■鬼畜紳士に捧げる10のお題■
9 鬼畜紳士的幸福論




 白い指が ティーポットの取っ手を持つ。
 コポコポと小気味の良い音を立て、白いカップに濃い瑚珀色の液体が注がれた。
 紅茶の香りがカップからフワリと立ち上り、男は瞳を細めた。
「レピシエのダフラティンか?」
 ハインリヒは頷き、ティーカップを男の前に置いた。
 男は紅茶を好んで飲む。
 特にアッサムが気に入りであると、ハインリヒは覚えていた。
 カップを手にした男は瞳を閉じ、紅茶の香りを楽しんでいるようだった。
 そして一口、琥珀の液体を口に含んだ。
「非常にまろやかな香りと味だ。アッサムは、このまろみが良いな」
 独り言のようにそう呟いた後、男は更に言葉を続けた。
「私がアッサムを好む理由は他にもあってな。水色が血の色に似ているからだ」
 片頬を上げながらのその言葉に、ハインリヒが思わず眉をしかめると、楽しそうに声を立てて笑った。
「そんなに嫌そうな顔をするな。冗談だ」
「・・・お前が言うと、冗談に聞こえない」
「そうか?」
 澄ました顔で男は言い、優雅な仕草で口元にカップを運ぶ。
「こうして、お前が淹れてくれた茶を飲めるのは、私にとって幸福なことだ」
 男にしては珍しく、しみじみとした口調。
 その言葉が嬉しいような気がしたが、ハインリヒはわざと意地の悪い言葉を選んで返答をした。
「随分とお手軽な幸せだな。もっと他に幸せは無いのか?」
 美味そうに茶を飲んでから、男は首を捻った。
「そうだな・・・。私の前に愚民共がひれ伏し、跪く様を見ている時は最高だが・・・。これは幸福とは少し違うような気がするな」
「全くお前は・・・。跪くだとかひれ伏すとか、そういう表現はいい加減にやめたらどうだ?」
「何故だ?私は真実を述べているだけではないか」
 男には確かに、雰囲気がある。
 万人を従える事もできるような、そんな雰囲気が。
 けれども。
「そんな言い方は、周りの反感を買うだけだぞ」
 重ねてハインリヒがそう言うと、男はいささか不満そうに答えた。
「お前がそこまで言うのなら、少し気を付けてやっても良いが・・・」
 空になったカップがハインリヒの前に出され。
 ハインリヒは再度、そこに紅茶を注ぐ。
「・・・話が逸れたが、幸福についてだったな。私の幸せは、お前がムキになる様をからかう時、私の腕の中でお前が乱れる時・・・」
 空いている方の手で指折り数え上げていく男の姿に、
「・・・もういい・・・」
 脱力しながら、呟くと。
 男はひどく真面目な顔になり、
「私の傍らにお前が在ること・・・。それが、私の至上の幸せだ」
「・・・え?」
 思わず聞き返すと、男は言葉を反芻した。
「お前と共に在ることが、私の喜びだと言ったのだが?」
 知らず、頬が朱を刷いた。
「で?お前はどうなのだ、アルベルト。お前の幸せはもちろん、私と共に在ることだと思っているのだが・・・どうだ?」
「・・・・・・・・・」
 本当に微かに、ハインリヒは頷いた。
 こうして共に過ごす時を・・・今では幸せに思っているのは事実だ。
 男の頬に、満足げな笑みが浮かんだ。
「幸せは、大きくなくても良い。些細な幸せでも、永く続けば、それで・・・」
 男は言葉を切り、紅の瞳がハインリヒを見つめた。
「永遠に離しはしないぞ、アルベルト?覚悟してもらおうか・・・」
「・・・望むところだ・・・」
 カップの中の琥珀色の液体に視線を落としながら、言葉少なにハインリヒは答えた。
 フワリフワリと、紅茶の柔らかな香りが、二人の間を漂う。

「こんな幸福の形も悪くはあるまい・・・」

 その言葉に顔を上げ、男に視線を移す。
 視線が絡み合い、互いに微笑む瞬間。
 どことなく心が弾んで。
 ハインリヒは男の方に身を乗り出し、褐色の頬に、チュ、と口付けた。


  〜 END 〜


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この話も甘めです、スミマセン。
甘い話が続いてしまいました・・・。
このお題は自分には非常に難しくて・・・。
もっと難しい話にした方が良かったかな〜、
とか、色々と思うところがありますが、
今の自分の文章レベルではこれが精一杯でございました。
ラスト一題も頑張ります。





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