BAD MEDICINE







 静かな階段に、ジェットの靴音が響いた。
 どうにも、急ぎ足になってしまう。
 ・・・部屋では、ハインリヒが待っているはずだ。
 わざわざ仕事を休んで、ドイツから会いに来てくれた。
 ホントは今日は、自分も仕事を休んでしまおうと思っていたぐらいで。
 ハインリヒが『しっかり仕事をして来い』と背中を押してくれたのが少し恨めしいぐらいだ。
「ただいま」
 玄関口での『ただいま』の挨拶に返事はなく。
 ジェットは、首をかしげた。
「ハインリヒ?」
 名前を呼びながら部屋に足を踏み入れる。
 部屋の真ん中に、テーブルがひとつ。
 椅子がふたつ。
 部屋の奥の方にある椅子が、ハインリヒの指定席だ。
 その椅子に腰掛けて・・・。
 ハインリヒは腕を組み、うつらうつらとしているようだったが。
 ジェットの声に気付いたのか、色素の薄い瞳を開いた。
 そしてその視線が、ジェットに向けられる。
「ジェットか・・・。お帰り」
 羽織っていたジャケットをハンガーにかけながら、ジェットは尋ねた。
「疲れてるのか、ハインリヒ?」
「疲れているというか・・・少し、頭痛がするような気がしてな」
 こめかみを指で押さえ、苦笑しながらハインリヒは言った。
「こんなオレが頭痛なんて、可笑しいかも知れんが・・・」
「可笑しくなんかないさ。オレなんかいつも、頭痛薬持ち歩いてるぜ?」
 ポケットの中身をひっくり返し、ジェットはその中に薬のカプセルを見つけて、ハインリヒに向かって放り投げた。
「それ飲んで、先に寝てれば?オレもすぐ後から行くからさ。せっかくキミが休暇を取って会いに来てくれたんだ。体調不良は今すぐに直してもらわないとな」
「・・・ありがとう」
 先はまだ長い。今無理して、残りの休暇を台無しにする必要はない。
 そう思い、ジェットは一人細く笑んだ。



