サイボーグ002
凍った時間編


〜 時間が凍る時 〜

 フッと、目を覚ますと。
 手術用の寝台に横たわっていた。
 ここは、メンテナンスルームだ。
 今まで自分は、ギルモア博士にメンテナンスを受けていた・・・ハズだった。
 しかし、側には博士の姿はない。
「??」
 不審に思いながらも寝台から身を起こしたジェットは、ひどく違和感を感じた。
「何だ・・・?」
 そして、気付く。
 『周りの音が聞こえない』
 という事実に。
「音が・・・ない?何があったんだ!?」
 メンテナンスルームを出て、自分のシャツをズボンを身に着けて、ジェットは博士を探した。
「博士、どこだ!?」
 近くに博士の姿は見つからず、ジェットはリビングへと向かった。
 ジェットのメンテナンスに合わせてハインリヒも、ギルモア邸に来ている。
 彼なら、博士の居場所を知っているに違いない。
 ジェットは乱暴に、リビングのドアを開けた。
「ハインリヒ!博士は・・・」
 言いかけて、ハッとする。
 ハインリヒは、リビングのソファにゆったりと腰を下ろし。
 ソファの側近くに置かれている、イワンの揺りかごに手を伸ばしかけていた。
 そのまま、ピクリとも動かない。
「ハインリヒ・・・?」
 名前を呼んだが、返事は戻ってこなかった。
 恐る恐る彼に近付き、その白い頬にそっと触れてみると。
「動かない・・・固い!?そうか、そういうコトは・・・」
 ホッとして、ジェットは一人でクスリと笑った。
「『加速装置』を作動させたままだったってワケだ・・・。オレの慌て者め!」
 カチリと加速装置のボタンを押した。
 しかし、ハインリヒはやはり、少しも身動きしない。
 カチっ、カチッ。
 何度も、加速装置のボタンを押した。
 ジェットの表情が蒼褪めた。
「『加速装置』が、故障しちまったのか!?」
 博士はどこにいるのだろうかと、ジェットは必死に考えた。
「・・・そうだ、書斎だ!!」
 ジェットは慌てて、リビングを飛び出した。
「博士!!」
 書斎に飛び込んだジェットは、息を呑む。
 ギルモア博士は・・・何か書きものの途中で、やはり、身動きをとめていた。
 動かない博士の周りをウロウロしながら、ジェットは狼狽した。
「オレはどうしたらイイんだ!?故障を直せるのは、ギルモア博士だけだ。その博士が時間の向こう側・・・違う世界にいるとなると・・・」
 たどり着いた答えは、一つだけだった。
 このまま、ただ一人・・・一人で生きていかなければならない?
「うわぁ〜っ!!」
 ジェットの叫び声が、ジェット一人しか動かない空間に虚しく響いた。


〜 二日が経過して・・・ 〜

 夜空に光る星は、瞬きを止めた。
 打ち寄せる波の音さえ聞こえない。
 ベランダから空を、海を眺め、ジェットは深いため息をついた。
「星も瞬かず、波も動かない。それなのに、あれから二日だ。もう、二日も経っちまった・・・。オレだけの 時間だけが、どんどん過ぎていく。みんなと同じ空間にいるってのに・・・」
 リビングに戻り、ジェットはイライラと、壁を殴りつけた。
「こんな馬鹿なコト、あってもいいのかよ!?何か、この状態から脱出する方法が、絶対にあるはずなんだ!!」
 ハインリヒをじっと見つめる。
 彼が自分に視線を向けてくれないとわかっているのに。
 その側近くにいるイワンを、見つめる。
 イワンもやっぱり、黙ったままだった。
「もしこのまま・・・ずっと、このままだとしたら・・・」
 それは、考えたくない事だったが、同時に考えずにはいられないことだった。
「オレは、死んでしまう・・・。この孤独には、耐えられない」
 子供の頃に母親に捨てられて、それからずっと、孤独だった。
 孤独には慣れているはずだった。
 けれども。
 『仲間』に出会って、ジェットは孤独でない自分を見つけることが出来た。
 周りではいつも仲間が笑っていて・・・。
 そしてジェットの一番側では、ハインリヒが穏やかに微笑んでくれていた。
 氷色をした瞳の優しさが、彼の心の温かさが。
 ジェットを孤独から救い出してくれたのだ。
 孤独でない自分を知ってしまった。
 だからもう、孤独には絶えられない。
 リビングの片隅で、ジェットは迷子になった子供のように膝を抱えた。


