第六話
ハインリヒが好きだった瑚珀の瞳が燃えている。
願いは、叶った。
彼に、生命が戻る事を願った。
その願いを。
つい先刻、自分を組み敷いていたこの男が叶えた。
その見返りとして、ハインリヒは男の物になったのだ。
後悔など、していない。
後悔なんて・・・。
シーツに顔を押し当てたまま、ハインリヒは自分自身に言い聞かせた。
「ハインリヒ!」
強く名前を呼ばれ、身が竦む。
・・・どうして、ここまで来たんだ?・・・
見られたくなかった。
他の男に抱かれている姿など。
見られたくなかったのに。
「お前の命と引き換えに、アルベルトは私のモノになった。アルベルトが、そう望んだのだ」
男の言うとおりだった。
ただ、ジェットの生を望んだ。
生きていて欲しかった。
輝く琥珀色の瞳が、温かな笑顔が好きだったから。
まるで、真夏の太陽のように明るくて眩しいジェットを。
愛していたから。
失いたくなかったのだ。
愛していたから・・・?
違う。
今でも・・今でも、愛してる。
「ハインリヒ!」
その声が、責苦のように感じられる。
名前を、呼ばないでくれ・・・。
「ハインリヒ・・・キミの居ない世界に、幸せなんかあるか!?キミを犠牲にして、オレだけが安穏と生きていく・・・?ふざけるな!!」
ジェットの声が、聞こえる。
ハインリヒが好きだった声だ。
もう一度聞けるなんて・・・思ってもいなかった声。
けれどもその声は厳しくハインリヒを責めた。
そして。
カチリ。
微かな金属音が耳に届いた。
「キミがオレ達の・・・いや、オレのためにその身を犠牲にしたように。オレだって、キミのために命を賭けることが出来る」
一体、ジェットは何を・・・?
そっと視線を上げたハインリヒは、ハッと息を飲んだ。
こめかみにレイガンを押し当て、ジェットはひどく真剣な表情でハインリヒを見つめていた。
「脳みそにブチ込めば、流石に死ねるだろ。なあ、ハインリヒ。キミの願いは、オレの命なのか?だったら、オレは死んでやるよ。そうすれば、キミの願いは叶わない。愛してもいない男に身体を任せる必要もない。キミは、自由になれる」
イヤだ。
声を出そうとしたが、出すことが出来ず。
ハインリヒはガクガクと、大きく首を横に振った。
ジェットと、視線を合わさないようにしながら。
けれども、必死に。
「ハインリヒ・・・」
そんな優しい声で呼ばれたら・・・。
「最期のお願いだ。オレの目を見てくれ」
恐る恐る、ハインリヒはジェットに視線を当てた。
その瞳は・・・どこまでも優しくて。
思わず、涙が零れそうになる。
「ジェット・・・」
「愛してる」
ハインリヒに向かってひどく穏やかに笑いかけ、ジェットはトリガーを引こうとした。
ジェットの命と引き換えにハインリヒの所有者となった男は・・・薄く笑いながら、その様子を見つめている。
「止めろっ!約束したはずだ、ジェットの生命を!!」
悲鳴のような声を上げ、ハインリヒは男を見上げた。
「ジェット!!」
その瞬間、ジェットの手の中で、ボロボロとレイガンが崩れ落ちた。
信じられないような思いでジェットを見つめるハインリヒの瞳を、紅の瞳が覗き込んだ。
「アルベルト。私は、確かに約束したな。リンクの命を。今この場でリンクを失えば、お前も生きてはいまい。それではつまらん。だから一度、手を引いてやろう」
冷たい指先が、ハインリヒの顎を持ち上げる。
そして軽く重ねられた口唇も・・・冷たかった。
「忘れるな、アルベルト。お前は、私のモノだということを・・・決して」
男の身体が、空気に溶け込むようにして消えてゆく。
「ほとぼりが冷めた頃に、また・・・」
その一言を残して。
二人の視界から、男は姿を消した。
「ハインリヒ・・・」
「近付くなっ!どうして・・・どうして・・・!!」
やはり、ジェットの顔をまともに見ることが出来ず、俯いたまま、ハインリヒは叫んだ。
「決まってるだろう?キミを、救いに来たんだ・・・」
コツコツと、靴音が近付いてくる。
顔を上げることの出来ないまま、ハインリヒは哀願した。
「ダメだ。頼むから、近付かないでくれ・・・」
「どうして?」
どうして?
それはこちらが言いたいことだ。
オレは、オレは・・・。
別の男に、抱かれていたんだぞ?
足音が止まった。
今、自分の目の前にジェットが立っていると思いと、身体が震えてしまう。
「ハインリヒ」
その声はどこまでも優しく。
ハインリヒは、涙が零れそうになるのを必死で堪えた。
頬に触れてきた指は・・・先ほどまで自分に触れていた指と違って・・・とても、温かく感じられた。
「頼むから、オレを見てくれ・・・」
「ダメだ・・・」
大きな手の平で両頬を包み込まれ、半ば無理矢理、顔を上げさせられる。
「ハインリヒ・・・」
息が止まりそうなほど間近に、琥珀色の瞳。
その優しい瞳に汚れた自分の姿が映るのが嫌だと思い、ハインリヒは視線を宙に泳がせた。
「もう一度言う。オレを、見るんだ」
「・・・・・・」
「ハインリヒ?」
ハインリヒは、まるで子供のように頭を振った。
「どう・・してっ・・・!?」
どうしてこんなに、ジェットは優しいのだろう。
「言ったろ?愛してる、って・・・。それが、全てだ」
ポロリ。
一粒涙が零れだすと。
もう、止まらなかった。
「オレを見て、ハインリヒ」
「ジェット・・・」
名前を呼ぶと、ジェットがそっと、口唇を重ねてきた。
しゃくりあげながらハインリヒは腕を伸ばし、その身体に縋り付いた。
〜続〜
ジェットの愛の力で、ようやく黒様退場(ちょっと残念)。
次回は24えっちvvv
・・・になるとイイなぁ・・・??
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