女はギョッとした。
彼は明らかに、外国の人だ。
外国語など話せないというのに、一体どうすればいいのだろう?
そんな少女の狼狽も知らず、男は少女に歩み寄る。
「申し訳ないが・・・」
男が、流暢な日本語を話すことに、少女はホッとした。
「はっ、はいっ!何でしょう??」
「小さな花束が欲しいんだが・・・。スノードロップの準備は出来るだろうか?」
少女はウィンドウの中に視線を走らせる。
スノードロップの花は、残念なことに見当たらなかった。
「あのっ、今日はありませんけれど・・・」
「ああ、失礼。必要なのは、今日ではなく、2月2日なんだ。準備してもらえそうかな?」
スノードロップは、確かこの時期が花の盛り。入手できるはずだ。
少女はニッコリと男に笑いかけた。
「大丈夫だと思います。念のため、スノードロップが入手できなかった場合はどうすればいいか、教えていただけますか?」
「そうだな・・・その時は、マーガレットで」
「確かに承りました。失礼ですが、お名前をいただいてよろしいですか?」
「・・・ハインリヒ」
耳に心地良い声で名前を告げられ、少女は思わずポーっとしてしまう。
「では、よろしく頼む」
男の声で、少女はハッと、夢の世界から戻ってきた。
「はい。2月2日スノードロップの小さめの花束ですね。準備して、お待ちしております」
少女は2月2日が自分のバイトの日だという事を頭の中で確認しウキウキと一人、微笑んだ。
そして、2月2日。
男は朝早くに、店にやって来た。
「いらっしゃいませ!」
迎える少女にはにかんだような笑顔を向けながら、
「お願いしていた花束を、引き取りに来たんだが・・・」
男は、そう告げた。
「はい、準備してあります」
少女はスノードロップの小さな花束を男に手渡した。
「・・・ありがとう」
囁くような声で、礼を言われ、少女は赤くなった。
白く小さな花を咲かせているスズランに似た感じのするこの花は、男に良く似合っていた。
まるで美しい絵の一枚を見ているような気持ちで、少女は花束を持つ男を見つめる。神は人に二物を与えない、というが、それは全くのウソだと思いながら。
支払いを済ませ、店を出て行く男の姿を見送りながら、少女は考えた。
(どんな女性が、あの花束を貰うのかしら・・・?)
少女から羨望の思いを抱かれているハインリヒの想い人は、女性ではなかった。
欠伸をしながらリビングに降りてきたその当人・・・ジェットは、キョロキョロとリビング内を見回す。
そして、不審そうな顔になって、フランソワーズに尋ねた。
「フランソワーズ。ハインリヒは?」
「ハインリヒなら、出かけたわよ。すぐに戻ってくると思うけど?」
その返事を聞き、
「ちぇっ!」
ジェットはボヤく。
「今日は、オレの誕生日だぜ?朝一番に、ハインリヒにおめでとうって言って欲しかったのになぁ」
フランソワーズがクスクスと笑いながら、ジェットの前に朝食の皿を置いてくれる。
「一番がワタシでごめんなさいね、ジェット?お誕生日おめでとうv」
「サンキュっ!」
ニヤリと笑ってジェットが礼を言った時。
「ただいま・・・」
ジェットが待ちわびていた人物が、戻って来た。
リビングのドアが、静かに開き。
柔らかな銀の髪を揺らしながら、ハインリヒがリビングに入ってきた。
「ジェット。今頃お目覚めか?」
「ハインリヒ!」
勢い良くソファから立ち上がり、ジェットはハインリヒに迫った。
「なあなあ、今日って何の日か覚えてくれてる?」
「・・・お前の誕生日、だろう?」
ハインリヒの返事に、ジェットが照れくさそうに笑う。
「キミがちゃんと覚えてくれてるなんて・・・何だか照れるな・・・」
ハインリヒが、ジェットに左手を差し出す。
その手に握られているのは・・・スノードロップの小さな花束だ。
「誕生日、おめでとう」
その思いがけない言葉に。
