■鬼畜紳士に捧げる10のお題■
3 距離、10
カツカツと慌しく靴音を響かせながら、ハインリヒは城の中を彷徨っていた。
なんとしても、この城から出て行くのだ。
仲間の許へ・・・。
何度か、男に伴われて城の外に出たことがある。
その時の事を思い出そうと、ハインリヒは必死で考えを巡らせた。
どちらに行けばいい?右か、左か・・・それとも、正面か?
「右に行ったらどうだ?」
不意に耳に届いた声に、ハインリヒはビクリと身を竦ませた。
注意深く辺りを見回すが、周りに人の気配は無く。
けれども、声が聞こえる。
「狩りを開始するぞ。この私から、逃げられるかな・・・?」
逃げなければ、逃げなければ・・・!
それだけを思い、ハインリヒは感だけを頼りに不案内な場内を進んだ。
やがて目の前に、部屋に繋がるものとは明らかに違う大きな扉を発見して、ハインリヒはホッと息を吐いた。
逃げられる・・・?
そう思った瞬間、
『アルベルト・・・』
吐息のような声が脳裏に甦り、ハインリヒはうろたえた。
何故今、男の声を思う必要がある?
自分を落ち着かせようと、ハインリヒは数回、深呼吸してから重い扉を開いた。
その時、手が僅かに震えたのは。
自由への期待のためなのか、男から離れる事に対する恐れのためなのか・・・。
ハインリヒには判断が付かなかった。
目の前に、パッと光が溢れる
そして、血に濡れたように紅い、薔薇の花々が眼前に。
この城の周りや庭園では、一年中、深紅の薔薇の花が咲き乱れているのだ。
噎せ返りそうな程の薔薇の香気が鼻先を掠め、その香りに、眩暈がした。
紅い薔薇の花が、まるで男の瞳のように感じられる。
ハインリヒはゾクリと身震いした。
そして、思う。
逃げなければ・・・!
けれども。
「アルベルト」
背後から、ハインリヒの名を呼ぶその声。
恐る恐る振り返れば・・・。
数メートル離れた場所に、男の姿。
紅の瞳が放つ光が、ハインリヒを射すくめた。
「残念だったな。ゲームセットだ。思ったよりあっさりとした幕切れで、私も残念だ」
逃げようという思うのに、身体が動いてくれない。
残念と言いながらも、その頬に薄い笑みを刻み。
男がハインリヒに向かって歩いてくる。
「・・・アルベルト。何なら、もう少し抵抗してみるか?ククク・・・。無駄なことだとは思うがな」
男が近付いてくるのが分かっていながら、やはり、身体は動かずに。
二人の間の。
その距離、10センチ。
逃げられないと分かっていたのに。
男の中の何かが、ハインリヒ自身を捉えて。
放してはくれないことを知っていた筈なのに。
もう、離れられないのだ・・・。
ハインリヒは俯き、口唇を噛み締めた。
逃げ切れずに口惜しいと思う気持ちと同時に。
再び男に捕らえられて安堵している、自身では決して認めたくない思いが、心を満たした。
「観念したのか?ん?」
褐色の指先が、ハインリヒの顎を軽く持ち上げた。
端整な顔が、間近に迫り。
ギュッと瞳を閉じると、口唇に、冷たい感触。
キスをされたのだと思う間もなく。
その腕の中、抱きしめられて。
今、二人の間に距離は無い。
強く、薔薇が香る。
ハインリヒはぎこちなく、男の背中に腕を回した。
〜 END 〜
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お題2の続きです。良く分からない話でスミマセン。
結局、捕まっちゃうハインさん。
物理的に捕まっているだけでなく、
嫌だ嫌だと思いながら、実は心まで捉えられてしまってるんです!!
という事を主張いたしたく。
次のお題からは一話読みきり予定。
スウィートな黒44も登場予定です(笑)。
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