〜 そして、また日が過ぎる 〜

 カチリ、カチリ。
 ふと気付くと、加速装置のスイッチを押している自分がいる。
 しかし、それもむなしい努力だ。
 あれから更に、数日が過ぎた。
 ジェットの時だけが無情に過ぎていき、周りの風景は、全く変わらないままだ。
 ふと、ソファの上のハインリヒに視線を走らせ、ジェットはハッとした。
「ハインリヒが、瞼を閉じている?」
 瞳は閉じられ、長い銀の睫毛が遠目にも見て取れた。
 フラフラと立ち上がり、ジェットはハインリヒの目の前に立つ。
 瞼に隠された瞳は、もう、何も映さない。
 いつもなら・・・澄んだ瞳がジェットを見つめ、優しく揺らめくのだ。
 そして、彼は穏やかに微笑みながらジェットに尋ねるだろう。
『なんだ、ジェット?どうした??』
 その微笑みを、耳に心地良い優しい声をもう二度と聞くことが出来ないかもしれない。
 サラサラと風に流れる、柔らかい髪に触れることも。
 薄い唇が開いて、ジェットの名前を呼ぶ声も。
 全て、失ってしまったのかも知れない。
「ハインリヒ・・・」
 涙でハインリヒの姿がにじんだ。

 その瞬間、ハインリヒの腕が動き、ジェットの頬にそっと手を差し伸べた。
 ・・・ように、ジェットには思えた。
 氷の瞳がジェットの姿をハッキリと映し出し、彼は優しく微笑んだ。
 ・・・いつもと変わらぬ表情で。
「ハインリヒ!?」
 叫ぶようにして名前を呼んだ。
 しかし・・・答えなど戻ってくるはずもなく。
 やはり、ジェットの目の前で、ハインリヒは動きを止めていた。
 瞳を、閉じたまま。
「幻影か!?」
 ジェットは、頭を抱えた。
「とうとうオレは、頭がおかしくなっちまったらしいな・・・」
 そして、乾いた声でジェットは笑った。
「ハッ、笑っちまうぜ」
 でも・・・。
「キミの笑顔が見たい。キミに、触れたい・・・。キミが側で笑っていてくれないと、オレは気が狂いそうだ・・・」
 瞳を閉ざしたままの、ハインリヒ。
 このまま、永遠に・・・?
 気が狂ってしまった方がいっそ楽かもしれない。
 ジェットは一人、そう思った。



〜 時ばかりが無情に過ぎる 〜

 昨日も、そして今日も、見上げれば、美しい夜空が広がっている。
 その夜空の美しさが、ジェットには恨めしかった。
「これが、せめて昼なら・・・」
 ジェットは思う。
「何か動くものが見えたかもしれない。例えば、小鳥がゆっくりと飛んでいく様・・・。それだけでも、オレはどんなにか心慰められるか」
 書斎に移動し、ジェットはギルモア博士に語りかける。
 聞こえないとわかっているのに。
「あれから1ヶ月・・・。博士、何でこんなことになっちまったんだ?こんな恐ろしいことに・・・。オレ、もう耐えられねぇよ・・・」
 ふと、博士の手元に視線が動き、ジェットはドキリとした。
 『ジェットへ・・・』
「オレ宛だ!?博士、一体、なんて書こうとしてるんだ!?何を伝えようとしているんだ!?」
 そのままジェットはじっとギルモア博士の手元を凝視したが。
 その手は、微かに、微かに動いていくだけだった。
 視線を落とし。
 ジェットは書斎を後にした。



