限りなく透明に近いブルー
【5】
しとしと、しとしと。
雨が降っている。
その音で、ハインリヒは目が覚めた。
淡いブルーの瞳が、物憂げな光を湛えて揺れた。
こんな雨の日に、彼女は土の中に消えていったのだ。
雨が降る、降る。
今日は仕事がなくて良かったと、ハインリヒはベッドの上でぼんやりと思った。
ハインリヒの生まれ故郷はドイツだ。
そのハインリヒが今、アメリカにいる。
それには、理由があった。
「逃げて来たんだよなぁ」
窓の外、降りしきる雨を眺めながら、ハインリヒは誰にともなく呟いた。
『ねえ、アルベルト。お買物に出かけてくるわね』
若草色の瞳の彼女は、そう言って嬉しそうに笑った。
彼女はまだ、車の免許を取ったばかりで。
運転するのが楽しくて仕方ない盛りだった。
『ダメだ、こんな雨の日に。事故にでもあったら、どうするつもりだ?』
『大丈夫よ。気を付けて行くから』
『ヒルダ!』
尚も異を唱えようとすると、悪戯っぽく笑い、彼女はチュ、とハインリヒの頬にキスをした。
『アルベルトの好きなケーキを買ってきてあげるわ。楽しみにしていて。その代わり、お茶の準備はあなたがしておくのよ?』
『キミには敵わないな・・・。分かったよ』
『それじゃ、行ってくるわね』
微笑みながらヒラリと手を振って、彼女は部屋を出て行った。
それが・・・最後に見た彼女の笑顔になってしまったのだ。
シュンシュンとケトルから湯気が吹く。
ティーポットとカップを出して、ハインリヒは彼女を待っていた。
けれども・・・。
冷たくなった彼女の前で、ハインリヒはただ、号泣することしかできなかった。
啜り泣く彼女の母親、ガックリと肩を落とす彼女の父親の前で、ハインリヒは泣きながら頭を垂れた。
『申し訳ありません。オレが、彼女を止めていれば・・・!』
ハインリヒが悪いのではないと、彼らはそう言ってくれたが、気持ちは治まらなかった。
オレが、殺した・・・!
そんな思いが、ハインリヒの胸の中を渦巻いた。
雨が降る・・・。
彼女の葬儀の日も雨だった。
ポッカリと地面に口を開けた穴に、白い棺が埋められていく。
彼女が、埋められてしまう・・・。
そう思うと見ていられなくて、ハインリヒは視線を伏せた。
涙と雨が交じり合って、顔がぐしゃぐしゃだったが、そんなことは構わなかった。
こんもりと土が盛り上がった墓の前で、ハインリヒは自分の人生の扉が閉じられてしまったような気持ちになっていた。
ずっとずっと、二人で幸せに暮らす筈だったのだ。
生まれ育った国。
その、どこにいても。
彼女との思い出が押し寄せてくる。
息が詰まって、死んでしまいそうだった。
この国で生きていくことは到底出来なくて。
かといって、自ら命を絶つことも出来なかった。
約束を、していたからだ。
『ねえ、アルベルト。私達、ずっとずっと一緒だけれど・・・。でも、もしどちらかが先に天に召されたら、その時は残ったほうが、いなくなった人の分まで生きるのよ。約束よ』
軽い気持ちで頷いていたが、そんな約束はしなければ良かった。
二人で過ごした思い出の国を逃げ出して、そしてハインリヒは、アメリカにやってきたのだ。
この道を彼女と歩いて・・・この街に一緒に来たことがあって・・・。
そんな事を、一々思わなくて済むと思ったから。
「やっぱり、思い出しちまうんだけどな・・・」
窓ガラスを、雨粒が伝う。
雨の日は、嫌いだ。
失ってしまった人の事を、鮮明に思い出してしまう。
忘れたいとは決して思わないが、彼女との思い出が、ハインリヒの胸を締め付ける。
苦しいぐらいに。
「ヒルダ・・・」
名前を呼んで、ハインリヒは枕に顔を埋めた。
小さな、物音がする。
ハインリヒは、ハッと目を開いた。
「おはよう。今日はずいぶんと、お寝坊さんなんだね」
ベッド脇の椅子に腰掛けて、ジョーが笑っている。
どうやら、枕を抱いたまま、眠ってしまったらしい。
「・・・というか、ジョー。なんでお前がここにいるんだ?」
「だって、今日は休みだって聞いてたから。会いたいと思って。いけなかった?」
「いや、そういう訳じゃなくて・・・。どうして、部屋に入ってるんだ?」
「玄関の鍵、開いてたよ。無用心だね」
昨夜は疲れきって帰ってきたので、確かに、鍵をかけ忘れていたかもしれない。
「・・・すまん・・・」
「ちゃんと鍵をかけないとダメだよ。ボクみたいなのが不法侵入してくるからね」
そう言った後、ジョーの瞳がスッと細くなった。
「ねえ、ハインリヒ。ヒルダって、誰?キミの恋人??」
「それは・・・言いたくない・・・」
雨の音が、急に大きくなったように・・・ハインリヒには思えた。
〜 To be Continued 〜
パラレルは、すっごくゆっくり更新で申し訳もなく・・・!
考え考え、書いているので(汗)。
ラストシーンだけは決まっているのですが、
それに到達するまでの話が・・・もごもご・・・。
今回は、ハインさんの過去(?)編でした。
ああ、また24じゃないですね(汗笑)。
というか、しつこいようですが、イワンをどこかで出さないと!
イワン、イワン!!
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