「なあ、ハインリヒ。今度のツアー、見に来てくれよ。頼むからさ」
 ハインリヒは読んでいた本から顔を上げ、ジェットをマジマジと見つめた。
「オレが、そういう場所は嫌いだと知っているだろう?」
「知ってる。けれども・・・どうしても来て欲しい」
 ジェットは酷く真面目な表情で、ハインリヒに懇願する。
「・・・確か、こっちでは某月某日にやるんだったな」
「そうだよ」
「気が向いたら・・・行ってやるよ」
 そう言うと、ジェットの表情がパッと輝いた。
「サンキュ、ハインリヒ!」
「気が向いたら、だぞ。気が向いたら」
「それでもイイよ。オレ、待ってるから・・・」
「大体、チケットが手に入らんぞ・・・」
 ブツブツと呟くと、ジェットはニッコリと微笑んでハインリヒに封筒を手渡した。
「ハイ。チケット」
「ちょっと待て!!」
「何か不満?」
「こんなの貰っちまったら、行かないと悪い気になるだろうが!?」
「そしたらオレは嬉しいし〜vvvま、取り敢えず貰っといてよ」
「ジェット!!」
「キミが貰ってくれないと、ゴミ箱行きだけど?勿体無いよな〜??」
「う・・・」
 手の中の封筒を、ハインリヒはキュッと握り締めた。
「仕方ないから貰ってやる!でも、本当に行くかどうかは分からんからな!!」
「だから、それでイイって」
 パタパタと、二階から幾つかの足音が聞こえてきた。
「ジェット!」
 ジョーがヒョイと、リビングを覗き込む。
「またハインリヒに油を売ってるんだね。準備は出来ているのかい?」
 呆れたような声が聞こえてくる。
 ピュンマの声だ。
「いざ行かん!ドームツアーへ・・・」
 笑いながら登場したのはグレートだ。
「ハインリヒ。しばらくジェットをお借りするよ」
 その言葉に、ハインリヒは眉をしかめた。
「側にいられるとうざったくて仕方ない。さっさと連れて行ってくれ」
 ジェットが、情けない顔をした。
「ハインリヒ・・・。その言い方って、少し酷いと思わない?」
「全く思わんな」
「・・・素直じゃないなぁ」
 ハインリヒは、ギロリとジェットを一瞥した。
「何か言ったか?」
「いいや、何にも。それじゃ、行って来るぜ、ハニーvvv」
「って、誰がハニーだ!?とっとと行け〜!!!」
 手の中の大切な本を、思わずジェットに投げつけてしまう。
 ジェットは上手にそれをキャッチして、ハインリヒに手渡してくれた。
 そして、笑顔と共に、ギルモア邸を出て行った。



 最近、巷で大人気のバンド『BLUE』。
 その構成員は、ギルモア邸のメンバーで成り立っている。
 ジョーとジェットが面白半分で言い出して、ピュンマとグレートを無理矢理に引きずり込んだ。
 そして、ハインリヒが知らない間にデビューして、あっという間に人気バンドに成り上がってしまった。
 ジェットは、そのボーカルだ。
『今度の曲は、キミのために作ったんだ』
 などと、何回か言われたことがあるが。
 意識して、曲を聴いたことは無かった。
 けれども街を歩いていると、不意に、ジェットの歌声が耳に飛び込んでくることがある。
 人の心に染み入るような、ジェットの声。
『キミのために歌うよ・・・』
 そんな言葉が脳裏に甦って、恥ずかしくて仕方ない。
 だからハインリヒは、ジェットの声などまるで聞こえない振りをして、澄ました顔で歩くのだ。

 何度かライブなども開いているようだったが、ジェットは今まで、一度も聴きに来いなどと言ったことはなかった。
(突然、何だってんだ・・・?)
 不審に思いながらも。
(一度、ジェットが歌っている姿を見るのも悪くないかも知れないな)
 そんなコトを考えながら、ハインリヒは街を歩く。
 ジェットがいなくなって、半月以上が過ぎている。
 会えなくて淋しい、という気持ちがあるのも確かだった。



