星の指輪
(第二話)
ハインリヒは滞在の予定を繰り上げて、早々にドイツに戻ってしまった。
一人取り残されたジェットは、ギルモア邸のバルコニーからボーっと空を眺める。
夏の暑い盛りは終わりを告げ。
爽やかなブルーの空に、薄い雲がポツリポツリと浮かんでいる。
空を眺めながら、ジェットはハインリヒが残した言葉を頭の中で反芻した。
『少し・・・考えさせてくれ』
「考える必要なんて、ないじゃないか」
余裕がある振りをして、笑って『待ってる』なんて答えたけれど。
ハインリヒはどうして、あんなに困った顔をしていたのだろう?
握り締めた手が、冷たく震えていたのは何故だろう?
『愛してる』
数え切れないほどに繰り返してきた言葉。
お互いの気持ちは、分かり切っているはずだ。
「ジェット」
突然名前を呼ばれて振り返ると、フランソワーズが笑っていた。
「お茶を淹れたわ。一緒にどう?」
「サンキュー」
自分一人でウダウダ考えたって仕方ない。
そう、ジェットは思った。
「ハインリヒの返事を待てばいいんだ・・・」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。
「え?何か言った??」
「なんでもないって!」
わざと快活にそう答え、ジェットはフランソワーズの背中を追った。
そして、数日が過ぎて。
ジェットもまた、アメリカの自分の部屋に戻ってきた。
郵便のポストの中に、茶色の封筒を見つけて、ジェットはドキリとする。
ハインリヒからだ。
封筒の下部が四角く膨らんでいて、何か小さな箱が入っているように思えた。
もしかして・・・?
悪い予感が、した。
慌てて部屋の中に入り、ジェットはもどかしげにその封を切った。
中から転がり出てきたのは、ジェットがハインリヒに贈った箱。
「嘘だろ・・・?」
震える手で箱を開けると・・・プラチナの指輪の輝きが、ジェットの目の中に飛び込んできた。
どうしてだ、どうして??
他に何か入っていないかと、乱暴に封筒の中を掻き回す。
小さな紙切れが、手に触れた。
折りたたまれたその紙切れを、やっとの思いで開いた。
『Ich bin traurig・・・Auf Wiedersehen(すまない・・・さようなら)』
そこには・・・走り書きのように、そう書かれていた。
普段は几帳面な文字を書くハインリヒだが、よほど気持ちが乱れていたのか、文字もひどく乱れて・・・。
「どうしてだ?」
短い手紙に向かって、ジェットは問い掛けた。
他の誰よりも長い時間を一緒に過ごして。
何度も一緒に朝を迎えた。
抱きしめて、キスをして、繰り返し繰り返し囁いた。
『愛してる』
ハインリヒの気持ちは、違ったのか?
透き通った氷の瞳が自分を見つめて愛情に揺れる様。
幸せそうな微笑み。
ぎこちないけれども優しいキス。
あれは全て、見せかけの嘘だったのか?
「・・・そんなワケないだろうが!!」
ジェットは苛立たしげに頭を振った。
赤みがかった茶色の髪が、炎のように激しく揺れて。
「ホンットに、何考えてんだ、アイツは!?」
指輪の入った箱を、ポケットにねじ込む。
そして戻ってきたばかりの自分の部屋から、ジェットは勢い良く飛び出した。
・・・ハインリヒの気持ちを、確かめるために。
飛んで飛んで、ジェットはハインリヒの部屋に降り立った。
鍵のかかっていない窓を開け、スルリと彼の人の寝室に滑り込む。
「・・・ハインリヒ・・・?」
寝室に、ハインリヒの姿はなかった。
名前を呼びながら、ジェットはダイニングへと場所を移した。
「!!」
ダイニングに置いてある小さなテーブルの上には、何本ものワインの壜が転がっていた。
そして、そのテーブルで、うつ伏せになって眠っているハインリヒの姿。
「そんなに酒に強くないクセに・・・何やってんだ、ホント」
ため息をつきながら、ジェットはハインリヒの側に近付いた。
「ハインリヒ」
軽く肩を揺らすと、ハインリヒが目を開けた。
暗がりの中で氷色の瞳がきらめく様を、ジェットはとても綺麗だと思った。
「ハインリヒ」
名前を呼ぶと、ハインリヒの瞳が、じっとジェットを見つめた。
「ジェット・・・」
そんなに泣き出しそうな顔で、オレを見つめないでくれ・・・。
ハインリヒが上体を起こした。
ひどく酔っ払っているようだ。
頬は赤く、瞳が潤んでいる。
「ジェット・・・」
ハインリヒの手の平が、ジェットの頬を包み込んだ。
「ジェット、愛してる・・・」
だったら、どうして?
問い質したかったが、ジェットはぐっと言葉を飲み込んだ。
ここで何か言ってしまったら、永遠にハインリヒが自分から去って行ってしまうような気がしたからだ。
「愛してる。だから、さよならだ」
どうして、どうして?
心の中で、何度も何度も問いかけを繰り返す。
そんなに辛そうな顔で、なぜ別れを告げる?
愛してくれているのに、どうして??
スーッと、ハインリヒの顔がジェットに近付いてきた。
驚く間もなく、口付けられた。
触れるだけの、優しい、キス。
「愛してる・・・」
氷の瞳から、涙が零れ落ちた。
・・・オレだって、愛してる。
ジェットは乱暴に、ハインリヒの身体を抱き上げた。
「ジェット・・・?」
無言のまま、ジェットは寝室にハインリヒを連れ込んだ。
そして、ベッドにその身体を横たえて。
噛み付くように、キスをした。
〜 To be Continued 〜