春一番に誘われて




 強い風が、木々を揺らしている。
 窓を開け放つと、テーブルの上の新聞がそれに吹かれてバサバサと音を立てた。
 吹き込んできた風からは、微かに、春の香り。
 水分を多く含んだような柔らかな香りに、何だか嬉しくなった。
 冬の終わりも近づきつつある、そんな時だから。

「春一番か・・・?」

 独り言ちて、開いた窓を閉じた。
 部屋の中に埃が入ると言って、フラン辺りに叱られそうだ。
 なんて思いながら。
 可笑しくなって、独りでクスクスと笑った。

 ザワザワ、ザワザワ、木々が揺れる。
 彼らも、春の訪れを待っているのだろうか?
 風の音に誘われるようにして、外に出た。



 空は、どこまでも青い。
 所々に薄く点在する雲は、スルスルと速い動きを見せている。
 きっと、空の上も風が強いのだろう。
 降り注ぐ日差しは暖かく。
 吹き抜ける風の中で、瞳を閉じた。
 大きく息を吸い込むと・・・。
 ほら、やっぱり。
 柔らかで優しい、春の香り。
 好きな季節が、すぐそこまで来ている。

「ハインリヒ!」

 呼ばれて、声の方向を振り向いた。
「ジェットか。何だ?」
 尋ねてやると、眩しそうに、ジェットが瞳を細めた。

 ・・・今日の太陽の光は、そんなに眩しいだろうか・・・?
 ジェットが、瞳を細める程に。

「こんな風の強い日に外に出てる物好きがいるなぁ、と思って、様子を見に来たんだけれど?」
「余計なお世話だ。オレは、この風を感じるのが好きなんだから」
「どうして?」
「春の香りがする。近づいてくる春の足音を感じ取ることができて嬉しい」
「そう」

 ひときわ強い風が、二人の間を通り抜けた。
 吹き上げられた髪が目にかかり、乱暴にそれを払った。
 視線の先で。
 また、ジェットが瞳を細めた。

「ハインリヒ」

 長い腕が伸びて来る。
 気が付けば、腕の中に抱きしめられていた。
「おい、ジェット・・・?」
「キミがキレイすぎて、風に攫われて行きそうな気がして怖い」
「はあ?」
 何を言っているんだ、この馬鹿は?
「馬鹿か、お前は?この風は、春を連れてくる風だ。オレなんかを攫う風じゃない」
「キレイすぎるキミが悪い」
 また、訳の分からない主張をしている。
「お前は、本当に馬鹿だな・・・」
 言いながら、ポスンとジェットの肩先に顔を埋めると。
 ジェットからも、春の香りがした。

 そうだ。
 ジェットはいつも優しくて暖かで・・・まるで、春の風のような。

「お前が、オレを攫う風になれよ」
 ボソリと呟くと、
「あ、それいい考え」
 明るい顔で微笑んで。
「では、遠慮なく・・・」
 優しい口付けが落ちてきた。

 そんなつもりで言った訳じゃあないのだが・・・。

 休むことなく、風は吹き続ける。
 その風とジェットの双方から春を感じて。

 ああ、気持ちがいいな・・・。

 思いながら、そっと、瞳を閉じた。


〜 END 〜



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最近、風の強い日が多いですね。
春一番は、確か先週だったかと。
街の中もそろそろ、春の香りがしてきました。
私は今の時期に吹く強い風が運んでくれる、春の香りが好きですvv
ハインさんに、その気持ちを代弁してもらいつつ、
24にいちゃいちゃしてもらいました(笑)。






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