第八話




「オレが塗り替えたからな・・・」
 ハインリヒの身体を抱きしめたまま、ジェットが呟いた。
「え・・・?」
 少し掠れてしまった声で問い返すと。
「キミの全部にオレを刻み込んだから」
 ハインリヒの髪を撫でながら、ジェットは少し強い口調で言った。
「だから、全部忘れていい」
「・・・・・・」
 もう、何度目だろう。
 またみっともなく、涙を流してしまう。
「ハインリヒ・・・」
 琥珀色の瞳が、優しく自分を見つめている。
 その瞳の色が好きで、好きで。
 今でも自分だけを見つめていてくれることが、信じられないぐらいだ。
「ジェット・・・」
 すっかり掠れてしまった声で、その名を呼ぶ。
 もう、二度と。
 呼ぶことが出来ないと、覚悟を決めていた名前。
 ハインリヒを抱きしめてくれている腕の力が強くなった。
 とても、温かな腕だ。
 その腕の温かさに安堵して。
 ハインリヒはそのまま、意識を手放した。





「ハインリヒ」
 優しい声で、覚醒した。
 顔を上げると、穏やかに笑いながらハインリヒを見つめるジェットの視線と自分の視線とがぶつかった。
 慌てて辺りを見回したが。
 そこは、見慣れたジェットの部屋だった。
 あの、冷たい石畳の古城ではない。
 時が戻ったのか?
 それとも・・・。
 あの出来事が夢か現か。
 それさえも分からなくなる。
「ずっと、付いててくれたのか?」
 その言葉に、ハインリヒはホッと息を吐いた。
 少なくとも、ジェットは覚えていないらしい。
 他の男に身体を許したという事実を、ジェットには知られたくなかった。
 それが、ジェットを生かすための手段だったとしても。
 汚れた自分を、知られたくなかった。
「どうした、ハインリヒ?顔色が悪い」
 長い指が、ハインリヒの頬に伸びた。
「お前を、ずっと心配していたからな・・・」
 答えると、ジェットの瞳が沈んだ色を浮かべた。
「!!・・・ゴメンな・・・」
「いや・・・。オレだって、お前の力を持っていればそうしただろうさ。それより・・・」
「それより、何?」
 頬に触れている手に、自分の手の平を重ねて。
「お前が戻ってきてくれて・・・嬉しい」
 そう言うと、ジェットの表情がパッと明るくなった。
「ハインリヒ・・・」
 温かな腕に、抱きしめられる。
 ハインリヒが好きな、体温。

 しかし、ジェットの肩越しから何気なく、ベッドサイドへと視線をやったハインリヒは、さっと青ざめた。
 ベッドサイドに置いてある花瓶。
 そこには、紅の薔薇が挿してある。
 だが。
 本当は、別の花が生けられていたはずだ。
 ハインリヒの視線の先で、薔薇の首がポトリと落ちた。
『アルベルト・・・』
 あの低い声が、聞こえてくるようで。
『憶えておけ。お前が、私のモノであるという事を』
 ハインリヒは、ジェットの腕の中で、カタカタとその身を震わせた。
「?ハインリヒ・・・?」
 心配そうに尋ねてくるジェットに。
「何でもない・・・」
 そして、まだ何か言いたそうなジェットの言葉を封じるように、口唇を重ねた。
「ジェット・・・愛してる・・・」
 一瞬、驚いた表情を見せてから。
 ジェットは、琥珀色の瞳を揺らして笑った。
「ハインリヒ・・・」
 二人の位置が逆転し、ベッドの中に押し倒された。
「オレも・・・いや、多分オレの方が・・・愛してる」
 今、自分は愛する男の腕の中で、抱きしめられている。
 何を怯える必要があるのだ。
 自分自身にそう言い聞かせ。
 ハインリヒは目を閉じ、ジェットのキスを受け止めた。


 二人を見つめるベッドサイドの紅の薔薇が、ハラハラとその花びらを散らし。
 花びらが一枚、ハインリヒのすぐ側に舞い落ちた。
『アルベルト・・・』
 その声が、ハインリヒの耳に・・・。




〜完〜







44強化月間を記念しての黒44+2、無事に(?)完結しました!!
当初の予定より、少し長くなってしまいましたが、
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
そして、リクを頂戴した響様。
お気に召していただけましたでしょうか??
管理人本人は、黒44+2大好きっ子なので、とても楽しんで書けました。
えっち強化の目的も何とか果たせましたし(???)。
それでは、長々とお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!!






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