夜の幻影



 会いたい人に、電話をかける。
 受話器の向こうの『彼』の声は不機嫌そうで。
 それを知っていながら、オレはわざとにこやかに話しかける。
「シュヴァルツ。どうして家に帰ってこないんだ?休暇を静かに過ごしたいって言うんだろうが・・・。だったらオレが、会いに行く」
 声は不機嫌なまま、しかし『彼』は、オレの訪問を了承した。
 もうすぐ、会える。
 心がざわめくのは、喜びのせいか?

 ・・・そしてオレは、会えるまでの日々、夜な夜な『彼』に会いに行く。
 もうすぐ会えるのに何故?
 眠っている自分の身体から、スルリともう一人の自分が抜け出ていく。



「シュヴァルツ?」
 その時オレは、子供の姿で『彼』の前に姿を現した。
 今『彼』が過ごしている別荘の、池のほとりで。

 確か、初めて会ったのは5歳の頃だった。
 『彼』の両親が死に、『彼』は祖父に引き取られたのだ。
 その頃のオレは、全く気付かなかった。
 祖父は、『彼』のことを良く思っていなかった。
 オレ達は、顔の造りがとても良く似た従兄弟同士だった。
 周りの者は皆、そう言ったが。
 オレは『彼』を自分などよりずっと、キレイだと思った。
 紅の瞳に強い意志の光を湛えた『彼』を、子供心に眩しく思ったものだ。

「お前はオレの従兄弟だと聞いた。オレは、アルベルトだ。よろしく」
 『彼』の手が、オレの胸元に触れる。
 そのままトンと軽く押され、オレはゆっくりと池の中に倒れ込む。
 『彼』の手は静かにオレを水の中に沈め、オレは声もなく沈んでゆく。



 次の晩、オレは少しだけ成長した姿で、彼の前に現れる。
「どうしてオレと同じ学校に来なかったんだ?しかも、寮に入ってしまうなんて・・・。一緒に通えると思って、楽しみにしていたのに」
 今では、知っている。
 祖父が、そうしたのだ。
 けれども若いオレは、何も知らないままに『彼』を責めた。
 『彼』が、じっとオレを見つめる。
 その紅の瞳の色が、悲しい。
 『彼』はスッと、オレの首筋に手を伸ばした。
 指に力が込められ、締め付けられる。
 オレは、静かに瞳を閉じた。

 そうしてオレは、何度も何度も『彼』に殺される。
 けれども、それは少しも苦痛ではなく。
 甘い陶酔をも誘ってくれる。
 ・・・『彼』になら、殺されても構わない・・・。



 殺される度に、オレは成長する。
 今夜、『彼』に殺されたのは、16歳の頃のオレだ。
 16歳の誕生日にオレが買ってもらったナイフで、『彼』は俺を殺した。
 オレを殺した後、『彼』は決まって、酷く辛そうな表情をする。
 そんな顔をしなくても良いのに。

 何か大切なことを伝えたいのに、伝えることも出来ないまま。
 オレは、『彼』に殺される。
 毎夜、毎夜。
 繰り返し。



 『彼』に会える日の、前日の晩。
「シュヴァルツ」
 書斎にいた『彼』の前に姿を見せると。
 気だるげな表情で、『彼』はオレを見つめた。
「・・・アルベルト」
 なんて、暗く沈んだ瞳の色。
「今夜は幾つになった?・・・もうすぐ、『今』のお前になるようだが・・・」
 ガタリと音を立て、『彼』が椅子から立ち上がる。
 そして今日も、『彼』の指がオレの首筋に伸びた。
「早く済ませてしまうに限る。もう、お前の顔は見ていたくないからな」
「シュヴァルツ」
 オレは、『彼』の名を呼んだ。
 ようやく、分かった。
 伝えたかった、大切なこと。
「シュヴァルツ。お前はオレを、愛してくれているんだろう?」
 『彼』の紅の瞳が、大きく見開かれた。
 そんな切ない瞳で、オレを見つめないでくれ。
 オレは、『彼』を見つめたまま、静かに微笑んだ。
「いいさ。いくらでも殺されてやる。オレは、幻だから」
 そうだ。オレも、愛している。
「だから、最期に。抱きしめて、キスをしてくれ」
 広い背中を抱きしめようと、腕を伸ばす。
 黙ってオレを見つめた後。
 『彼』の指がオレの頬に触れ、オレは瞳を閉じた。
 唇を、重ねられる。
 その唇は・・・ひどく、冷たかった。
 そのままオレ達の身体は、床に倒れ込む。
 オレは、『彼』の背中を抱きしめていた腕の力を、強くした。

 その晩。
 ・・・『彼』は・・・。
 オレを殺さなかった。



 カチャリ。
 オレのいる部屋のドアが開く。
 ドアを開いたのは・・・『彼』だ。
 久し振りに会ったはずなのに、全く久し振りの気がしないまま。
「シュヴァルツ」
 オレは、『彼』に笑いかける。
「どうしたんだ?寝過ごすなんて、お前らしくない」
 オレの問いかけには答えず、
「良く来たな、アルベルト」
 『彼』は、穏やかに微笑んでみせるけれど。
 瞳に、愛憎の光が揺れている。
 オレは、愛されているのか?
 それとも、憎まれているのか?
 そんなことは、どうでもいい。
 オレは、愛している。
「オレもしばらく、こっちにいるよ。会うのは久し振りで、積もる話も色々ある・・・。いいだろう?」
「・・・ああ」
 美しい、紅の瞳。
 今も昔も、そしてこれからも変わらず、『彼』の瞳はオレを見つめて悲しく揺れるのだろうか?


 殺されてもいい、『彼』になら。
 幻のオレではなく、現実のオレが殺されても。
 それで、『彼』が満足するのなら。
 『彼』の長い指がオレの首筋に伸びる時・・・。
 オレはやはり。
 ただ、静かに瞳を閉じるだろう。
 


〜 END 〜


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今回のSSは、私の大好きな漫画家さん、波津彬子さんの「夜の幻影」というお話を、
黒44テイストに仕上げたものです。
原作だと、殺す側の視点でお話が書かれていますが、
今回44アレンジするに当たって、殺される側の視点にしてみました。
読んだ瞬間、絶対黒44!!!と思ったもので・・・。
原作は絵も幻想的で素晴らしいので、是非皆様も読んでみて下さいませ。





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