 しばらくの時が過ぎ。
 寝室の明かりをつけたジェットは苦笑した。
 上掛けもかけず、ハインリヒはベッドの上でクークーと眠っていた。
「ハインリヒ〜?ちゃんと、ベッドの中で眠れよ」
 言いながら、ハインリヒに上掛けをかけてやると。
 ハインリヒがぽっかりと目を開いた。
「ふにゃ?ジェット〜??」
 はあぁ?
 ジェットの目が点になった。
 今、ハインリヒはなんて言った!?
 『ふにゃ』とか言わなかったか!?
 いくら寝ぼけているとはいえ、気が遠くなるほどの長い付き合いの中で、ハインリヒが『ふにゃ』などという言葉を発したことはなかった。
 そんなジェットの目の前で。
「あっつー」
 呂律の回らない口調で言いながら、ハインリヒはベッドの上に身を起こし、黒いタートルネックのシャツを脱ぎだした。
「なんだか、身体が熱いぞ〜」
「わ〜っ!!!待て待て待て待て、ハインリヒ!!!!!!」
 ジェットは慌てて、ハインリヒのシャツを引っ張り戻した。
 フランソワーズなどが今のこの場面を見ていたら、楽しそうに笑うに違いない。
「あらぁ、ジェット。いつもハインリヒを脱がそう脱がそうとしてるのに、いざハインリヒが脱ごうとする時は着せるワケ?おかしな人ねぇ」
 閑話休題。
 服を着せなおそうとするジェットに、ハインリヒは不満げな視線を向けた。
「あっついって言ってるだろ?邪魔するな〜」
 しかし、口調には全く迫力がない。
 一体何なんだ!?
 ジェットは激しく動揺していた。
 別に酒も飲んじゃいないし、それなのに、ハインリヒのこの乱れ様はなんだ?
 ジェットの動揺の間に、ハインリヒの瞳が、スーッと細くなった。
 白い手が、ジェットの頬に伸ばされて。
 両頬を、包み込まれた。
「ジェットの頬は、ひんやりだ〜」
 ・・・色っぽい。
 潤んで光る瞳。
 頬が淡く色づいている様に、心臓がバクバク音を立てた。
 そんなジェットの気持ちを他所に、ハインリヒは次に、ジェットの頬に自分の頬を摺り寄せてきた。
「つめたくて気持ちイイな・・・」
 うわ〜!?!?!?
 心臓がバクバクするどころか、胸の中から飛び出そうな勢いだ。
「ジェットぉ」
 鼻にかかったような甘え声で名前を呼ばれて、ギューっと抱きしめられた。
「もう、あっつーい。とにかく熱いんだ。どうにかしてくれ〜」
 熱い息が、耳元にかかった時。
 プツリ。
 ジェットの中で理性の糸が切れた。
「はっ、ハインリヒっ!!!」
 ガバっとそのまま、ハインリヒをベッドに押倒した。
 唇を重ねて、キス。
 随分と余裕のないキスなのだろうな・・・などと頭の片隅で妙に冷静に考えながら、ハインリヒの舌を絡め取った。
 いつもはぎこちなく応えてくるハインリヒの舌が、積極的にジェットを求めてくる。
 うわー、うわー・・・。
 下半身がひどく昂ぶっているのが、自分でも分かる。
「ん・・・ぷはぁっ」
 唇が離れると、ハインリヒが苦しげに息をついた。
 宥めるように髪をなでながら、ジェットはハインリヒの服を剥ぎ取っていった。
 そっと秘所に指を押し当てると。
「やっ・・・」
 ビクリとハインリヒの身体が震えた。
 ハインリヒは普段から感度が悪い方ではないのだが。
 今日は、いつもよりずっと感度がいいように思える。
 そのまま指を押し込むと、キツく締め付けられたが。
 構わずに、指を動かし続ける。
「んん〜。ジェットぉ。あっ・・・」
 悩ましげに、ハインリヒの腰が動き、唇からはひどく情欲をそそる声が漏れる。
「ハインリヒ、気持ちイイ?」
 指の本数を増やしながら、ジェットはハインリヒの耳元で囁いた。
「すっごく濡れてるよ・・・?」
「・・・気持ち・・・いいっ・・・」
「ん。いいお返事。ご褒美あげようか?」
 先走りの液体で濡れるハインリヒ自身に指を絡ませると。
「ダメっ・・・ジェット・・・。もっ・・・頼むからっ・・・!」
 ガクガクと腰を震わせながら、ハインリヒが小さく悲鳴を上げた。
「オレの、欲しい?」
 前と後ろを同時に責めながらたずねると、ハインリヒが小刻みに頭を縦に振った。
「言ってくれなきゃ分からないけど?」
 少し意地悪くそう言うと、涙で濡れた瞳がジェットを見つめた。
「んっ。欲しい・・・。ジェットと、一つになりたい」
「良く出来ました」
『一つになりたい』
 その言葉が嬉しくて、ジェットはハインリヒの頬に軽くキスを落とした。
 そしてせわしげな手つきで自分の衣類を脱ぎ捨て、自分自身をハインリヒの中に押し込んだ。
「んっ・・・はああっ!!!」
 仰け反る首筋に、自分の痕をつけたくなる。
 強くキスをすると、白い肌にクッキリと、赤い印が刻み込まれた。
「ジェット・・・」
 甘い掠れ声で名前を呼ばれる。
「んっ・・・何・・・?」
「頼むから、もっと・・・」
「もっと激しくして欲しい?」
 クスリと笑って、ジェットはハインリヒの足を高く抱え上げ、動きを激しくした。
「ハインリヒの中・・・すっごく気持ちイイ・・・」
「ひあっ・・・んん・・・ジェッ、ジェットぉ・・・・っ!!」
 ジェットの腰の動きに合わせ、ハインリヒの腰も動く。
「ハインリヒ・・・オレ・・・くっ・・・」
「ジェット・・・あ、もうっ・・・イクっ!あああっ・・・!!!」
 自身の放った精でハインリヒの白い下腹部が濡れる。
 ジェットもまた、ハインリヒの内部に自分の精を散らした。