〜 凍った時間は溶け・・・ 〜

 毎日ボーっと空を見上げる。
 それが、ジェットの日課のようになってしまった。
 空に飽きれば、リビングでハインリヒの姿を黙って眺めた。
 つい先日、夜空の中に旅客機の光を見つけ、今ではそれを見るのが楽しみだ。
 少しずつだが、旅客機は動いていく。
「なあ、アンタはどこに飛んでいこうとしてるんだい?オレがまだ知らない、遠い国とか、かな・・・?」
 退屈しのぎに旅客機に向かって語りかけてみる。
 不意に。
 グオーン。
 旅客機の動く音が耳に届いた。
「音だ、音がするぞ!!」
 旅客機の光は、あっという間に遠ざかっていく。
 ジェットは、リビングへと走った。
「ハインリヒ!!」
「ジェット!メンテナンスは、無事に済んだのか?」
 美しい瞳に、自分の姿が映っている。
 そして、ハインリヒの優しい声。
「ハインリヒ・・・!」
 駆け寄って、抱きしめた。
 髪に、頬に、唇に触れた。
『チョット!人前デいちゃツクノハヤメテクレル!?』
 迷惑そうなイワンの声が脳内に響いたが、その声も今は嬉しい。
 ジェットは揺りかごからイワンを抱き上げ、チュッと頬にキスをした。
『何っ!?気持チ悪イジャナイッ!!!』
 イワンが、怒りの声を発する。
 ハインリヒもギョッとしたような顔で、ジェットを見た。
「悪ぃ、なんでもない・・・」
 嬉しさで、笑いがこみ上げてくる。
 大声で笑いながら、ジェットは書斎に向かった。
「博士!」
「おお、ジェット!!」
 博士も、動いている。
「今、君宛に手紙を書こうと・・・」
 差し出された手紙を見て、ジェットはまたもや笑った。
『ジェットへ
 加速装置のオーバーホールをする。
 予定より早く目覚めてしまった時のために、これを書いておく。
 しばらくの間、スイッチが作動しないかもしれないが、心配ない。
 やがて自然に元通りに・・・』
 笑いが止まらない様子のジェットを、博士は心配そうにみつめた。
「ワシは、何かおかしなところをメンテナンスしてしまったかの?」
「いや、なんでもないって!!」
 博士の肩をポンポンと叩き、ジェットはなおも朗らかに笑った。



〜 そして・・・ 〜

 ジェットは、ハインリヒと一緒に、夜空を見上げる。
 星はチカチカと瞬き、月明かりの下、波が音を立てて打ち寄せる。
 旅客機がギルモア邸の上を飛んで行き、その姿は、あっという間に二人の視界から消えた。
「ハインリヒ・・・」
「ん?なんだ、どうした??」
 月明かりを受けて輝く瞳が、本当に愛しい。
「オレさ、こうしてキミが側にいてくれないと、生きていけない」
 薄暗い中でも、ハインリヒの頬が赤くなるのがはっきりと分かった。
「馬鹿・・・」
「でも、ホントの事だから」
 頬に手を伸ばす。
 ハインリヒがそっと視線を伏せ、長い睫毛が微かに揺れた。
 動いている。
 側で、笑っていてくれる。
「ハインリヒ・・・愛してる」
「お前、今日はホントにおかしいぞ?」
「うん・・・。でも、愛してるって言わせてよ」
 そのままハインリヒの細い腰を引き寄せ、キスをした。
 愛してる、愛してる。
 人は孤独では生きられない。
 だから人は人を愛するのだろう。
「ジェット・・・?」
 何か言いたげなハインリヒに微笑みかけ。
 ジェットは腕の中に、ギュッとハインリヒを抱きしめた。



  〜 END 〜





原作の結晶時間(凍った時間編)を24アレンジにvというご要望をいただいて書きました。
キチンと24アレンジできているでしょうか?
ちょっと心配。ドキドキ。
たまには苦悩するジェット、なんてのもいいっすよね!?
このお話は、「じゃがいも倶楽部」のねこ太さまに、愛を込めて捧げます(ヘボくてすみません)。





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