サクラ(中編)
〜 Side Jet 〜
桜の花を見に行ったまま、ハインリヒは戻って来ない。
ジェットはソワソワしながら彼の帰りを待つ。
妙な胸騒ぎがした。
本当は、昼間から気になっていたのだ。
そっと瞳を閉じ、宙に手を差し伸べるハインリヒ。
手の平に乗った桜の花びらを見て、微笑むハインリヒ。
・・・儚すぎると思った。
あまりにもキレイすぎて、怖いと思った。
花に、ハインリヒを攫われてしまいそうな。
そんな気になった。
「気になるな・・・迎えに行くか」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、ジェットはギルモア邸を後にした。
月の光が、ぼんやりと青白く辺りを照らす。
静かな街並み。
カツカツとジェットの靴音だけが響き渡る。
胸騒ぎは、収まるどころかますます酷くなるばかりだった。
「ハインリヒ!」
桜の木々の下で、ジェットは彼の人の名を呼んだが。
返事はない。
「ハインリヒ?」
何度かしつこく呼びかけると。
「ジェット・・・」
小さな声が、耳に届いた。
声の方向に視線を向けると、ハインリヒが立っていた。
昼間に立っていた桜の木の近くで。
ジェットに、背中を向けて。
闇の中で仄白く光りながら、桜の花びらがハインリヒの周りを舞う。
美しく散り急ぐその姿に、不吉な何かを感じて。
「ハインリヒ!」
ジェットは、舞い散る花びらの中に佇むハインリヒの名前を呼んだ。
振り返り、ハインリヒは笑う。
・・・唇の端を曲げて。
「・・・ククク・・・」
激しく、風が吹く。
薄紅色に彩られた桜の枝々が、ザワザワと嫌な音を立てて揺れた。
「知っているか?桜の花は、元は純白の花だったそうだ。それが、何故このように美しい薄紅色に染まっているかを・・・お前は、知っているか?」
目の前にいるのは、ハインリヒの筈だ。
雪のように白い肌。氷色の瞳。
それなのに、どうして『あの男』のように笑い、言葉を紡ぐ?
ハインリヒの瞳が、スーッと細くなる。
気分が悪くなるような薄い笑いと共に、彼は言葉を続けた。
「桜の花びらが薄紅色なのは・・・その木の下に死体が埋まっているから・・・。その死体の血を吸って、花は美しい薄紅色に染まるのだよ」
その言葉と笑いに、背筋がゾッと震えた。
「ククク・・・」
喉の奥で低く、ハインリヒが笑う。
ハインリヒじゃない。これは、ハインリヒじゃない・・・。
ジェットは心の中で何度も呟いた。
・・・じゃあ、誰だ?
「どうした?そんな顔をして。私は、お前の大切な大切な、アルベルト・ハインリヒだぞ?」
ニヤニヤと笑いながら、ハインリヒはスッと自分の顔を手の平で覆った。
そして、その顔から手が離れた時。
紅の二つの輝きが、ジェットを面白そうに眺めた。
「リンクよ。久し振りだな」
カッと頭に血が上った。
「てめえ、またハインリヒにちょっかいだしやがったのか!?」
顔色一つ変えることもなく、男は答える。
「人聞きが悪いな、リンク。何度も言うようだが、アレは私のモノだ。どう扱おうと、私の勝手だと思うが?」
「勝手に自分のモノにするんじゃねえよ!ハインリヒはハインリヒだ!!」
「・・・相変わらず、威勢がいいな。面白いことだ」
ジェットの剣幕にも、男は微動だにしない。
それも、苛立たしかった。
「ハインリヒを何処にやった!?」
なおも激しく問いかけると。
・・・褐色の指が、大きな桜の木の根元を指す。
「もう、死体になっている・・・。そう言ったら、どうする?」
「・・・!?」
ザワザワと音を立て、桜の枝は揺れ。
花びらが、狂ったように男の周りを舞った。
「そんな顔をするな、リンク。今のは冗談だ。私とて、アレは可愛いからな。そう易々と殺したりはしない」
胸がムカムカした。
ハインリヒは、モノではないのに。
一人の『人』なのに。
なんでこの男に、こんな言い方をされなければならない?
ハインリヒのために、この男を殺してやろうと思った。
「今日こそ決着をつけてやる!ハインリヒを賭けて、正々堂々と勝負しろ!!」
怖いほどに美しい桜吹雪の中で、男は笑った。
背筋が凍るような、冷たい笑い方で。
「クックククク・・・。リンク。お前はやはり、面白い男だ・・・」
ジェットの視線の先で、男の姿は徐々に薄れていく。
乱れ散る、桜の花びら。
そして、花びらの中に溶け込むようにして。
男は、ジェットの前から姿を消した。
「気を付けるのだな、リンク。お前自身も、桜の下の死体にならないように・・・」
花びらだけが舞う誰もいない空間に。
男の声が響き渡る。
その声に、ハッとして。
ジェットは男が指差した桜の木に駆け寄った。
「ハインリヒ!」
大きな桜の木の下に、ハインリヒはそっと、横たわっていた。
優しい光を灯してジェットを見つめてくれる瞳は、軽く閉じられている。
心地良く耳に響く声を紡ぎ出す唇も、固く閉じられて。
まるで、まるで・・・。
ハラハラと風に舞う花びらが、ハインリヒの髪に、頬に。落ちる。
それが、死者へと手向ける花のように思えて。
ハインリヒがもう、二度と目を覚まさないのではないか?
そう考えてしまう程。
美しすぎてこの世のものとは思えない光景。
「ハインリヒ!!」
抱き上げて、名前を呼んだ。
鼻先に手の平を翳し、呼吸があることを確認して、ホッとした。
軽く頬を叩くと。
「・・・・・・」
氷色の瞳が開き、その瞳の中にジェットの姿が映った。
「ジェット。・・・迎えに来てくれたのか?」
「・・・ハインリヒ」
その存在を確かめるように、髪に触れ、頬に触れ、唇に触れ・・・。
そして。
ジェットはそっと、ハインリヒを抱きしめた。
〜 続 〜
「サクラ」のお話、ジェットサイドです。
ハインサイドよりちょっと雰囲気出せたかな、
と管理人は思っていますが。
いかがでしょう?
残りエンド部分ですが、ハッキリ言って短いです。
あまり期待しないでお待ち下さいませ(滝汗)。
今回、そーゆーシーンとかは皆無なのですが、
黒44はウチの表とは雰囲気が全然違いますので、
裏部屋でのアップとなっております。
ご了承下さいませ。
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