 呼吸を整えながら、ハインリヒから身体を離そうとすると。
 ハインリヒの手が、ジェットの背中に回った。
「もっと、して欲しい・・・」
 背中に回された腕に、キュッと力が込められる。
 その言葉に、その仕草に、自身が力を取り戻すのが分かる。
「キミが嫌でなければ、オレは何ラウンドでもOKだけど?」
「ジェット・・・んっ・・・あっ・・・」
 繋がったまま、ジェットは再び腰を動かした。
「あ・・ああっ、ジェット、ジェット・・・」
卑猥な水音と荒い呼吸、そして甘い喘ぎが二人だけの部屋の中に響き渡った。



「ふう」
 事が終わり、ジェットは優しい瞳で傍らに眠る人を見つめた。
「今日はキミ、一体どうしちゃったんだろうな?」
 自分の腕の中でいつになく乱れた恋人に囁きかけながら、ジェットはハッとした。
 あの、薬ではないか??
 ハインリヒに渡した、頭痛薬。
「まさかな・・・。だってオレ、あれ飲んでも全然なんともないし・・・」
 言い訳のように呟いて。
 ジェットは恐る恐るベッドサイドの電話に手を伸ばした。
 プッシュするナンバーは・・・。
「もしもし?」
「あ、ギルモア博士?オレ、ジェットだけど・・・」
「どうしたね、突然?」
「あのさぁ、ハインリヒに市販の薬を飲ませたらいけないのかなぁ?」
「飲ませたのかね?」
 ドギマギシながら、ジェットは答えた。
「あっ、ああ。頭が痛いっつーもんだから、頭痛薬を少し・・・」
「ハインリヒに、市販の薬など飲ませたらいかん!」
 受話器の向こうでギルモア博士はしっかりハッキリとそう言った。
「ハインリヒは、知ってのとおり機械のどんな副作用が出るか分からんからな。具合が悪いときは、すぐにワシのところに来るように言っておきなさい」
「はい・・・」
「で?どんな副作用が出たんじゃね??」
「えっと・・・ちょっと熱がって・・・」
 その後、ギルモア博士としどろもどろの会話を交わし、ジェットは疲れ果てて受話器を置いた。
「マジかよ・・・。オレって、もしかしなくても犯罪者??」
 ジェットが着せてやったパジャマを身にまとい、スヤスヤと眠るハインリヒに視線を走らせ、ジェットは頭を抱えた。
「でも、知らなかったんだよ〜」
 サラリと流れる銀の髪に指を滑らせる。
「ん・・・ジェット・・・」
 起こしてしまったかとビクリとしたが、ハインリヒはそのまま、気持ちよさそうに眠っている。
「ゴメンな。もう絶対、薬なんて勧めないから・・・」
 明日、ハインリヒになんて言おう・・・。
 思いながら、ジェットはハインリヒの隣でゴロリと横になり。
 知らない間に、深い眠りに落ちていった。



 翌朝、ハインリヒは見事なほどに何も覚えていなかった。
 大分遅れて起き出してきたジェットに、ハインリヒはニコリと笑いかけながらこう言った。
「おはよう、ジェット。昨日のお前の薬、良く効くな。今日はもう、スカッとさわやかな気分だ。あ、そう言えばお前、オレにパジャマを着せてくれただろ?ありがとうな」
 記憶に残らないなら、また薬を勧めてもいいかも・・・と、自分の中の悪魔が囁いたが。
「やっぱり、いつもどおりが一番!!」
「は?何だ、いきなり??」
「なっ、なんでもないって」
 ジェットは顔を洗いに洗面所に向かった。
 ハインリヒが朝食を作るいい香りが、こちらまで漂ってくる。
「やっぱり、普通が一番だよな・・・」
 自分に言い聞かせるように呟き、ジェットはゴシゴシと顔を洗った。


〜 END 〜




−−−−−−−−−−−−−−−−−−

裏キリの1924(イク24)を申請していただいた、桐子響様からのリクですv
薬を飲んでハインがちょっとおかしくなっちゃって、
ジェットはどぎまぎしながらもそんなハインを美味しくいただいてしまう。
というような内容のリクをいただきました〜。
そして、このような作品になりました。
だんだん、えっちシーンもこなれてきました(??)。
響様にお気に召していただければ幸いですvvv
今後ともどうぞよろしくお願いいたします〜。







ブラウザを閉じてお戻りください