文字書きさんに100のお題
062:オレンジ色の猫
(24)
ある、雨の日。
ハインリヒは、パシャパシャと水音を立てながら、我が家への道を歩く。
「にゃーお」
小さな泣き声がして、何気なくその方向に視線を向けると。
オレンジ色の猫と、視線がバッチリと合ってしまった。
猫はゆっくりとハインリヒに近付き、足元にじゃれつく。
「なんだ、どうした?・・・捨てられたのか?」
ひょいと抱き上げ、猫を目線の高さまで持ち上げたハインリヒは、一瞬だけドキリとした。
猫の瞳は・・・綺麗な琥珀色で。
その毛色と合わせて、ハインリヒに、ある人物を思い出させた。
もう随分長いこと会っていないような気がして、急に会いたくなる。
ハインリヒの口唇が、薄く開いた。
「ジェット・・・」
その口唇から、ポロリと零れた名前。
「ニャー」
まるで返事のように猫は鳴き、ハインリヒの鼻先をペロリと舐めた。
ハインリヒはクスリと笑い、身に着けていたジャケットの中に、猫を包み込んだ。
その日から。
ハインリヒの部屋の住人が、一人増えた。
猫のジェットは賢い猫で、ハインリヒが長期の仕事に出る時は、一緒に部屋を出て行く。
そして、ハインリヒが帰ってくると、ハインリヒの部屋に戻ってきた。
ジェットは新聞を読むハインリヒの膝の上で丸くなり、昼寝をするのが好きなようだった。
ハインリヒがソファに座ると決まって側に寄って来て、ぴょんと膝の上に飛び上がる。
そんな様子を見るにつけ、誰か、を思い出し、ハインリヒはそっと瞳を細めた。
「ジェット・・・。寝てるのか??」
ハインリヒが額の辺りを撫でてやると、満足そうにゴロゴロと喉を鳴らす。
穏やかな午後の日差しが差し込む部屋の中で、ハインリヒは新聞から手を離し、猫を撫でながら目を閉じた。
ポカポカと暖かな空気の中。
一人と一匹は、気持ち良さそうに昼寝をしている。
そんなある日。
食事の準備をしながら、ハインリヒは彼を呼んだ。
「ジェット!そろそろ飯の時間だぞ」
いつもなら嬉しそうに鳴きながら、ハインリヒの足元に纏わり付くジェットだったが。
その日に限って、彼からの返事はなかった。
「ジェット?ジェーット!!」
重ねて名前を呼ぶと。
「・・・呼んだ?」
人の声で返事をされ、ハインリヒは飛び上がらんばかりに驚いた。
恐る恐る振り向くと。
ハインリヒを見つめる優しい琥珀色の瞳と、視線がぶつかった。
「・・・ジェット・・・?」
「驚いた?急にキミに会いたくなってさ・・・会いに来た」
「イキナリ現れて、驚くに決まってるだろうが!?」
「だって、寝室の窓開いてたし。それに、驚かせたかったからさ」
ふわり。
ジェットの指が、ハインリヒの髪に触れた。
「淋しかったか?そんなに泣きそうな顔しないで」
「だっ、誰がっ!!」
「強がらなくたってイイぜ・・・?」
ジェットが腕を伸ばし、ハインリヒを抱きしめようとしたその時。
「ニャ〜オ」
茶色に近いオレンジ色の毛をした猫が現れ、ジェットとハインリヒの足元にじゃれついた。
「あれ?ハインリヒ、猫なんて飼ってた??」
「大分前の雨の日に、拾ったんだ」
「ふーん・・・」
ジェットはニヤリと笑った。
「なあ。あの猫・・・オレに似てるよな?」
言われて、ハインリヒはカーッと赤くなった。
「ににににっ!似てなんかっ!!!」
「似てるぜ。毛色とか、ホラ、この目の色なんかさ」
言いながら、ジェットは猫を抱き上げた。
「オレの代わりに、ハインリヒを慰めてくれたのか?ありがとな・・・ジェット」
「ジェット〜!!!」
「何?」
「ニャー」
一人と一匹のジェットは、同時に返事を戻した。
「なっ、なんでソイツの名前をっ!?」
「あれだけ大声で呼んでたら、誰でも分かるって」
「〜っ!!!」
恥ずかしさに消え入りそうな様子のハインリヒを見て、ジェットはカラカラと笑う。
「ちょっと猫にヤキモチ焼いちまうけどさ。でも、オレの名前をつけてくれて、嬉しいよ」
ジェットの腕の中から、ヒラリとジェットが飛び降りて。
オレンジ色の身体はスルリとドアをすり抜けて、二人の前から消えた。
「あっちのジェットが気を利かせてくれたし・・・。なあ、ハインリヒ?」
クリスタルの瞳を覗き込んだ。
「イイだろ?まずは、キスから」
「こんなところで・・・」
「後でちゃーんと、ベッドまで連れてってやるよ」
ハインリヒに、頬を寄せると。
そっと、その瞳が閉じられる。
優しく口唇を重ね、柔らかな身体を抱きしめた。
「ハインリヒ・・・」
背中に回ったハインリヒの腕に、キュッと力が入った。
「ジェット・・・」
「ニャーン」
遠くで、猫の鳴く声が聞こえた。
〜 END 〜
本日、424デーですが、この話には黒様は不在です(笑)。
黒様は別部屋でお楽しみいただき、
こちらではただのバカップル24をお楽しみください。
オレンジ色の猫というお題に、
「猫にジェットを重ねるハインリヒ!!」
と思って書きましたが、こんな話にしかなりませんでした・・・。
ガクッ・・・(←力尽きた)。
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