第五話
ハインリヒを探して、まずはベルリンの街を歩いた。
髪の毛一筋でも目に入れば、絶対に彼だと分かる。
そう、思いながら。
すれ違う、多くの人々。
しかし、その中にハインリヒの姿はない。
探しても、探しても。
・・・この街にはいないのか・・・?
確たる証拠もないままに、何となくそう感じた。
ジェットは、ハインリヒに関する自分の勘を信じた。
巨大なその街を出て、ジェットは心の赴くままに、南へと向かった。
そして、本当に何気なく足を踏み入れた、山の麓の小さな温泉街。
小ぢんまりとした宿屋のドアを開けた。
「いらっしゃい」
主人らしき男が、ジェットを迎えた。
「泊まらせてもらいたいんだが・・・」
「どうぞ。お食事の用意を致しましょう」
食事を取りながら、ジェットは主人に声をかけた。
「長閑な街だな」
「皆さん、そう言われます。ですが・・・最近は、そうでもないんですよ」
「へえ。どうして?」
「出るんですよ・・・」
声をひそめて、主人は言った。
「この街から出て山に入ると、古い城があるんです。不思議なことに、一年中紅い薔薇が咲き乱れているんですがね。そこに・・・」
「おやまあ!アンタ、また幽霊の話をしているのかい?」
カラカラと、主人の妻が笑う。
「あたしは全く信じてないよ」
「うるさいっ!隣の奥さんも見たと言っていたぞ」
妻に向かってふくれてみせてから、主人はジェットに向き直った。
「そこに、最近出るようになったんですよ。ひどく青白い顔をした、白銀の髪の幽霊がね」
「白銀の髪!?」
「薔薇の花を摘みに行った街の人間が、何人か目撃してましてね。ただ突っ立って、ボーっと薔薇を見つめているだけなんですが・・・目が会うと、パッと消えてしまうそうなんです」
「アンタは本当に、噂話が好きだねぇ」
呆れたように言いながら、彼女はジェットにお茶のおかわりを注いでくれた。
「へえ、幽霊か・・・面白いな」
幽霊なんかじゃない。
ジェットは思った。
「その幽霊は、男なのかい、女なのかい?」
話の相手をしてもらうのが嬉しいのか、主人は重大な秘密を話すかのように、ジェットに囁いた。
「ひどく物悲しい表情をした、綺麗な男の幽霊だそうで」
白銀の髪。綺麗な、男。
自分はその人物を知っているはずだと、ジェットは確信した。
・・・幽霊なんかであるものか。
「オレ、興味があるな。食事が終わったら、その城とやらに 行ってみることにしよう・・・」
独り言のように呟くと、自分の話を信じてもらえたと思ったのか、主人は嬉しそうに笑った。
「お客さん、本当に見たら教えてくださいよ。私は信じているんですが、妻のヤツが信じないもので・・・」
「アンタは実際に見たことはないのか?」
「私はこういう話は好きなんですが、実際に見るとなるとからっきしで・・・」
「この人は、意気地がないんですよ」
主人の妻は、ジェットにパチリとウインクして見せた。
「うるさいっ!!」
「本当のコトじゃないか」
仲睦まじい二人の様子に、ジェットはクスリと笑った。
「ご馳走様。それじゃあオレは、これから早速、その城に行ってみようかな・・・」
街を出て山の中を数十分歩き、ジェットはその城の前に辿り付いた。
古城と呼ぶに相応しい佇まいのその建物の周りには、冷気のようなものが立ち込めていた。
ここに、ハインリヒがいるのだ。
青白い顔をしていると、店の主人は言っていた。
そうだ、ハインリヒは今、幽霊と間違われてしまうほど、青い顔をしているのだ。
胸が騒いだ。
そして、ハインリヒを心配に思った。
重々しい正門から、城の中に足を踏み入れる。
自分の足が、微かに震えているのが分かる。
もうすぐ、会える・・・?
カツン、カツン。
ジェットが歩く度に、石畳が無機質な音を立てる。
広い城の中を、当てもなく、ジェットは歩き回った。
暗い廊下を進んで行くと。
薄明かりの漏れている部屋があった。
・・・この部屋だ!
思うや否や、ジェットはその重いドアに手をかけた。
ドアを押し開き、パッと視界が開け。
「!?」
ジェットは、その場に固まった。
捜し求めていた人は、今、ジェットの目の前にいた。
真っ白なベッドの上で、褐色の肌を持つ男に、うつ伏せに組み敷かれながら。
二人の視線がジェットに走り。
一人は紅い瞳を細め、口唇の端を曲げて笑った。
そしてもう一人は・・・居たたまれないと言った様子で、シーツに顔を埋めた。
「ハインリヒ・・・!」
「アルベルト。お前の大切な大切な、リンクがお呼びだぞ。んん?」
ハインリヒの耳に息を吹きかけながら、男が囁いた。
その低い囁き声は、ジェットの耳にも届く。
ハインリヒの耳朶を舐りながら、男は腰を動かす。
「やっ・・・ああっ・・・」
ぐちゅぐちゅという卑猥な水音に、ジェットは耳を塞ぎたくなった。
「あァっ!ふあぁ・・んっ!!!」
「リンクに見られて、感じているのか?」
「ちっ、ちがっ・・・!ああっ」
「ふん・・・お前のココは、いつもより良いと言っているようだが?」
「はぁんっ・・やっやめっ・・!!」
褐色の腕の中で、白い身体がしなる。
シーツに顔を押し付け、何とか声を殺そうとしている様子が見て取れたが、男はそれを許さなかった。
「声を出せ、アルベルト。これは、命令だ」
「ん・・・うあっ・・」
自分でない男の腕の中で、ハインリヒが昇りつめていく。
「あ、あっ・・ああっ・・・」
凍りついたように。
その場に立ち尽くす事しか出来ないジェットの前で、
「あ、んぁっ、ああ〜っ!!」
ハインリヒは絶え間なく嬌声を上げ、ついに男の腕の中で果てた。
白い双丘から、男はズルリと自身を抜いた。
「う・・うぁ・・・」
ハインリヒの身体が、震える。
いつの間にか身に纏っていた黒いマントを無造作にハインリヒの身体に被せ、男はジェットを向いた。
「リンクよ。呼ばれもしないのに、一体何をしに来た?」
その言葉に、ハッと我に返る。
ハインリヒをこんな目に合わせて。
男が、そして自分が許せなかった。
ジェットは、瞳に苛烈な光を宿し、臆することなく男に視線を合わせた。
「何をしに来た?答えは一つだ。ハインリヒを、取り戻しに来た!!」
「取り戻す?アルベルトを??コレが望んだのだぞ、私のモノになる事を・・・」
「ハインリヒ!」
ジェットは、ハインリヒに向かって呼びかけた。
「キミは、本当に望んだのか!?答えろ!!」
黒いマントの隙間から、白銀の髪が零れた。
淡いブルーの瞳が一瞬だけジェットに向けられ、すぐさま逸らされる。
マントの下に隠れた身体が、微かに震えた。
「ハインリヒ・・・!」
「あまりしつこいと、愛想を尽かされるぞ?」
「黙れ!」
ジェットと男の間に、青白い火花が飛んだ。
〜続〜
全6話の予定でしたが、完結までもう少しかかりそうです・・・。
あと、短い話が3話ぐらいにはなりそうな予感。
久々の黒44+2なので、気合が入ってますが、
あんまり空回りしないように気をつけます。
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