飛べない鳥
よく晴れたある日の事――。
フランソワーズの提案で、久しぶりに息抜きとばかりに水族館に来ていた。
毎日張り詰めていては疲れちゃうわとばかりに、無理矢理張大人を休ませると一緒にお弁当を作り、
ギルモア邸にいるメンバー全員を引っ張りだしてしまう行動力はさすがというべきか…。
「じゃあ解散。13時にはここでお昼にしましょう!たまにはゆっくりと羽を伸ばしましょうよ。」
と笑顔のフランソワーズに勝てる者がいるはずも無く、
彼女なりに気を使ってくれているのだろうと悟ったメンバーは、ジョーだけを彼女の元へ置いてそそくさと散っていった。
「まったく強引なお嬢さんだ…。」
そう言って笑いながらグレートや張大人と歩いていたハインリヒの後ろから、
ジェットが勢いよく飛び込んできて、一緒にまわろうぜ!≠ニ肩に腕をまわした。
「ちょっ…、おいジェット!何するんだいきなり。」
後ろからいきなり突っ込まれて、ハインリヒは転びそうになりながらもジェットに対して突っ込みを忘れない。
「何って。俺さ、イルカとか鯱が見てぇんだよ!一緒にショー見に行こうぜ。」
「……お前さん一人で見て来い。俺はグレート達とゆっくりまわるから。」
ため息混じりでハインリヒが言うと、ジェットの矛先は一緒にいるグレートや張大人に向かう。
「オイ、おっさん達。アルベルト連れて行っても良いよな?」
その言葉にグレートと張大人が顔を見合わせて、一瞬黙ってしまうと笑いながらグレートが返した。
「我輩達は一向に構わんよ…。ただ、こんな所でケンカしたりするのはよしとくれ。」
「ちょっと待てグレート!誰と誰がケンカなんか……!」
グレートの発言に、慌ててハインリヒが反論するが、
「ハインリヒ、あんさんとジェットの事に決まってるネ。
店休んでまで付き合っているんだから、揉め事起こす前にさっさとショーでも見て来るがイイネ。」
と張大人にまで釘を刺されて反論する暇もなく、ハインリヒはジェットに引きずられて渋々一緒に観覧する事にした。
「まったく……、何で俺があんな事言われるんだ?」
グレートや張大人の発言に納得がいかないハインリヒは、ブツブツとジェットの後を付いて行った。
その前を嬉しそうに笑顔ではしゃいでいるジェット……。
「おーい、アルベルト!何してんだよ、早く来いよ。ほらペンギンがいるぜ。」
大声で手を振って呼ばれて、恥かしいと思いながらもジェットのいるペンギンの水槽の前に歩いていく。
ハインリヒが隣に来ると、ジェットは水槽を見つめたまま呟いた。
「ペンギンって俺達に似てるよな〜。」
「ジェット?」
「あん時の俺達、まんまじゃねぇ?飛び出していける翼≠ヘあるのに、飛べないんだぜ。」
ジェットのその言葉にハインリヒは遠い昔、
まだ自分達がサイボーグとして日々演習を繰り広げていた頃を思い出していた。
毎日が生きるか死ぬかのような殺伐としていた研究所時代――。
無理矢理こんな体で生かされて、死にたくても死なせてもらえず、強制的に生かされていたあの頃、
ジェットに求められるまま体の関係を持って暫くの事だった。
いつもの様に演習が終わり、メンテナンスを終えて戻ってきたジェットは、俺の顔を見てイキナリ殴りかかってきた。
「テメェ、一体何しやがる!」
そのまま部屋の壁に激突した俺は逆上して、さらにジェットに殴りかかろうと胸倉を掴むと、
目元を潤ませているアイツに気がついてコブシが止まってしまった。
「…アンタ、何で俺が陽動してるのに自分から飛び込んでいく訳?そんなに死にたいのかよ!」
どうやら昼間の演習での俺の行動が気に入らなかったらしい…。
「お前こそ、飛べるからっていい気になって特攻する事はないだろうが!」
そう言った瞬間、右の頬に激痛が走り、気がつくとジェットに押し倒された格好になっていた。
「飛べる事の何が良いんだよ!アンタは諦めがつくぐらいに体弄られてるかもしれないけどよ、
ただ飛べるだけで何の取り得も無い俺が、いい気になんてなる訳ねぇじゃねえか!」
「002…」
「それでも誰かを守りたいとか思うのは俺のエゴかもしんねぇけどよ……。」
今にも泣きそうな顔をぐしゃぐしゃにさせて、俺の肩口にしがみつきながら小さく呟いた。
