It Takes Two(前編)
冷たい風の中、家路を急ぐ。
街を歩く人々の群れに紛れながら、ジェットは白い息を吐いた。
何をしていても、何処にいても。
瞼の裏にちらつく、その人の姿。
会いたくて、会いたくて、仕方ない。
「チッ」
収拾が付かない自分の気持ちに、舌打ちをした。
カツカツと、階段を上ってくる足音が聞こえてくる。
その足音が止まり。
「ジェット・・・?」
氷色の瞳を丸くするハインリヒに、ジェットは軽く手を挙げて見せた。
「よう、ハインリヒ。遊びに来たぜ」
呆れたような声が、耳に届く。
「お前はいつも、突然だな、ジェット?来る前には連絡を入れろと。そう、言わなかったか?」
「だって、すぐに会いたかったからさ」
ジェットの言葉に、ハインリヒが軽く、肩を竦めた。
少し狭いリビングで、ハインリヒが淹れてくれた珈琲を飲んだ。
珈琲を飲みながら、ジェットがじっと、ハインリヒを見つめていると。
居心地が悪そうに、ハインリヒが視線を伏せた。
銀色の長い睫毛が微かに揺れ、目元に影を落とした。
たった一言。
『キミが好きだ』と。
言えばいいのに、言い出すことが出来ない。
他のどんな相手と、どんな関係になったって。
目の前の、この人を想っている時、この人を見つめている時のような胸の高鳴りを感じることは出来ない。
テーブルの上に無造作に置かれた手に、自分の手を重ねた。
ハインリヒが顔を上げ、ジェットを見つめる。
その瞳には、戸惑いの色。
ジェットはハインリヒから視線を外した。
けれども、けれども。
心の中では、ずっと。
キミだけを見ている・・・。
「ゴメン・・・」
何か問いたげな、ハインリヒの視線に耐えられなくなり。
ジェットは重ねた手を離し、ガタリと座っていた椅子から立ち上がった。
「帰るよ。突然押しかけて、本当にゴメンな」
そのまま、ハインリヒに背を向けた。
ガタリ。
椅子を引く音がして、ハインリヒが立ち上がる気配がした。
「ジェット・・・!」
腕を、掴まれた。
キレイな指先。
触れられた先から、身体が熱くなる。
「お前・・・」
耳に届く、声。
とてもとても、その声が好きで・・・。
空いている方の腕で、ハインリヒの身体を引き寄せる。
そのまま、きつく抱きしめた。
愛しくて、たまらない。
苦しいほどに。
「ジェッ・・・!?」
「ハインリヒ・・・」
抱きしめる腕の力を強くした。
ハインリヒが、逃げてしまわないように。
「好きだ・・・」
こんな風に告げてしまうのは、卑怯だ。
分かっていたけれど。
想いが溢れて溢れて、どうしようもなかった。
「キミが、好きだ・・・」
腕の中で、ハインリヒが身体を固くするのが分かった。
分かっていたハズだ。
こんな気持ち、ハインリヒには迷惑なだけで。
こんな気持ち、こんな気持ち・・・。
ジェットは、クスリと笑った。
長い年月をかけて築き上げてきた二人の関係を、自分で壊してしまった。
そのことが、何故かおかしかった。
迷惑ついでに・・・。
そんな事を考える。
どうせ、嫌われてしまうなら。
身体を少しだけ離し、キレイなラインを描く、ハインリヒの顎を軽く持ち上げた。
氷色の美しい瞳が揺れて、それでもジェットを見つめている。
まるで、責められているような気がした。
躊躇いを振り払うように軽く頭を振って。
ジェットはハインリヒの口唇に、己のそれを重ねた。
「ん・・・ジェット・・・!!」
トン、と。
軽く胸元を叩かれた。
「あ・・・!?」
ハッと、我に返る。
慌ててハインリヒの身体から腕を離すと、ジェットの足元に、華奢な身体が崩れ落ちた。
「ジェッ・・・」
口唇を抑えながら。
それでも何か言おうとしたハインリヒの言葉を遮る。
ハインリヒの口から直接は。
拒絶の言葉を、聞きたくなかった。
「ハインリヒ・・・ゴメン・・・。もう絶対にこんなことはしないし、二度とキミの前には現れないから。だから、忘れてくれ・・・!!」
「ジェット!!」
強く、名前を呼ばれたが。
ジェットは振り向きもせずに、ハインリヒのアパートを飛び出した。
そのまま、寒空へ・・・。
ハインリヒと一緒ならば。
過酷な運命も越えられる。
奇跡でさえ起こすことが出来る。
そう、思ってきた。
その存在に支えられて。
何だって出来るのだと。
一緒に、どんな困難も乗り越えてきた。
仲間として。
仲間という関係に我慢が出来なくなったのは、ジェットだ。
もっと、もっと。
ハインリヒの、『特別』に。
自分のものになって欲しかった。
抱きしめて、キスをしたかった。
「だけど・・・」
ジェットの頬を、冷たい何かが流れた。
「あんな風に、したかったわけじゃない・・・」
けれども、どうしようもなかったのだ。
想いなど、伝わるはずがない。
男同士で。
ハインリヒの心の中には、今でも大切な女性が住んでいて。
その女性ごとハインリヒを愛することは出来るけれど、ハインリヒが自分を想ってくれる事など、有り得ないではないか。
吹きつける風に、身を切られてしまいそうだった。
「ちくしょう・・・!」
手の平でグイッと涙を拭い、ジェットは冷たい空を飛び続けた。
〜続く?〜
けみちゅとりーの同名の曲がイメージソングです。
二人のなれそめは結構書いてきたのですが、
今までの話とは別物としてお読みください。
どうしても書きたくて、書いてしまいました(滝汗)。
幸せ24作家(自称)としてはこのままでは終われないよなぁ・・・。
なので、多分続きます。
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