「ハインリヒ、準備は出来たの?」
 突然フランソワーズに尋ねられ、ハインリヒは疑問に疑問で答えた。
「はあ?何のことだ??」
「アラ!ジェットからツアーに来てくれ、ってお願いされたでしょ?さ、早く仕度して!行くわよっ!!」
 フランソワーズの手にはしっかりとチケットが握りしめられている。
 そういえば今日は、渡されたチケット分のツアーが行われる日だ。
 行くものと決め付けられているのが何となく腹立たしくて、
「オレは、気が向いたら行ってやると言ったんだぞ!?」
 そう言うと。
「気が向いたわよねぇ、ハインリヒ?」
 フランソワーズはニッコリと極上の笑みを見せた。
「そのチケット、アナタが貰わなければ、ジョー達のファンの女の子(男の子かも知れないけれど)の席が一つ確保できたのよねぇ。勿体無いわねぇ」
「・・・分かった。気が向いた・・・」
 ハインリヒが渋々と答えると。
「それではレッツゴー♪」
 腕を引かれ、ハインリヒはライブへと連れ出された。

 会場は、とにかく女性で満ち溢れていた。
 男性人口は、1割。良く見ても2割程度である。
 ハインリヒは肩身の狭い思いで、自席に辿り着いた。
 そこは、ステージの正面の非常に良い席で。
 更に、申し訳ないような気持ちになった。
 フランソワーズはキャッキャとはしゃぎながら、ハインリヒに説明をしてくれた。
「今回のツアーはね、先日出たアルバムの歌を中心にやるんですってvアルバムの曲は、どれも素敵だったわvvv」
「そ、そうか・・・」
「ねえねえ、ハインリヒ。バンドの一番人気はジョーなんだけど、ジェットも人気があるのよ!ピュンマにもグレートにも、ちゃんと女の子のファンがついてるわ」
「そうか・・・」
 そう言って頷く以外に、ハインリヒに何が出来ただろうか。
 けれども、『ジェットも人気がある』という言葉に、チクリと心が痛んだ。
 周りの女性達を見回すと。
 可愛らしい女性や、美しい女性が大勢いる。
 その中から、ジェットは選り取りみどりなのだ。
 それなのに、何が楽しくて自分のような三十路の男に付き纏っているのだろうか・・・?
 そう思いつつ、やっぱりチクチクと胸が痛んだ。
・・・アナタのコトが好きだからに決まってるでしょ・・・
「ん?フランソワーズ、何か言ったか?」
「いいえ、何にも」
 ツンとフランソワーズにそっぽを向かれ、ハインリヒは非常に不可解な気持ちになった。
(どうして、フランソワーズは怒っているんだ?)

 不意に。
 会場のライトが落ち、ステージにパッとスポットライトが集中した。
「キャー!!!」
 周りの女性陣のテンションの高さに、ハインリヒはビクリとする。
 ステージの上に、4人の姿が現れた。
「みんな〜!今日は集まってくれてありがとう!!」
 ステージの両脇の巨大画面に、ジョーの満面の笑みが映し出された。
「キャー!!」
(耳が、おかしくなりそうだ・・・)
「ボク達と一緒に、思いっきり楽しもうねっ!!」
「キャーっ!!!」
 そして、唐突に歌が始まった。
 ハインリヒは、ステージの上のジェットを、じっと観察した。
 舞台の上を飛んだり、跳ねたり。
 躍動感に溢れている。
 額に光る汗、歌いながら時折見せる笑顔。
 全てがキラキラと、眩しく輝いて見えた。
 ハインリヒはそっと瞳を細め、ジェットを眺めた。
 いつもと別人のようにも見えるが、やっぱりジェットはジェットで。
 一生懸命に歌っている姿が、愛しいと思える。
 時折、こちらにチラチラと視線が流れてくるのが少し照れくさかったりした。
 隣のフランソワーズに視線を走らせると。
 彼女はうっとりと、ステージ上を見つめていた。
 その視線は、ジョーに釘付けだ。
 クスリと苦笑を漏らし、ハインリヒは舞台に視線を戻した。

