限りなく透明に近いブルー
【4】




 雨が、降っている。
 空の灰色が、重くのしかかって来るような。
 目の前に置かれている柩の中には、まるで眠っているかのように穏やかな表情の母親の姿があった。
「かーさん?」
 呼んでみたが、固く閉ざされた瞳が開くことはなく。
 ジェットは傍らで立っている父親を見上げた。
「どうしてかーさんは眠ったままなの?」
 いつも血色のよい褐色の肌を青黒く染めて、どこか疲れ果てたような表情で、父親は答えた。
「お前の母さんは、これから、遠い所に行かないといけないからだよ」
「ジェットも一緒に行く〜!!」
 そう言うと、彼は大きな手の平で自身の目元を覆った。
「・・・グレート」
「お呼びでございますか、シュヴァルツ様」
「この子を私の目の届かない所に・・・」
「いやー!ジェット、とーさんとかーさんと一緒にいるの!!」
「ジェット。あちらに行っていなさい」
 優しいけれども、どこか突き放したような声。
「いやー!!」
「さ、ジェット様。私と一緒に参りましょう」
「いやっ!!」
 抵抗したが所詮大人の力には敵わず。
 父母から離れた場所に連れて行かれた。
 そして、知らぬ間に母の姿は消えて・・・。

 それからというもの、父も全く、ジェットの前に姿を見せなくなった。
 与えられたオモチャで遊びながら、ジェットはグレートに尋ねた。
「どうしてとーさんはジェットに会えないの?」
「お父上は、お仕事が忙しいのですよ」
「かーさんは、まだ帰って来ないの?」
「ええ・・・残念ながら」

 ある日ジェットは、父親の書斎を覗いてみようと思い立った。
 母親がまだ家にいる頃から、父は良くその部屋にいたので。
 グレートからその部屋に近づいてはならないと固く言われていたが、どうしても会いたかったのだ。
 書斎のドアはほんの少しだけ開いており、中から漏れている灯かりが室内に人がいるということをジェットに教えてくれた。
 小さな手でドアを開け、ジェットはその中に父の姿を認めた。
「とーさん!!」
 呼びながら、パタパタと駆け寄ると。
 物憂げに振り向いた彼の表情が凍った。
「とーさん!!」
 ガタリと大きな音を立て、父親は座っていた椅子から立ち上がった。
 そのまま、椅子は床に倒れた。
「ジェットね、とーさんに会いたかったの・・・!」
 ギュッと腰の辺りに抱きつくと、邪険に振り払われた。
「とーさん・・・?」
 床に強く腰を打ちつけ、涙目になりながら、ジェットは父親を呼んだ。
「とーさん!」
 父親はジェットに向かって冷ややかに首を振って見せた。
「行きなさい、ジェット・・・!」
 そして、大きな声でグレートを呼んだ。
「グレート、グレート・・・!」
 慌しい足音と共に、グレートが現れる。
「いかがされましたが?」
「コレを・・・連れて行け・・・」
「かしこまりました」
 グレートの肩に顔を押し付け、ジェットは大声を上げて泣いた。
「ジェット、いらない子なの・・・?」
「そんなことはありませんよ。さあ、泣くのはおやめください」
 自分は必要が無いのだ。
 そう、ジェットは思った。
 父親の瞳には、拒絶の色しかなかった。
 自室に連れ戻されたジェットは、パタパタと窓辺に駆け寄り。
 飾ってあった家族写真を掴み、床に向かって投げつけた。
 ガシャンと音を立て、ガラス製のフレームが割れた。
「ジェット様・・・!」
「あっちに行って・・・!!」
 グレートを部屋から追い出し、ジェットは一人で泣けるだけ泣いた。

 それから何年も年を重ねたが、父親は相変らず、ジェットから距離を置いていた。
 父親の気を引こうとして、世間で悪いと思われているような事をしてみた。
 未成年で酒や煙草をやっても。賭博に興じて家の金を使い込んでも。女を孕ませても。
 どんな事をしても、叱ってもらったことなどない。
 ジェットには、それが淋しかった。
 何か問題があった時、事後処理をするのは必ず、グレートだった。
「親父の野郎は、オレのコトなんか何とも思ってないんだろ?こうしてお前を寄越すのも、世間体のためだけなんだろうな」
 反省の色も無くジェットが言うと、グレートは困ったように笑った。
「ジェット様が亡くなった母上に良く似ていらっしゃるので、父上はお辛いのですよ・・・」
 そんな言葉、慰めにもならなかった。
 ただ一度でいいから。
 父親に抱きしめて欲しかっただけなのだ。
 ジェットは徐々に乱暴になり、金目当てとしか思えないような友人が周りに集まってきた。
 家の金を使い、何もかもを思い通りにしているのに、ジェットは虚しくてたまらなかった。
 生きていることが、全く楽しく感じられない。

『・・・オレを、愛してくれよ・・・!』
 頬に、白く優しい指先が触れた。
『母さん?』
 振り向くと。
 透き通るような水色の瞳を細め、自分を見つめている人物がいた。
 それは、母親ではなかったけれど・・・。
 キレイな銀糸の髪を揺らし、優しく微笑んでいる。
『・・・大丈夫・・・』
 その人はキュッとジェットを抱きしめて、そう言ってくれた。
『         !』



 ベッドの上で、ジェットはポッカリと瞳を開いた。
 どうやら、夢の中の自分の声で目覚めたらしい。
 夢の中に出てきて、ジェットを抱きしめてくれたのは・・・。
「あの野郎だ・・・」
 アルベルト・ハインリヒ。
 生まれて初めて、ジェットに手を挙げた男だ。
 けれども、ジェットに向かってあんな顔で笑いかけてくれたことなど無い。
 そう思うと、ジェットの胸はジクジクと痛んだ。
 あまり経験したことのない嫌な痛みに苛立ちを覚え。
 手元にあった枕を床に投げつけ、ジェットは虚空を見上げた。
「ちくしょう!何だってんだ、一体!?」



  〜 To be Continued 〜





ずっと更新を止めていて、スミマセン、スミマセン。
ジェットの過去編でーす。
お金はあるけど愛されなかった子供、というイメージです。
愛に渇いてる感じで。
これ以上コメントすると言い訳になりそうなので。
また続きも頑張り・・・ます。






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