星の指輪
(第一話)




「ホントはさ、この夜空の星の欠片を集めて指輪に出来たらなって思う。それに月の雫を一滴落としたら、絶対君に似合う指輪になるって」
 そう言って、ジェットは笑った。




 少し洒落たレストラン。
 照明を軽く落とした室内は、ほんのりと薄暗く。
 テーブルの真ん中には、小さなキャンドル。
 ジェットとこんな雰囲気の店に入ったのは、多分、初めてだ。
 戸惑い気味に、ハインリヒは自分の正面に座って微笑んでいる男の顔を眺めた。
 穏やかな夕暮れを思わせる琥珀色の瞳の中で、キャンドルの炎が揺らめいている。
 瞳より少し赤みがかった茶色の髪は、薄暗い室内でいつもより落ち着いた色に見えた。

 料理は、とても美味だった。
 食後のワインは極上だ。
 でも。
 どうしてジェットがこの店に自分を連れてきたのか、という疑問が、ハインリヒの心の中で燻っていた。
 いつもなら窮屈だと言って、こういう店に入るのを嫌がるのに。
 問いかけるようにしてジェットを見つめると。
 ワイングラスを傾けながら、ジェットがひどく優しい表情で微笑んだ。
 見慣れている笑顔のはずなのに、変にドキドキして。
 ハインリヒは視線を伏せ、落ち着かないような気分で膝上のナフキンを弄んだ。
 そして、取り留めのない会話。
 お互いのワイングラスが空になり、お茶を飲む。
 ・・・デザートも極上の味で、ハインリヒは満足した。
「味はどうだった?」
 尋ねるジェットに、
「最高だった」
 そう答えると。
「キミに喜んでもらえたなら、嬉しい」
  ジェットは嬉しそうに笑った。

 ギルモア邸から大分離れた場所にレストランはあったので。
 もう夜も更けていたが、二人はブラブラと散歩気分で家路に付いた。
 夜空には満天の星が輝いている。
 何となく、二人は黙って歩いた。
 不意に。
 隣を歩いていたジェットが立ち止まった。
「??」
 怪訝に思い、ジェットに視線を走らせると。
 長い指が、ハインリヒの頬に触れて。
「今、12時を過ぎた。誕生日、おめでとう」
 言われて、気付く。
 日付が変わって、今日は、自分の誕生日だ。
 ジェットが、あんなレストランに自分を連れて行った訳が、ようやく分かったような気がした。
「・・・ありがとう・・・」
 ジェットの気持ちを嬉しく思いながらそう答えると、ジェットはゴソゴソと自分のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「これ、プレゼント」
 ジェットがハインリヒに差し出したのは、小さな小さな箱。
 淡いブルーのリボンが丁寧に結んである。
「何だ?」
「ハインリヒが自分で空けてみて」
 リボンをほどき、箱を開いて。
 その中身を見た時、ハインリヒの瞳が丸くなった。
 氷色の瞳が、零れ落ちそうなほどに。
 箱の中には・・・プラチナのリングが入っていた。
「安物だけれど、キミに・・・」
 ジェットの顔と指輪とを困惑の表情で交互に見つめるハインリヒに、ジェットは照れくさそうに笑った。
「ジェット、これは・・・?」
 信じられない、信じられない。何かの間違いだ。
 ジェットは打って変わって真剣な表情になり、指輪の箱ごとハインリヒの手を握りしめた。
「オレ達、一緒になろう」
 その言葉が、グルグルと頭の中で繰り返された。
 カタカタと、ハインリヒの身体が震えた。
「ハインリヒ?」
 心配そうに、ジェットの瞳が覗き込んでくる。
「な、なんでもない・・・」
 何とか平常心を装って答えると、ジェットはハインリヒの手を握っている力を少し強くした。
「キミを、愛してる。今も、昔も、これからも、永遠に。キミが側にいてくれれば、オレは幸せ。だから、一緒になって欲しい」
 ハインリヒは、視線を伏せた。
 ジェットの顔をまともに見られなかった。
「突然だから、驚いてしまって・・・。その・・・少し、考えさせてくれ」
 言い訳がましくそう言うと、ジェットがクスリと笑う声が聞こえた。
「うん。待ってる」

 二人は再び、並んで歩き出した。
 しかしハインリヒはもう、美しい夜空を楽しむ余裕もなかった。
『一緒になろう』
 なれるわけがない。
 ジェットのこれからの人生を、自分のような人間が縛り付けてしまうなんて、そんな恐ろしいこと、できるわけがない。
 自分が側にいれば、ジェットは幸せ?
 そんなこと、嘘だ。
 幸せなのは、自分だけだ。
 ジェットが好きだ。
 一緒に過ごす暖かな時間が。
 彼の優しさが。
 好きだった。
 けれども、もう、側にいられない。
 そこまでジェットを縛る資格が、自分にはないのだ。
 ジェットがあまりにも優しすぎるから。
 自分は、彼に甘えていたのだ。

 ジェットの隣で、ハインリヒはキュッと唇を噛みしめた。



  〜 To be Continued 〜





ハインリヒバースデー企画で一つ、と思い、
昨年から計画していたジェットプロポーズ話を書くことにしたのですが。
何だかひどくわけの分からない話になってしまってスミマセン・・・。
一年間かけて、何を計画していたんだ、自分!?
しかしながら自分なりに、頑張って書こうと思います。
よろしければお付き合い下さい。





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