君は何も知らないまま




 数え切れないほどの戦車や戦闘機を破壊して。
 辺りに散らばる、ガラクタと化したそれらを醒めた目で眺めた後。
 額から流れ落ちる血の雫を、004は乱暴に手の平で拭った。
 柔らかな銀の髪が、サラリと流れる。
 それから彼は、憂鬱そうに視線を伏せて。
 キュッと、唇を噛みしめた。
 時折004が見せる、物憂げな表情。
 見ている方が切なくなってしまうような。
 恐ろしいまでの戦闘能力を持ち、まるで人形のように表情を変えないこの男は『死神』という異名を持っていた。
 けれども。
 こんな悲しい瞳をする死神なんて、この世にいるものかと思う。



 彼は、ベルリンの壁を越えようとして越えられなかった。
 そして、最愛の女性を失った。
 ・・・気が付いたら、機械仕掛けの身体になっていた。
 本人からそう聞いたわけではないけれど。
 だからいつも、死んだような哀しみに彩られた瞳をしているのだ。

 過去に戻ることも出来なくて。
 かと言って、未来へと進むことも出来ないキミは、ただ、心の中で涙を流すだけ。
 瞳はどこか醒めたまま。
 けれども、心が深く傷ついているのが分かる。
 そんなキミに優しくしたいと思いながらも。
 どうしても、傷つけてしまう。
 上手く、言葉が見つからなくて。



「004!」
 ナンバーを呼び、乱暴に肩を掴んだ。
「一体、どういうつもりだ!?」
 振り返った004の瞳は、いつもどおり冷ややかだった。
「どういうつもり、とは?」
「言葉通りだ!キミは今日、死ぬかも知れなかったんだぞ!?」
 訓練中、彼が単身で、戦車の群れに飛び込んでいった時。
 心臓が凍るような気がした。
 死なせたくないと思って、必死で彼の後を追った。
 004は酷く傷ついたが・・・命には支障はなかったようだ。
 何か一言言ってやりたくて。
 そして今、メンテナンス後の彼を捕まえたのだ。
 命を大切にして欲しかった。
 彼自身のために。
 そして、自分のために。
 氷色の瞳が、スッと細くなり。
 視線を、逸らされた。
「オレが聞きたい。何故お前は、オレを死なせなかった・・・?」
 その言葉に胸が痛んだが、同時にイラついた。
「キミは、死にたいのか!?」
 苛立ちを言葉にしてぶつけると、形の良い唇の端だけを曲げて、004は笑った。
 顎を持ち上げ、不遜に。
「そうだ。お前は、邪魔をするな。オレが、死ぬのをな」
 言葉を紡ぐ唇が、微かに震えていた。
 ・・・抱きしめたい・・・。
 そう思ったが、行動に移すこともできずに。
 掴んでいた肩を、乱暴に突き放した。
 004の身体は勢い良く壁にぶつかり、彼はそのまま、ずるずると床に崩れ落ちた。
 弱々しいその姿にハッとして、
「004!」
 差し伸べた手は、振り払われた。
 彼は壁に手を付きながら、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、背中を向け。
 何も言わずに、遠ざかっていった。



 一日一日。
 時間を経る度に、気持ちは深くなる。
 言えないままの言葉は、ただ、一つだけだ。
 『愛してる』
 キミを・・・愛してる。
 ここで出会ったからじゃない。
 例えどこで巡り会おうとも、オレはきっと、キミを愛するだろう。
 氷のように冷ややかな、けれども、深い悲しみと絶望を湛えたその瞳を。
 固く引き結ばれた唇を。
 風に柔らかく揺れる、銀の髪を。
 ・・・そして、キミの心を。
 キミの、全てを。

 こんな場所にいなければ、その瞳は穏やかで、口元は優しく綻んでいたのかも知れないけれど。
 それでもオレは、キミを見付けるだろう。



「002・・・」
 背中を向けたまま、004は呟く。
「もう、オレに構わないでくれ・・・」

 こんなに傷ついて、心も身体もボロボロのキミを、どうして放って置く事が出来る?
 細いその肩は、こんなにも震えているのに。

 拒絶されることが分かっていながら。
 背後からそっと、抱きしめた。
 『キミを愛してる』
 心の中で、そう告げながら。
 腕の中で004の身体が身じろいだ。
「・・・放せ」
「嫌だ、放さない」
 抱きしめる腕の力を、強くした。
「放さないと・・・殺すぞ?」
「殺したいなら、殺せば?キミに殺してもらえるなら、オレは本望だぜ?」
 004は俯く。
 きっとまた、視線を伏せ、憂鬱そうな表情をしているのだろう。
 そしてその唇からは、小さなため息が漏れた。
 今にも壊れてしまいそうな、儚い人。

 キミの心が、こんなにも痛い。

 涙が、零れた。
 零れた涙が、004の冷たい右手に落ちる。
「・・・どうして、泣いている?」
「泣いてなんか、ない」

 そう。オレは泣いてなんかいない。
 これは、キミの涙だ。
 キミの心が流している・・・涙だ。

「・・泣いて、ない・・・」
 言いながらも。
 涙が後から後から流れて。
 どうしても、止まらなかった。
 004の指先が、躊躇いがちに頬に触れてきた。
「泣くな、馬鹿」
「泣いてない」
 
 優しい指先。
 どんなに冷ややかな目付きをして見せても。
 表情に変化がなくても。
 キミは、本当はとても優しい。
 優しい人ほど、傷つきやすくて。
 心の殻の中に閉じこもって、自分を隠してしまうのだ。
 他の誰も知らなくても、オレは知っている。
 キミは、とても優しい。
 
 涙が止まると、004はスッと腕の中から抜け出した。
「情緒不安定じゃないのか?博士達に見てもらえ」
 振り返りもせずに。
 それだけ言うと、彼は去っていった。
 いつものように背中を向けて。



 その綺麗な瞳に微笑みが戻るまで。
 オレにキミを守らせてくれ。
 キミがどんなに死にたくても。
 絶対に、死なせはしない。
 それはオレの我儘。
 オレが、キミを愛している。
 それがオレにとっての、ただ一つの真実だから。
 キミはオレの全て。
 オレの生きる意味。


 いつでもキミは、オレに背中を向ける。
 決して、振り向いてはくれない。
 それでもいい。
 キミの心の中にオレが映らなくても・・・それでもいい。
 それでも、いい。
 キミは何も知らないままで・・・それでいいから。
 
 それで、いいから。



〜 END 〜




今回のテーマは、「切ない系24」でしたが。
いかがでしたでしょう??
いつものラブいちゃ24とは全く別物、別世界の話としてお読み下さい。
切ない系ですと、前にジェット記憶喪失話を書きましたが、
あれは一応、ラストはハッピーエンドですものね。
今回はジェットが片想いのままです。
ゴメンね、ジェット。
結構ハインにもつらい思いをさせている気が・・・。
しかも、何だか続きがありそうな話になってしまって・・・。
続き書くなら、ハインサイドで、ですが。
どうしようかな・・・。





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