「アンタが死んだら…、生きていく意味がねぇんだよ………。」
こんな状況でも人の事を考えられるコイツは何て強いのだろう―――。
泣いて、笑って、怒って……、生きるか死ぬかのこの状況下で、
人間として与えられた表現の総てを、俺の感情なんかお構いなしでぶつけてくる。
「もし、もしもだ……。ここを出られて自由になる事が出来たら……。」
ジェットの肩を抱きながら、空想にも似た僅かな想いを口にした時、アイツはガバッと起き上がって怒鳴りつけた。
「もしもじゃねぇ!絶対にここから脱出するんだ!!」
「そんな事出来る訳ないだろう…?」
俺も釣られて起き上がろうとするが、ジェットに口を塞がれてそのまま激しく求められた。
舌を滑り込ませると俺の舌と絡ませて貪り、唇を離してアイツは続ける。
「今は無理だと思う。だけど、ずっとじゃない。アンタだけじゃなくイワンもフランも全員でここから出るんだ。
それで晴れてお天道様の下で、アンタと思う存分セックスしたい。」
「セッ……!テメェはそんな事しか考えてねぇのか!」
「アンタとのセックスだって俺にとっては大事な事だぜ!それだけでも生きる目標だ。
アンタはただケツを差し出しゃあ良いとしか思ってねぇだろうけど、俺はそんな風に思ってないからな。
空を飛べる事しか能のない俺だけど、アンタを助けたいと思う気持ちは誰にも負けねぇよ。」
そのジェットの強い想いに負けを認めた俺は、微笑みながらアイツの頭を撫でた。
「………空を飛べれば十分だ。お前が鳥なら、俺は空に憧れるペンギンってとこだな。」
「004、ペンギンだって昔は空を飛べたんだぜ。」
生きる事を諦めかけていた俺に、そう言って笑ったジェットの顔が今でも忘れられない―――。
ハインリヒは水槽で自由に泳ぐペンギンを見て、フッと笑いながらジェットの頭をコツンと叩いた。
「ジェット、お前さんあの時言っただろう?ペンギンだって昔は空を飛べたんだ≠チてな。
その証拠にほら、海の中を泳ぐ姿はまるで空を飛んでいるみたいだろう?」
「え?俺、そんな事言ったっけ?」
「何だ、忘れたのか?」
「俺が覚えているのは、あん時からアンタのイク時の顔がセクシーで、まるで犯罪だって事ぐらいかな?」
「なっ……!テメェ!!」
かぁっとなって怒りをあらわにしたハインリヒから逃げようとジェットは走り出した。
「ジェット、待ちやがれ!!」
「ベッドの中でもそれぐらい真剣に求めてくれって…!」
「ふざけるな!今ここで蜂の巣にしてやる!!」
ドタバタとケンカをはじめた二人を見かけて、グレートと張大人は顔を見合わせてため息を吐いた。
いつも大空を羽ばたく鳥を見上げていたペンギンは思いました。
飛ぶ事も出来ず、ここから出る事も出来ずに、このまま朽ちてしまうのだろうか……?
そう思った時、空を羽ばたく一羽の鳥が近付いてきてペンギンにこう言った。
『アンタだって昔は空を飛べただろう?』
そう言われて、悔しくて羨ましくて、俯いた視界の先には、空に良く似た真っ青世界が一面を覆っている。
零れ落ちそうになる涙を隠そうと、思い切ってその青い世界に飛び込んでみれば、
まるで空を飛んでいるような感覚に包まれて驚いた――。
『あぁ、そうか…。』
飛べない翼が重荷だったペンギンは、いつも自由に空を飛ぶ鳥に憧れていた。
けれど、あの時鳥が教えてくれなかったら、自分は一生飛ぶ事≠諦めていただろう―――。
自由に海の中を飛び回る今でも、空を見上げて思う事がある。
それでもなお、アイツの自由な強さが羨ましいのだと――。
〜END〜
高橋一成様から、素晴らしい小説を賜りましたvvv
読後は感動してしまいました・・・。
空を羽ばたく鳥をジェットに、飛べない鳥をハインさんに、
という例えも素晴らしいかと・・・!
高橋さまの書かれるお話は、透き通った感じがして、
私にとって、優しい空色のイメージが強いです。
自分もこのように心に染み入るお話が書ければいいのに・・・。
高橋さま、どうもありがとうございましたv
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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