重いドアをノックする。
中でゆったりと寛いでいるであろうこの家の主人の姿を脳裏に浮かべ、男は紅の瞳を細めて笑った。
今日は・・・。
ガチャリという音と共に、男と彼を隔てていた扉が開き。
男の前に現れた、美しいクリスタルの瞳が、大きく見開かれた。
「シュヴァルツ!?」
瞬間、ドアを再び閉じようとする彼に向かって、男はニヤリと口唇の端を上げて笑って見せた。
「そう邪険にするものではない。なあ、アルベルト?」
「何をしに来た!?」
喧嘩腰で、キッと睨み付けられ、シュヴァルツと呼ばれた男は再度、褐色の頬に笑みを浮かべた。
「カリカリするな。今日は可愛いお前と一緒に楽しく過ごそうと思ってな」
そう言って、シュヴァルツは彼の腕を自分の方に引き寄せ、軽く口唇を重ねた。
「・・・なっ!?」
驚愕の表情を隠しもしない彼に、
「アルベルト」
言葉を投げかける。
「すぐに出掛ける仕度を。さもないと・・・」
ニヤリと、シュバルツは笑った。
「この場でこのまま、お前を犯してやるぞ?」
ギョッとしたような顔をした後、彼はどうやら観念したらしい。
「仕度も何もあるか。今すぐにだって、出掛けられるぞ」
「それは良かった」
シュヴァルツは魅力的な笑顔で笑い、彼の腕を取ったまま、引きずるようにして外に連れ出した。
そして、アパートに横付けされている黒塗りのベンツの助手席に、彼の身体を押し込んだ。
「今日は一日、私に付き合ってもらうぞ、アルベルト?」
「・・・勝手にしろ・・・」
溜め息と共に、彼が言葉を吐き出す様を、シュヴァルツは微笑みながら見つめた。
「約束を違えるなよ、アルベルト?」
連れて行く先は、決まっている。
シュヴァルツはある場所で車を止めた。
そのまま車を降り、彼についてくるように促した。
いかにも高級そうな門構えの店に、少しの躊躇もなく、シュヴァルツが足を踏み入れようとすると。
「・・・待て」
小さな声で、服の端を掴まれた。
「お前は何処に入ろうとしているんだ?」
「この店の中に、だが?お前にスーツの一つでもあつらえてやろうと思ってな」
「必要ないっ!!」
「アルベルト?」
彼を見下ろすようにして、シュヴァルツは居丈高に告げた。
「今日は一日、私に付き合うと。そう、約束をしなかったか?」
「・・・ぐっ・・・」
言葉に詰まる彼の腕を取り、シュヴァルツは今度こそ本当に、店の中に入った。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
礼儀正しく傍らに現れた店員に、シュヴァルツは彼を押し付けた。
「コレに似合うスーツと周りの品一式を見繕ってもらおうか?」
「かしこまりました」
「ああ、色は白にしてくれ」
「シュヴァルツ!?」
「何だ?さっさと選んでもらうのだな」
突き放すようにしてそう言うと。
店員に引きずられながら、彼は更衣室の方に連れ去られた。
困惑の表情の彼を、ニヤニヤと見送って。
シュヴァルツは呟く。
「今日は、お前の・・・」
暫くの後。
白い三つ揃えのスーツを着て、彼がシュヴァルツの前に現れた。
居心地が悪そうに身じろいでいる様子に、笑みが零れる。
「似合っているぞ、アルベルト。もう少し堂々とするがいい・・・」
「お気に召されましたか?」
店員の言葉に、シュヴァルツは鷹揚に頷いた。
「気に入った。全部貰っていく」
「ありがとうございます」
黒革の財布からカードを取り出し、スマートに支払いを済ませた。
「シュヴァルツ・・・」
「ん?何か言いたげだな?」
「ここのスーツが幾らするのか、分かっててやってるんだろうな?」
「フン・・・。何を言うかと思えば・・・くだらんコトを・・・」
鼻で笑いながら、答えた。
「お前が望むならば、店ごと買い取ってやっても良いのだぞ?」
「遠慮する・・・」
彼の頭から爪先までを、シュヴァルツは満足そうに一瞥し、顎をしゃくった。
「行くぞ、アルベルト」
「は?」
「そんなに間の抜けた声を出すな。まだまだ、お前には私に付き合ってもらわねばならないのだからな」
スッと腰に腕を回すと、彼はピクリと身体を固めたが、それ以上の抵抗はせずに、大人しくシュヴァルツに身を任せた。
再度車を走らせ、シュヴァルツは、次の目的地へと向かった。
