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 初めて腕の中にハインリヒを抱きしめた時。
 薄い肩は、頼りなく震えていて。
 何の色も纏わない、褪めた瞳。
 けれども、その瞳のずっと奥にチラチラと垣間見える、苦しみと悲しみ。
 乾いているのに、濡れているような。
 どこか居心地が悪そうに彼は俯き、微かに震える長い睫毛が、その表情を包み隠した。
 その時、ジェットは決めたのだ。
「オレに・・・キミを守らせて」
 弾かれたようにジェットに向けられた瞳に、驚きと不審が入り混じった色。
 美しい瞳に、自分が何らかの色を浮かべられた事を、ジェットはひどく嬉しく思ったのだ。



 あれから幾年が過ぎただろう。
 長かったようで、短かったような気もする。
 その間に、想いを伝えて、受け入れてもらえて、こんなに幸せなことはないと思う。

 けれども。

 もっともっともっと、オレに夢中になって欲しい。
 そう思うのは、オレの我侭?
 この両手を広げて、ギュッとキミを抱きしめて。
 キミに、魔法をかけられたらいいのに。
 もっともっと、キミがオレを好きになってくれるように。

 ハインリヒに会っている時は嬉しい。
 会えないと淋しい。
 その気持ちは、互いが抱いているものなのだろうか?
 自分の、独りよがりではなく。
 時折、そんな不安が胸を過っていく。

「ハインリヒ・・・」

 名前を呼べば、ジェットを振り返って。
 穏やかな笑みを、その白い頬に浮かべて笑う。

 嫌われてはいない。
 愛されているとも思う。

 けれども、けれども。
 もっとオレに夢中になって、オレのことだけ考えて欲しいなんて。

「やっぱり、我侭だよなぁ・・・」
「・・・何がだ?」
「ん〜。何でもない。キミは気にしないで」
「・・・そうか?」

 両手を広げて、キミを抱きしめて。
 魔法をかけることができたなら、どんなにいいか。
 愛されていることが分かっていながら、更に、欲張ってしまう。
 それだけキミが好きで好きでたまらないんだってコト。
 伝えたら、キミは呆れてしまうかも知れないな。



 時折、ボンヤリと思い出す。
 人間だった頃の記憶の中で、一等最悪なもののうちの一つだ。
 思い出したくもないのに、甦ってくる記憶。
 手の平に、未だに感触が残る。
 そんな時、自分の心の中にも暗闇があるのだと思い、罪の意識に押し潰されそうになる。

「ジェット」

 名前を呼ばれて振り返る。
 不自然に見えないように、笑う。
 透き通った淡いブルーの瞳が、ジェットを真っ直ぐに見つめた。
 瞳に浮かぶ色は、ひどく真剣だった。

「お前は、お前だ。自信を持って、前に進めよ。お前は、オレを生かしてくれた。それを忘れるな」

 鉛色をした指先が、ツイとジェットの頬を撫でた。
 暖かさが、優しさが伝わってくる。

 きっと、心の中まで、見透かされてしまっているのかも知れない。
 けれどもそれは、愛されている証拠じゃないか?
 ハインリヒの指先。優しく揺らめく瞳と笑顔。
 彼の全てが、ジェットに魔法をかける。
 生きていてもいいのだと思える。
 そして、もっともっとハインリヒに夢中になってしまう自分に気付く。

「ありがとう、ハインリヒ・・・」
 呟くような感謝の言葉と共に、ボンヤリと光を放つ、鋼鉄の右手を取り上げて。
「キミの手は、温かいな・・・」
 そっと、頬を寄せる。
「この手を嫌いだってキミは言うけれど。オレは好きだよ。だってこの手は、オレと手を繋ぐためにあるんだから。だから、大切にして?」
 ハインリヒが、フッと、頬の筋肉を緩めた。
「・・・ありがとう」

 傷を舐め合っているわけじゃない。
 好きなんだ、好きなんだ。
 好きだから、好きな人が辛そうな顔は見ていたくなくて。
 だから・・・。
 だから、キミもオレの名前を呼んでくれたんだよな?

「ハインリヒ」
「何だ?」
「オレはいつでも、キミに夢中だよ。・・・キミは?」
 唐突に尋ねると。

 その瞳が、揺れる・・・優しく。

「お前が思っているより、きっと、ずっと・・・オレは、お前が好きなんだと思う」

 それって・・・。

「この気持ちは、お前に夢中だ、と言ってもいい代物なんだろうな」

 握っていた手を離し、ジェットはハインリヒに向かって、両腕を広げて見せた。
「キミを抱きしめさせて。今すぐに」
 躊躇う素振りを見せるその人に、微笑みかけながら。
「おいで」
 そう促すと、照れを含んだような表情で、それでもポスンとジェットの腕の中に身体を預けてくれた。

 その身体を、ギュッと抱きしめる。
 互いの温もりを伝え合って。

「キミが好きだよ・・・。だからキミも、もっとオレに夢中になって」
 囁けば、腕の中のハインリヒがクスクスと笑った。
「これ以上、オレをお前に夢中にさせて、どうする気だ?」
「抱きしめて、キスをして、オレのコトしか考えられないようにしたい」
「・・・バカ・・・」
 目と目を合わせて、二人で笑った。
 そのまま、ごく自然に唇が触れ合って。

 恋の魔法をかけ合う瞬間。
 そして、もっとずっと、互いを好きになろう。


〜 END 〜



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頭の中を、あまりにもこの曲が流れるので、曲のイメージでSSを捻りました。
歌のイメージと程遠く・・・ゲフゴフ(涙)。
もっと明るい感じの話になるかと思っていたのですが・・・。
思っていたよりずっとしんみり(?)になってしまいました(汗)。
しかも、思いっきり抽象的なお話で。
皆様の想像力を駆使して読んでいただければ幸いです。






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