ほんの一瞬だけ、ジェットがポカンとした表情になった。
しかしすぐにその表情は消え、彼は悪戯な眼差しで、ハインリヒに笑いかけた。
「それだけ?もっとこうさ、『おめでとうのキス』とか、『愛してる』とかってのはないワケ?」
「フン・・・」
唇の端だけを上げて、ハインリヒが笑う。
そしてジェットの鼻先に、軽いキス。
「お前には、コレで充分だろ?それじゃ、オレは部屋に戻るぞ」
「ちょっ、ちょっと待てよ、ハインリヒ!『愛してる』は!?」
「・・・さあな」
謎めいた笑みをその頬に浮かべて。
ハインリヒは入ってきた時と同じく、静かにリビングを出て行った。
不満そうにその後姿を見送るジェットを宥めるように、ピュンマが声をかける。
「ジェット、おめでとう。・・・そんなカオしないで、この本を読んでみたら?」
ピュンマが差し出したのは、花言葉の本。
「ハインリヒ・・・最近ずっと、その本を読んでいた」
ジェロニモがそう言うと、フランソワーズがニコリとジェットに笑いかけた。
「アナタが今もらった花、なんて名前か分かる?」
「名前なんて、分かんねーよ。キレイな花だとは思うけどな」
「『スノードロップ』っていうのよ。その本で調べてごらんなさいな」
ジェットは、パラパラと本のページをめくる。
「スノードロップは、冬の花である。日本名は、待雪草。なんとも綺麗な名前ではないかね?花は雪を待ち、ハインリヒは一体、何を待っているのだろう?」
グレートと張々湖がいつの間にかジェットの側に現れる。
「ジェット、今日は誕生日おめでとうアルね!」
「ああ、サンキュ」
生返事をしながら本のページをめくっていたジェットの指が。
止まった。
花言葉に目を通し、ジェットが小さく瞬きをする。
『希望、慰め、恋の最初の眼差し』
「ハインリヒはね、そのお花に自分の気持ちを託したんだと思うの。素直にいえないところが、ハインリヒらしいと思わない??」
クスクスと楽しそうに、フランソワーズが笑う。
パタンと、本を閉じて。
ジェットはバタバタとリビングを飛び出した。
「相も変わらず、幸せそうだねぇ・・・」
砂を吐きそうな表情で、ジョーが呟いた。
『ちょっと悔しいような気もするけど、イイんじゃない?あの二人、もう、ノンストップだよ。行くトコまで行った方がいいさ』
イワンがサラリと言ってのける。
結局・・・。
皆、ハインリヒとジェットに甘いのであった。
一方。
自室に戻ったハインリヒは、ベッドに転がりながら一人でボーっとしていた。
ジェット・リンク。
もう何十年という時を共にしてきたが、今でも不思議な男だと思う。
一緒にいると、安心する。
けれども、ドキドキもする。
自分の心が分からなくなる。
・・・ヒルダと一緒にいる時は、こんな気持ちにはならなかった。
彼女と過ごした時間は・・・ただただ、穏やかな陽だまりのような・・・。
ジェットと過ごす時間は、キラキラと輝く太陽の光のようだ。
ヒルダを忘れたわけではない。
今でも、大切に思っている。
彼女とはまた違う想いで、ハインリヒはジェットを大切に思っていた。
これから先、生きていかなければならない永遠。
気の遠くなるような、永い時間を。
ジェットが一緒に歩いてくれるのなら、どこまでも進んで行けそうな。
彼は、ハインリヒの『希望』。
過去に疼く心を優しく癒してくれる『慰め』。
そして、ハインリヒに『恋の最初の眼差し』を教えてくれた。
そんな気持ちを託して花束を贈ってみたのだが。
「ジェットに花言葉を分かれ、というのは、ちょっと無理な話だったな・・・」
ハインリヒは独り言のように呟き、クスリと苦笑した。
それから瞳を閉じ、少し昼寝でもしようと思った時。
廊下を駆ける、バタバタと騒々しい足音。
「ハインリヒ!」
ドアを破壊しそうな勢いで、ジェットが部屋に飛び込んできた。
