サクラ(前編)
〜 Side Heinrich 〜
桜の花が、好きだ。
上品な薄い紅色をした、花びら。
青い空の下、咲き誇る花。
そよ風に吹かれ、花びらが一枚一枚、ヒラヒラと舞い落ちる様も、美しい。
優雅な風情の、淑やかな、花。
夜桜は、もっと好きだ。
闇夜の中で仄かに白く光を放ちながら、舞い落ちる花びら。
ヒラリ、ヒラリ。
昼間とはまた違った風情があると思う。
時折強い風が吹いて、花びらが激しく舞う様など・・・怖いぐらいに綺麗だ。
・・・魂が、吸い込まれてしまいそうになる。
今年も、桜の季節がやってきた。
ギルモア邸の近くには。
毎年綺麗な花を咲かせ、人々を楽しませてくれる桜並木がある。
その中でも最も大きい桜の木は、ハインリヒの気に入っていた。
桜の木の下に立ち、ハインリヒは、そっと瞳をとじてみる。
瞳を閉じたまま、宙に手を差し伸べると。
フワリ、と優しく、花びらが手の平に落ちてきた。
目を開き、落ちてきた花びらを見る。
自然と、口元が緩む。
可憐で優美な、花びら。
「なんだ?ハインリヒ、この花、好きなの?」
背後から声が聞こえ、ジェットが姿を現した。
「ああ・・・。大好きだ」
答えると、ジェットが不満そうに口を尖らせた。
「花に対抗意識燃やしても、仕方ないと思うけどさ・・・。オレ今、ちょっと妬いてる。キミ、オレに『大好き』なんて言ってくれたコトあるか?」
「・・・バカ」
ジェットの愚痴を軽く流して、ハインリヒは笑う。
「で、ジェット。何か用があって、ここに来たんじゃないのか?」
「そうそう、もうすぐ夕食だからって、フランに言われてさ」
桜の季節は、心が弾む。
軽い気持ちでジェットの腕を取ると、彼は驚きの表情でハインリヒをマジマジと見つめた。
「ホラ、とっとと帰るぞ?」
促すと、ジェットはコクコクと頷き、自分の腕に添えられているハインリヒの手をギュッと握りしめてきた。
「ハインリヒ」
「何だ?」
「オレ今、すっげー幸せvvv」
夕食が終わると、今度は無性に夜桜を見たくなった。
「ちょっと、散歩に行ってくる・・・」
ソファから立ち上がりながらそう言うと、雑誌を読んでいたジェットが、チラリとハインリヒに視線を走らせた。
「また、あの花を見に行くのか?」
「・・・ああ」
「オレも、付いてってイイ?」
ハインリヒは笑いながらその申し出を断った。
「すまないな、ジェット。一人で見に行きたいんだ」
「ちぇーっ!!」
ジェットは軽く舌打ちをした後、
「なんだか花に、キミを盗られた気分だな・・・」
ボソリと呟いた。
「馬鹿なコトを言うな。じゃあ、行って来るからな」
「ほーい」
リビングを出ようとすると、後ろからジェットの声が追いかけてきた。
「あまり遅くならないように帰って来ないと、迎えに行くからな?」
その声に頷いてから、ハインリヒは闇夜に足を踏み出した。
やはり、夜桜は綺麗だと思う。
ハラハラと舞う花びら。
儚くて、美しい。
闇に浮かんで、昼間より尚更に。
木の幹にもたれかかりながら、ハインリヒはじっと、桜の花びらが散る様子を眺めていた。
目の前をフワリと落ちていく花びら。
深い闇でさえも、仄かな桃色に染めてしまう。
飽きもせずに、ハインリヒは桜の花の散る様子を、見つめた。
しばらくそうしてから、そっと瞳を閉じた。
瞳を閉じてもなお、瞼の裏で、花びらが散る姿が見える。
「綺麗だ・・・」
その満足そうな呟きに、答えを返してくる声。
「本当にな。実に、美しい」
ハッとして目を開けると。
紅の瞳が、じっと。ハインリヒを見下ろしていた。
「久し振りだな、アルベルト。・・・桜の花びらの中に佇むお前を見ていると、何とも言えぬ風情がある」
反射的に、身体が逃げを打ったが。
男はそれを許さず、ハインリヒの頭に手を伸ばし、後ろ髪を強く。引いた。
美しいラインを描く顎が持ち上がり、薄くハインリヒの唇が開くと、男の舌が、侵入してきた。
「・・・っ!!」
逃れようともがいたが、桜の木に押し付けられ、逃れられない。
舌を、絡められる。
くちゅくちゅと嫌な音が、ハインリヒの耳に届く。
「やっ・・・やめっ・・・!」
やっとの思いで男の胸元を強く押すと、男はようやく、ハインリヒから唇を離した。
二人の間を、透明な糸が伝う。
男はそれをペロリと舐め、ハインリヒはシャツの袖で乱暴に拭った。
「ふっ、ふざけるな!!」
怒鳴るハインリヒに向かって、男はニヤリと笑って見せた。
「お前の顔は、そうは言ってはいないようだがな、アルベルト?頬が桜の花のように上気して、実にイイ顔をしているぞ・・・」
ハインリヒの頬が、カーッと赤くなった。
その反応を見て、男は、笑う。
満足そうに。
それは、ハインリヒが大嫌いな笑い方だった。
「アルベルト」
名前を呼ばれる。
褐色の指が、頬に触れてくる。
ビクリと身を固めると、軽く、唇にキスをされた。
「もっとイイ顔を見せてもらおうか?」
その紅の瞳に、束縛されてしまう。
・・・逃げられない・・・。
ハインリヒがギュッと瞳を閉じたその時。
カツカツとせわしげな足音が、近付いてくる。
「ハインリヒ!」
深い闇の中、まだその姿も見えないというのに。
紅の瞳を細め、男は振り返る。
そして、低く喉を鳴らした。
「・・・リンクか」
男の視線が、ハインリヒに戻る。
「お前の騎士が迎えに来たようだな、アルベルト?」
スッと男の手がハインリヒの頬に伸ばされた。
身を竦ませると、男はニヤリと笑った。
「そんなに怯えなくてもいい。もう、なにもしない」
褐色の指が、ハインリヒの両の瞼をゆっくりと撫でた。
視界が、暗くなっていく。
薄れ行く意識の中で、ハインリヒは楽しそうな男の声を聞いた。
「アレの顔を見るのも久し振りだ。・・・せいぜい、楽しませてもらうかな・・・」
〜 続 〜
黒44強化月間を記念して、
一気にハインサイド、ジェットサイド、
そしてエンディングとアップするつもりだったのですが。
3回に分けてアップすることに相成りました。
これも管理人が未熟な所為です・・・。
続きは気長にお待ちいただけると幸いです。
4月中には絶対完結です!!
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