第三話




 確かに、名前を呼ばれて。
 その人は、自分の側にいたはずだ。
 それなのに。
 目が覚めると、ジェットは一人だった。
「・・・ハインリヒ?」
 まだ少し翳む目で辺りを見回したが、部屋の中にはジェット以外誰も存在しない。
 つい先刻まで、側にいたはずだ。
 ハインリヒが。
 優しくジェットの名前を呼んでくれて、額に、頬に触れてくれて。
 口唇に、キスしてくれた。
『愛してる・・・』
 囁かれて、そして、キレイな涙がジェットの頬を・・・。
 ・・・涙・・・?
 慌てて自分の頬に触れてみると、涙の滴が指先に触れた。
 どうして、姿が見えないのだろう?
「ハインリヒ・・・!」
 呼んでみても。
 ただジェットの声だけが、室内に響いただけだった。

『・・・さようなら・・・』

 最後に小さな声で呟かれたのは、別れの言葉・・・?
 そんな筈は無いと心の中でその言葉を打ち消しながらも。
 どうしようもなく胸騒ぎを感じて、ジェットはベッドから身を起こした。
 ハインリヒを助けなければ・・・。
 理屈ではなく直感で、そう思った。
 立ち上がろうとして身体のバランスを崩し、そのままベッドから転がり落ちた。
 そのまま身動きが取れなくなり、ジェットは舌打ちした。
「ちくしょう・・・!」
 パタパタパタ・・・。
 軽快な足音が聞こえてくる。
 部屋のドアがバタンと開き。
「ハインリヒ!ジョーが・・・」
 頬を紅潮させて部屋に飛び込んできたフランソワーズの瞳が、大きく見開かれた。
 ハインリヒの姿はどこにも無く。
 その代わりに、ベッドサイドに倒れているジェットの姿が目に入ったからだ。
「フランソワーズ・・・」
「ジェット!アナタも目が覚めたのね!」
「・・・ハインリヒは・・・?」
 取りも直さず尋ねたジェットに、フランソワーズは静かに答えを返した。
「私も、今聞こうと思ったの。ハインリヒは、どこにいるの?」
「目が覚めたら、姿が無かった」
「ずっと、アナタについていたのよ?急に姿を消すなんて、どうして??」
「オレが聞きたい」

 優しいキスと一雫の涙をジェットに残して。
 アルベルト・ハインリヒは突然、仲間の前から姿を消した。



 すぐにでもハインリヒを探しに行くと言い張るジェットを、フランソワーズは宥めた。
「ダメよ、ジェット。まだ身体が本調子じゃないのに。ハインリヒの事は、私達に任せて・・・」
「他の誰でもない、ハインリヒの事だぞ!?他人任せにしておけるか・・・!」
 無理矢理寝かされたベッドの上で、ジェットはイライラと怒鳴った。
「ジェット・・・」
 俯いたフランソワーズの姿に、心が痛んだが。
 譲る気は全くなかった。
「ねえ、ジェット」
 おもむろに口を開いたのは、ピュンマだった。
「キミ達がいた部屋には、争った形跡は全くなかった。だから、ボクは考えてみたんだ。ハインリヒは、自らが望んで、ボクらの前から姿を消したんじゃないかって。または、彼がほんの少しも抵抗できないような強大な敵が現れたのかも知れないけれど。もし、彼が望んで消えたとしても、それでもキミは、彼を探すのか?」
 ジェットは真っ直ぐに顔を上げ、ピュンマを見つめた。
「オレの答えは一つ。探しに行く。敵に捕らわれているのなら、助け出すまで。望んで姿を消したとしても、絶対に探し出して、オレ達に納得のいく説明をさせる。イキナリ姿を消すなんて・・・オレは、認めない」
「そう。キミの気持ちは良く分かったよ」
 ピュンマはフランソワーズの肩に手を置いた。
「行かせてあげたら?そうしないと、ジェットの気は治まらないと思うよ」
 その隣で、ジェロニモが静かに頷いた。
「オレも同意見だ・・・」
 そんな二人を交互に見つめ、ジェットはニヤリと笑った。
「ハインリヒのコトは、オレに任せときな。オレが絶対に、連れ戻してやる」
「心当たりはあるのか・・・?」
「ドイツ。何となくだが、そう思う」
 それはただの勘だったが、ジェットはハインリヒに対する自分の勘を信じていた。
「・・・じゃあ、私たちは別の場所を探してみるわね」
俯いていたフランソワーズが顔を上げ、半分泣き出しそうな顔で、ジェットに笑いかけた。
「ああ、頼んだ」
「でも一つだけ約束してね、ジェット。絶対に、無理はしないって」
「・・・約束するさ」
 ジェットはパチリとフランソワーズにウインクして見せた。



 そうしてジェットは、ドイツの地を訪れた。
 BGから抜け出した後。
 一度だけ、足を踏み入れたことがある。
 その時、ハインリヒはジェットの隣で静かに微笑んでいたのだ。
 今、隣にその存在はない。
 そう思うだけで、ひどく、胸が苦しくなった。
「キミが望もうと望まなかろうと。絶対に、見つけてやる」
 決意に満ちた表情で呟き、ジェットはその街並みに足を踏み入れた。



〜続〜







3話目ですが、ちょっと自分で時間の流れが分からなくなりつつあります。
(↑ダメじゃん・・・)
一応原作設定でやってるつ・も・りなのですが、
何かおかしな点がありましたら、ご指摘ください。
私、頭悪いので・・・。
これで半分ぐらい話が流れたような気がするので、
多分全部で6話ぐらいになると思います。



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