■鬼畜紳士に捧げる10のお題■
4 煙草



 褐色の長い指が、重厚なマホガニー製のテーブルを叩いた。
 トン、トン、トン。
 そして、薄く口唇が開かれた。
「・・・アルベルト」
 微かに苛立ちを含んだその声に、ハインリヒの肩がピクリと動いた。
「私のシガレットケースを何処にやった?灰皿もだ。私の勘違いでなければ、煙草のストックも無くなっている様だが・・・?」
 シュヴァルツから少し離れた場所で、ハインリヒは俯いたまま、答えない。
 再度、シュヴァルツの指がテーブルを叩いた。
「アルベルト。私の質問に答えろ」
「知らない」
 俯いたままのハインリヒが、小さく返事を戻した。
「何だと?」
 シュヴァルツが眉を顰めた。
「もう一度、私に良く聞こえるように言ってみろ」
「・・・知らない。お前の、煙草なんか」
「ほう・・・白を切ろうという訳か・・・」
 シュヴァルツがソファから立ち上がった。
 その頬に、薄く笑みを刻んで。
「正直に言った方が、身のためだぞ?」
「だから・・・。知らないと言っているだろう?」
 ツカツカとシュヴァルツはハインリヒに歩み寄り、その顎に指をかけた。
 そして無理矢理、ハインリヒの顔を自分の方に向けた。
「もう一度だけ、聞いてやる。私を見て答えろ。私のシガレットケースを何処にやった?」
「・・・・・・・・・シガレットケースも、買い置きの煙草も灰皿も・・・。全部、捨てた・・・!」
 煙草もそのケースも、灰皿も。
 全て、特別に設えて取り寄せたものだ。
 ハインリヒの答えに、シュヴァルツは眉を跳ね上げたが。
 しかし一呼吸置いてから、ハインリヒに視線を当てた。
「・・・理由を聞いてやろう」
 冷ややかな声でそう言うと、一瞬、ハインリヒのクリアブルーの瞳が不安げに揺れた。
 けれどもハインリヒはキッと気丈にシュヴァルツを睨みつけ、
「身体に・・・身体に悪い・・・!」
 小さく、叫んだ。
「アルベルト・・・」
 シュヴァルツは口調を優しくして、問いかけた。
「その発言は、この私を心配してくれている、と解釈しても良いのか?」
 こちらに向けられた瞳は、泣き出しそうだ。
「だっ、誰が!お前の身体なんか心配するか!そんなに吸いたいのなら、煙草の吸いすぎで死んでしまえ!!」
 顎にかけていた手を、乱暴に振り払われた。
 ハインリヒが・・・シュヴァルツの身体を心配して、煙草とそれに纏わる全てを捨ててしまったのだと思うと。
 その行動でさえも愛しく感じられて。
 思わず、声を立てて笑ってしまう。
「クックック・・・」
「何が可笑しい!?」
「いやはや・・・お前は全く、可愛い男だな」
 スイと手を伸ばし、シュヴァルツはハインリヒの髪に触れた。
 サラサラと流れる白銀の髪を優しく撫でてやると、ハインリヒはどこか、ホッとしたような表情になった。
「・・・怒ってるんじゃないのか?」
「怒る?この私が??フン」
 シュヴァルツは鼻先で笑った。
「私は今、お前の愛がこもった行動に感動している所なのでな。すこぶる、機嫌が良い」
 ハインリヒの頬に軽くキスを落としてやり、シュヴァルツは笑った。
「可愛いお前のために、禁煙をしてやっても良いという気になったしな。どうだ、嬉しかろう?」
 喜ぶと思ったが、ハインリヒは困ったような顔で、俯いた。
「どうした?」
「・・・全部捨ててしまったのは・・・やりすぎた。オレは本当は、お前が煙草を吸っている時の仕草とかは好きだし・・・。でもお前が、一日にあまりに沢山吸うから・・・!」
「少しならば、吸っても良いと言うのだな?」
 コクリと小さく、ハインリヒは頷いた。
「フ・・・本当にお前は・・・」
 抱き寄せて、口唇を重ねた。
 身体を離してやると、
「・・・いつもと、味が違うな・・・」
 口唇を抑えながら、ハインリヒがそんな所感を漏らした。
「今日はお前が、私に煙草を吸わせなかったからな」
 シュヴァルツは笑いながら答えてやった。



 数日後・・・。

 シガレットケースから煙草を取り出して、シュヴァルツはそれを口唇の間に挟んだ。
 シュヴァルツの指先で金色のジッポの蓋がカチリと開き、それに火を付けた。
 紅の瞳を細め、口唇から紫煙を吐き出して。
「・・・アルベルト」
 傍らで寛いでいたハインリヒの肩を掴み、軽く、キスをした。
「ククク・・・。どうだ、味は戻ったか?」
 尋ねてやると、ハインリヒが目の前で、頬を紅く染めた。
 そんなハインリヒを目の当たりにしながら。
 シュヴァルツはフッと、宙に紫煙を吐いた。


  〜 END 〜


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普段、煙草とほとんど関わらない生活を送っているため、
実は、煙草ネタは苦手です・・・。
なので、こんな話しか思いつきませんでした。
予想外に甘くなってしまったので、
激しく鬼畜な黒様がお好きな方には申し訳なく・・・!!





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