薔薇の花は、愛に身を捧げる情熱的な女性。

真っ白な百合の花は、貞節な乙女。

そして、桜の花は、気高い精神を持つ優れた美人。

花に例えてみるならば、今、自分の目の前で笑っているその人は・・・。


《桜吹雪》



『今、日本にいるから』
 ハインリヒからそう連絡があったのは、つい昨日のことだ。
『オレも行くから!!』
 とやけに意気込みながら電話口で告げて。
 半ば無理矢理休みを取って、ジェットも日本にやってきた。
 久し振りに降り立ったこの地は、もうすっかりと暖かく感じられた。



「ハインリヒ!」
 名前を呼びながら、勢い良くギルモア邸のドアを開けたジェットを迎えてくれたのは。
 ハインリヒではなく、フランソワーズだった。
「あら、ジェット。久し振りね。ハインリヒじゃなくてゴメンなさいv」
 ニコリ、と微笑んだ後、
「お帰りなさい」
 その一言で、ジェットはどこかホッとしている自分を感じた。
「ハインリヒは?」
 せわしく尋ねると。
「お散歩に出ているわ」
 そう、答えが戻ってきた。
「そっか・・・」
 じゃあオレも、と続けようとしたが、フランソワーズに腕を掴まれ、阻まれる。
「長旅で疲れたでしょ。お茶でも飲んでから行ったらどう?久し振りに会ったんだから、ワタシに元気な顔をじっくりと見せて頂戴な」
 有無を言わさぬ口調で、フランソワーズが笑った。



 フランソワーズが淹れてくれた美味しい(であろう)紅茶を飲みながら、ジェットはソワソワしていた。
 とにかく早く、ハインリヒに会いたくて。
「ねえ、ジェット」
 満面の笑みでフランソワーズが問いかける。
「アナタ、ハインリヒに向かって、家の近くの桜並木を殺風景だって言ったんですって?」
「そっ、それはっ!」
 焦って、ジェットは弁解する。
 言いたくもなるではないか。

 桜の花は美しいと、話しに聞いてはいても。
 その時の季節は冬で、桜の木の枝は、丸裸。
 それを見て殺風景だと感想を述べたら、ハインリヒは思いっきり面白くなさそうな顔をした。
『今に、お前にも分かる。春に来るんだな、この場所に』

 日本に、春の季節が巡ってきている。

 ハインリヒが連絡をくれたのは、桜並木を見せたかったから?

 少し考え込んでいると、フランソワーズがジェットの肩を優しく叩いた。
「そろそろ開放してあげる。ハインリヒは、多分アナタの予想通り、殺風景な桜並木にいるわ」
 『殺風景』を強調され、ジェットは苦笑いした。



 昨年の冬に、ハインリヒと一緒に歩いた桜の並木道。
 その場所にやって来て、ジェットは驚いた。
 辺り一面が、薄紅色に染まっている。
 ・・・美しい、その花の色で。
『春に来るんだな』
 ハインリヒの言葉の意味が、今分かった。
「圧巻だな・・・」
 小さく口笛を吹いて辺りを見回すと。
 視線の先に、ハインリヒの姿を見つけた。
「よう」
 軽く手を上げ、ハインリヒがジェットに合図する。
「久し振りだな・・・」
 淡いブルーの瞳が、スッと細められた。
「ハインリヒ!」
 駆け寄って、腕の中に抱きしめる。
「おいおい、何だ一体?」
「・・・会いたかった・・・」
 ハインリヒの手の平が、ポンポンとジェットの頭に触れた。
 クスリと小さく笑う声が耳元で聞こえて、
「・・・オレも・・・会いたかった・・・」
 嬉しくて、もっとギュッと、抱きしめた。



 ひとしきり再会を喜んだ後、
「で?どうだ??」
 ハインリヒが自慢げに言う。
「この並木道を、殺風景、なんて言ったのは、どこのどちら様か聞いてやりたいんだが?」
「知らなかったんだって!春に、こんなにキレイに花が咲くなんてさ」
 優しい風が吹くたびに、花びらがひらひら、ひらひらと舞い落ちる。
 花のひとつひとつは小さくて、本当に淡い桃色なのに。
 寄り添って咲いていると、ものすごい存在感だ。
「ホント、キレイだよな・・・」
 青空の中で舞う、小さな花びら。
 空の蒼と花びらの桃色のコントラストも美しいと思う。

 不意に、強い風が二人の間を吹きぬけた。
 木々の枝がサワサワ揺れ、風と共に、花びらも舞い散った。
「桜吹雪、とは良く言ったものだな」
 少し強い風の中、瞳を細めてハインリヒが笑った。
「桜の花びらが舞う様を、吹雪に例える。美しく、暖かな吹雪だ。日本人の感性には、驚かされるよ」

 花びらの中で、ハインリヒが笑う。

 気高い精神を持つ、優れた美人に例えられる桜の花。
 この花は、精神の美しさを表す花。

 そんな花を愛するキミは・・・。
 誰よりも心が綺麗なキミには・・・。

 枝を一本折って、贈りたいと思ったが。
 ハインリヒはきっと、それを嫌がるだろう。
 彼は、小さいけれど美しいこの花を、愛しているのだから。
 淡い色をした花びらと一緒に揺れる、銀の髪。
 花々を見つめる優しい瞳。
 その笑顔。
「桜の花。キミに、とてもよく似合うな・・・」
 そう告げると、
「・・・バカを言うな」
 ハインリヒは頬を桜色に染めて、けれどもジェットを睨むような仕草をしてみせた。
「ホントに、そう思うよ」
「バカなことばかり言ってないで、ほら」
 ハインリヒが、ジェットに向かって手を差し出す。
「オレは、散歩の途中なんだ。続けるぞ」
 言いながら、ハインリヒがフイっと視線をジェットから逸らした。
 その手を取って、ジェットは笑った。
「自分の言動に、照れてる?」
「うるさい!」



 サワサワと風が吹き、花びらが舞う。
 その桜吹雪の中、二人はそっと笑い合い。
 お互いを近くに感じながら、春の景色の中を歩いた。


  〜 END 〜




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昨年の第一世代オンリの無料配布本を少し訂正してアップ。
自分では好きな話なので・・・。
春が恋しいので、季節を先取りでv
私は桜の花が好きです〜!!
花びらがヒラヒラと風に舞う様が本当にキレイ。
桜の花びらの散る中に、ハインリヒが佇んでいたら。
うっとり見つめちゃうぐらいに美しいと思うのです。





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