文字書きさんに100のお題
028:菜の花
(クラリモ)
薄暗い執務室で。
微かな光を放っているのは、大きな水晶球。
持ち主の長い指の中で、静かに佇んでいる。
その水晶球が何を映し出しているのかは・・・今それの前で、まるで眠っているかのように瞳を閉じている、闇の守護聖にしか知り得ないことだった。
何の感情も映さないその表情に、不意に。
微かな笑みが浮かんだ。
スッと目を開き、クラヴィスはおもむろに立ち上がった。
闇の色が次第に深くなって行く様を映し取ったと言われる長いローブが、ゆったりと揺れる。
「クラヴィス様、どちらへ?」
「・・・すぐに戻る」
尋ねる使用人に、確たる返事も与えず。
クラヴィスは執務室から姿を消した。
クラヴィスの足は、自然と女王候補寮に向かっていた。
ふと、水晶球を通して脳裏に浮かんだ、懐かしくて暖かな風景。
それを見せてやりたいと思ったのは・・・。
その部屋のドアをノックすると。
「どなたですかぁ?」
元気の良い声が聞こえてきて。
開かれたドアの向こう側には、金の髪の女王候補。
その髪の、その瞳の。
そして、身に纏っている雰囲気の眩しさに、クラヴィスは思わず目を細めた。
「お前を連れて行きたい場所があってな。・・・誘いに来た」
少女はキョトンとした顔になったが。
その表情は、一瞬にして嬉しそうな笑顔に変わった。
「はいっ!!」
クラヴィスは腕を伸ばし、少女の手を取った。
森の湖の先にある、花畑。
クラヴィスは、更にその先を進んだ。
「クラヴィス様、どこに行かれるんですか??」
「じきに分かる・・・」
花畑を抜けると林に入り、二人はもうしばらく歩き続けた。
木々緑から視界が開けた時。
「うわあ!」
若草の瞳が、大きく見開かれた。
想像通りの反応に満足している自分に気付き、クラヴィスは軽い驚きを感じた。
けれども。
・・・悪い気はしない。
二人の目の前に広がるのは、一面に咲き乱れている菜の花たち。
「すごくキレイ!!」
少女の素直な感嘆の言葉に、遠い日の自分の姿が思い出された。
「いつも気を張ってばかりだと、疲れるぞ!」
そう言って幼いクラヴィスの肩を叩いてくれた大きな手の平。
この場所に初めて来た時、彼はひどく嬉しそうに言ったものだ。
「どうだ、凄いだろう?」
目の前に広がる風景に。
ただただ驚くばかりで、目を見開いたまま頷くことしかできなかった自分。
必死になって大陸を育成しようと頑張っている、金の髪の女王候補。
慣れないこの地での生活の中でも、笑顔を失わないその心の強さ。
けれども、不安や心細さを感じることもあるだろう。
だから。
聖地に連れて来られたばかりの幼い自分と、少女の姿を重ねて。
明るい黄色の花の群れが、少しでも少女の慰めになるようにと。
もう、長いこと忘れていた風景。
驚く自分を見て満足そうに笑った人物の笑顔は穏やかで力強く。
その時。
心が、少しだけ軽くなったような気がしたのだ。
「ここは・・・前任の緑の守護聖に教えてもらった場所だ・・・」
呟くようなその言葉に。
少女は目の前の光景から視線を離し、クラヴィスを見上げた。
何かを懐かしむような表情をしているであろうクラヴィスに、彼女は余計な言葉を発することはせず、ただ一言だけを返した。
「そうなんですか・・・」
そして、目の前の風景に視線を戻して。
「まるで金の絨毯を敷き詰めたみたいですね!」
そう言って、ひどく、柔らかく笑った。
優しい風が、二人の間をそよいだ。
少女の髪が、フワリと流れて。
寄り添いながら咲いている、小さな黄色い花々が揺れた。
その様子はまるで・・・。
「そうだな。・・・黄金の、波のようだ・・・」
そう言ったクラヴィスの視線の先で、少女は笑う。
「クラヴィス様、連れて来ていただいて、ありがとうございました」
若草の瞳、金の髪。
目の前で揺れている花々のような・・・少女。
「礼など必要ない。・・・私が、お前を連れてきたかったのだから」
「・・・はいっ!」
花のように優しく快活に、少女は笑った。
暖かな想いが、心の中に流れ込んでくるような気がして。
クラヴィスは今日、初めて。
少女に・・・笑みを向けた。
〜 END 〜
小さな黄色い花を咲かせる菜の花。
花言葉は、「快活」です。
快活で優しい、リモちゃんを思わせる、小さくて可愛らしい花。
・・・クラリモだな・・・と思って、この話になりました。
カティス様、クラ様の回想の中で特別出演(笑)。
暖かな春の風と、目の前に広がる菜の花畑。
この二つをを感じ取っていただけたら・・・。
と、そう思います。
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