次に辿り着いた場所でも、彼はあからさまに躊躇の表情を見せた。
「もしかして、このホテルに入ろうなんて言うんじゃないだろうな?」
「もしかしなくてもそのつもりだが?」
シュヴァルツが答えると、彼は頭を抱えた。
「嫌だ・・・こんな高級ホテル、入るのもおこがましい・・・!」
「お前が嫌だといっても、詮無き事。既にこのホテルの最上階のレストランで、ディナーの予約を取っているのだからな」
「なっ・・・・!!!」
ガクリと項垂れる彼の背中を押した。
「さあ、アルベルト。躊躇う必要など、どこにも見当たらんぞ。お前は、この私を除けば、この世で最も美しく、気品のある者なのだからな」
「嫌なものは嫌なんだ・・・」
「何をブツブツ言っている?さあ・・・!」
手を差し伸べると、ほっそりした指がシュヴァルツの手を握った。
「そうして、私にしっかりと掴まっていろ。少しは落ち着くだろう?」
そう言って、彼に笑いかけると、拗ねたようにプイとそっぽを向いた。
秋に近いこの季節。
既に街には夜の帳が降りている。
ホテルの最上階にあるこのレストランからの夜景は、美しい。
ボーイから案内され、席に着いた彼は、窓の外の景色を見やり、ほう、と息をついた。
「素晴らしい眺めだな・・・」
「お前が喜ぶと思ってな。だから、この場所を選んだ」
サラリとそんな台詞を吐くと、彼の白い頬が、仄かに赤く染まった。
その様に、気を良くする。
グラスに注がれるワインは、かなりの年代物で。
これも、彼のために選んだものだ。
「アルベルト・・・」
「何だ?」
「お前が生まれた日に、乾杯を・・・」
グラスを目元に持ち上げそう言うと、彼はハッとしたような顔になった。
「ああ、今日だったのか・・・」
彼の白い指が、ワイングラスにそっと触れて。
彼は今日、初めてシュヴァルツに笑みを見せた。
「ありがとう、シュヴァルツ・・・」
持ち上げられたグラスとグラスが触れ合い、カチリと音を立てた。
グラスに口を付け、赤い液体を美味しそうに飲んで。
クリスタルの瞳が、細められた。
「このワインの色・・・お前の瞳の色のようだ・・・」
クスリ。
シュヴァルツは笑った。
「私の瞳も、味わってみるか?」
「・・・馬鹿・・・・」
「冗談だ」
クスクスと笑う、その表情が、限りなく愛おしい。
腕を伸ばして。
首に巻かれているタイを引っ張るようにして、彼の顔を引き寄せ。
そして、触れるだけのキスをした。
「〜〜〜〜っ!!!」
頬を真っ赤に染める様も・・・。
「イイ顔だな、アルベルト?」
「バカッ!誰かに見られでもしたら、どうするんだ!?」
小声で怒鳴る彼に向かって、鷹揚に手を振ってみせる。
「気にするな。奥まった場所で個室のようになっているし、誰にも見られてはいまい・・・」
「しかしっ・・・!」
なおも怒鳴ろうとするハインリヒを手で制してから、シュヴァルツはパチリと指を鳴らし、ボーイを呼んだ。
「お呼びですか?」
「そろそろ、料理の方を・・・」
「かしこまりました」
運ばれてくる料理の味は良く、目の前の彼も、満足そうだ。
けれども・・・。
「こんな事で満足してもらっては困るぞ、アルベルト?」
「ん?何だ・・・??」
メインの肉をパクリと口に運びながら、彼が問いかけてくる。
「今日はまだまだ、この私に付き合ってもらうと言っているのだ」
何故なら今日は・・・。
彼をじっと見つめたまま。
シュヴァルツは言葉を紡いだ。
「今日は、お前の誕生日なのだからな」
フッと、彼の瞳が和む。
「どうせ、他の用事もないことだしな。仕方ないから、付き合ってやるさ」
彼の言葉に、シュヴァルツはそっと笑んで、ワイングラスを口元に運ぶのだった。
〜END〜
◆コメント◆
お誕生日44ですv
普段書いている黒44とは、思いっきり雰囲気が違います。
ちょっぴりギャグテイスト?
そして黒様、お金は何処から持ってきてるんですか!?
『・・・フン。金は天下の回り物と言うだろうが・・・』
この続きを裏でやりたいのですが、間に合わないかも〜。
と思いつつ、読んでいただいてありがとうございましたvvv
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