息を弾ませながらハインリヒに近付き、ジェットはスノードロップの花束をハインリヒに突きつけた。
「コレ・・・本当にありがとう」
ハインリヒは、ベッドから立ち上がった。
ジェットの眼差しが、眩しかった。
ハインリヒの目の前で、呼吸を整えるように大きく深呼吸をして。
彼は、続けた。
「オレも、愛してるから」
ハインリヒは、驚く。
一体、何を言い出すんだ、コイツは・・・。
「オレはもう・・・キミが一緒にいてくれないと、生きていけない。だから。ありがとう。オレのコト、そんな風に思ってくれて・・・ありがとう」
ちゃんと伝わっていたのだ、と分かる。
下で誰かの入れ知恵があったことは疑いないが、ジェットはちゃんと理解してくれたのだ。
「お前は、本当に馬鹿だな。礼なんて必要ない。今日は、お前の誕生日なんだぞ?それに・・・」
「それに?」
そっと手を伸ばし、ジェットの温かな頬に触れた。
「いつもみたいに図々しい態度を取ってくれないと、オレが対応に困るだろうが?」
ジェットが苦笑した。
「じゃあ、ワガママ聞いて」
「何だ?」
「さっきは鼻先だったろ?ちゃんと、キスしてくれよ」
クイクイと、ジェットが自分の唇を指差す。
「お前って・・・」
クスクスと笑いが込み上げてくる。
後悔と絶望に苛まれていた自分に、こんな気持ちを思い出させてくれたのも・・・。
(ジェットだったな・・・)
瞳を細めて、ハインリヒはジェットをじっと見つめた。
「・・・ダメ?」
情けないその表情も、いつもの男らしい表情も。
ジェットの全てが好きだと思う。
「・・・ジェット」
「何?」
「誕生日、おめでとう・・・」
ジェットの首に腕を回し、ほんの少しだけ背伸びして。
触れるだけのキスをする。
唇を離した後、なんだか照れくさくてまともにジェットの顔を見られなかった。
「ハインリヒ・・・!」
名前を呼ばれて、瞳の端でジェットを見ると。
花束から一本、白い花を抜き取り、ジェットがその花をハインリヒの髪に挿した。
「この花はさ、日本名では雪を待つ花なんだってな。ハインリヒ。・・・キミは・・・キミはこの花のように、何かを待っているのか?」
「何も」
ジェットに微笑みかけながら、ハインリヒは続けた。
「オレは、何も待つ必要はない。お前がこうして側にいてくれるからな・・・」
次の瞬間、ジェットの片方の腕で、攫われるように抱きしめられた。
「ハインリヒ!やっぱりオレ・・・キミがめちゃくちゃに好きだ!!」
「・・・馬鹿」
「絶対!オレはこの腕から、キミを放さないからな!!」
抱きしめてくれる、腕が。ジェットの心が温かくて。
「お前の誕生日だというのに、何だかオレの方がプレゼントをもらってるような気分だぞ?」
ハインリヒはジェットの広い肩に、ゆっくりと頬を寄せた。
誕生日、おめでとう。
これから先もずっとずっと。
二人で一緒に誕生日を祝えるように。
オレはずっと、お前の側にいるから。
だから、捕まえていて欲しい
二人でいつまでも、一緒にいられるように。
お前は、オレの『希望』だから。
〜 END 〜
ジェット、お誕生日おめでとうです。
このお話が、私からあなたへのプレゼントでーす。
今回は祝いの気持ちを込め、00ナンバーの皆さん公認の24にしてみました(笑)。
ハインリヒが激・乙女モードでスミマセン・・・。
昨年の9月のハインリヒの誕生日SSを書いた時から、
今回のSSの構想は出来ていたのです、実は。
ジェットが花束くれたんだから、ハインからも花束よねっ!!と。
実現できて嬉しいのですが、本当は全部、ハイン視点で書きたかったんですよ。
しかしながら、玉砕してしまい、花屋視点、ジェット視点、ハイン視点が
入り混じったお話になってしまいました・・・ショボン・・・。
とにかくジェット、誕生日おめでとう!!
これからも、ハインをよろしく頼みますっ!
広い懐で、温かく包んであげてねv