 ライブは続く。
 歌もトークも盛りだくさんで、ハインリヒは思ったよりもずっと楽しんでいる自分に驚いていた。
「次の歌は、オレが魂を捧げている、世界で一番大切な人のために歌います」
 ジェットの瞳が、ハインリヒを真っ直ぐに見据えた・・・ように、思えた。
「来てくれて、ありがとう。・・・愛してるよ・・・」
 会場が、ザワザワとざわめく。
「次のナンバーは、『ずっとふたりで・・・』」
 キレイな、ピアノの音。
 ギターとベースの音は静かに。
 そして、ジェットが歌い始めた。
 ジェットの口唇から紡がれる歌声、耳に流れ込む歌詞。
 それは、ひたむきな想いを込めた、ラブソング。
 切ないぐらいの愛情が、ひたひたと押し寄せてくるような。
(誰のために・・・?)
 ハインリヒは思った。
 ジェットの視線が自分に走ったと思ったのは、気の所為だったに違いない。
 こんなにまで、綺麗な想いがこもった歌・・・。
 突然、ジェットがステージから飛び降りた。
 客席の前列の女性達が、動揺している。
 ステージの周りに、眩く光がきらめき。
 まるで、夢の中の世界にいるような気分にさせられる。
 通路を縫うようにしてジェットが歩いてくる姿を、ハインリヒはどこか別の世界の出来事のように見つめていた。
「あの日アナタに出逢わなければ・・・愛しさも知らないままに・・・」
 ハインリヒの目の前で、ハインリヒの瞳を覗き込みながら。
 ジェットは、そのフレーズを歌った。
 ハインリヒを見つめたまま、ジェットは歌を続ける。
「ずっとふたりで生きていこう・・・幸せになれるように」
(嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・)
 そう思うハインリヒに向かって、ジェットは優しく微笑んだ。
 ジェットの腕が大きく広がって。
 逞しい腕の中に、ギュッと抱きしめられた。
 そしてジェットは少し身体をずらし、呆然とするハインリヒにキスをした。
「キャーッ!?」
「イヤぁぁ!!男よ、男にキスしたわっ!?」
 小声で、女性達が叫ぶ。
 ジェットは悪びれもせず。
 ハインリヒから身体を離して、ニッと彼女たちに笑いかけた。
 そして、歌を続けた。
 英語で綴られたその歌詞の内容は・・・。
(・・・バカヤロウ・・・)
 歌い終えたジェットはもう一度。
 ハインリヒをそっと、抱きしめた。



 翌朝のスポーツ誌の一面を飾った記事は。
『人気バンド【BLUE】ボーカルJETの熱愛宣言!!相手は男性!!』
「ハイ、ハインリヒ。すっかり有名人になっちゃったね〜v」
 新聞をハインリヒに手渡しながらカラカラと笑うジョーを、ハインリヒはキッと睨み付けた。
「笑い事じゃないっ!!」
「だって、ボク、可笑しくて〜。まさかジェットが、ライブ中にあんなコトするなんて、流石のボクも思わなかったよvvv」
「ジェット!!!」
 問題を引き起こしてくれた張本人を怒鳴りつけると。
 ケロリとした顔で、言ってのけた。
「イイだろ?キミとのコト、ファンの子達に対して、ハッキリさせたかったし」
「良くないっ!」
 ジェットの口唇が薄く開き。
 メロディーが流れてくる。
「あの日アナタに出逢わなければ愛しさも知らないままに・・・」
 そしてパチリと、軽いウインク。
「本当に、そう思ってるよ。・・・愛してる・・・」
「お、お前は〜!!!」
「アラアラ、オホホホホー!お熱いわね〜!!!」
 フランソワーズに茶化されて、ハインリヒはカーッと赤くなり。
 ソファの背もたれに顔を埋めた。
「ハインリヒ。そんな所より、オレの胸に顔を埋めたら?」
「・・・・・・・・・・バカヤロウ・・・」
(でも、オレも好きだぞ・・・)
 心の中でこっそりと呟きながらも。
 ハインリヒは涙目でジェットを睨んだ。

 ギルモア邸は・・・今日も平和である(?)。


〜 END 〜







3月12日に行った、ぐれいのどーむつあーの感想をかねて、24で捏造。
一部歌詞を使ってしまいました。スミマセン。
他にも、色々と有り得ねえ!という感じですが、スミマセン。
ぐれいの『ずっとふたりで・・・』は、究極の24ソングです。
って、訴えたかっただけなの・・・。






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