クラヴィス様&女王リモージュ


「クラヴィス。」
くすくすという笑い声と共に、木陰から走り寄って来た一人の金髪の少女。
女王候補時代から代わらない朗らかさで、彼女は思いもかけない時に現れた。

「どうした・・・この時間ならば、まだ執務中なのではないか?」
思わずジュリアスの様な口調で、仕えるべき女王へ進言してしまうのは、この少女を女王としてではなく、一人の愛しき者として私が思っているからだろうか。
満面の笑みで見上げるアンジェリークに、私もつられて口元に笑みが浮かびそうになる、が、彼女は女王なのだ。
私の様に気軽に散歩という訳にはいかないだろう。

どうしたのだろう?
わざわざ私を探して、此処まで来たのだろうか?
みればアンジェリークはすっかり寛いで、私の隣で軽く歌などを口ずさみ、物珍しそうな顔をして辺りを見回している。

「陛下・・・お申し付け下されば、コチラからお伺い致したものを・・・。」
何か考えあっての事だろう。
あまり咎めたくはないが、仕えるべき守護聖としての言葉を言わない訳にもいかない・・・。
だが、そんな言葉を遮る様に、クスクス笑う声が聞こえて来た。
「ふふっ。そんな事、気にしないで。貴方が此処にいるって聞いて、だから急いで来てみたの。」
ふわりとした金の髪を揺らして、彼女は屈託なく笑う。
「見て、クラヴィス。この路の向こうに何か建物があるわ。」
行ってみましょう、と言いながら彼女はグイッと私の袖を掴む。

天真爛漫な所は、女王になっても失われていない。
見知らぬ場所、このアルカディアと名づけられた処に、何らかの力によって転送されて来たという非常事態に陥っても、彼女がいるだけで先へ進む新たな道が開ける気がするのだ。
彼女は気付いているだろうか・・・、その優しさと明るさに多くの者が救われている事を。

「何かしら?随分上の方まである様ね・・・。」
建物を見上げ、アンジェリークはクルリと振り返った。
「星見の塔・・・と言うそうだ。・・・登ってみるか?」
何日か前に現れたと、エルンストから話は聞いていた。
一番上の階からは、満天の星を眺められると言う。

好奇心で一杯のエメラルドを湛えた瞳が、嬉しそうに輝くのを見て、さすがの私もつられて口元に笑みが浮かぶ。
「では、行こう・・・。」
軽く頷き、足を踏み入れる。
滑りやすい階段を転ばぬ様に手を貸す。
ほっそりした手が添えられて、それだけでも守ってやりたい気持になる。


「・・・綺麗だわ・・・。」
感慨深くそう呟きながら、アンジェリークはそっと柵に手をかけ遠くを見つめる。
その瞳が星達の煌きに揺れ、瞬く星と交わり始める。
今にも飛び立って行きそうな危うさと、アンジェリークという女王の翼の元にいるのだと実感する瞬間。
急に眩しさを感じた私を振り返り、彼女はニコリと笑う。

ゆっくりと宇宙の星達を眺めながら、私達は歩みを進めた。

聖地でみる夜空の星と、今見ている星は同じだろうか・・・。
いつも星を見上げ、思いを馳せるのはこんな気持を抱くから・・・。
太古から変わらぬ星の輝きの中、私達の居るこの星の『今』という瞬間の輝きを、いつかみて見たいものだ・・・。

口数の少ない私に、彼女は退屈していないだろうか。
そう思って隣を見れば、私を見つめるエメラルド色の瞳。
「・・・どうした?」
私の言葉に微笑みながら、彼女は遠くの一点を指差した。

オーロラだった。
光の襞が幾重にも重なり揺れている。

無言でオーロラを見つめるアンジェリークの背中をみつめ、私の心に一瞬痛みが走る。
今は誰も一切口にしない、忌まわしい過去の侵攻の時。
救出に向かい、倒れているアンジェリークを見つけた時の、私の気の狂いそうな気持・・・。
私の中に、あの様な気持があったとは・・・。
身体を貫く冷たい怒りに身を委ねそうになった時、彼女の手が触れ私は我に返ったのだ。
『私は・・・大丈夫よ・・・。』

彼女は何も言わない。
何が有ったのか、どんな仕打ちをされたのか、そして、どんなに辛かったのか・・・。
今となっては過ぎ去りし日々の中、私がどうする事も出来ない無力感を抱えながら、アンジェリークの事を思い、見つめていたのもオーロラだった。

あの時、誓ったのだ。
どんな事があっても、これからは私が彼女を守ろう、と・・・。

「クラヴィス?」
「・・・済まない、少し考え事をしていた・・・。」
振り返った彼女を見下ろし、私は安心する。
そう、今は私の隣にいる。
手の届く所に・・・。
この思いと共に・・・。

私を見上げ、そして輝くオーロラを再び見つめながら、アンジェリークは呟いた。
「まるで、命が燃えている様ね・・・星達の、そして、それを見る私や貴方の想い、この宇宙の命ある者全ての想い・・・。」
小さな声で呟くアンジェリークが、急に一人の少女に見えて、私は思わず彼女の肩を抱き寄せていた。
「・・・そうだな・・・そうかも知れぬ。」

あの時とは違って見えるオーロラに、私の気持が変わった事に気付く。
この女王がいる元でみる全ての物は、知らぬうちに私に暖かな気持を抱かせるのだろう。
「他の者達にも、見せてやりたいものだな・・・。」
ふと呟いた私の言葉に、アンジェリークが私を見上げ、声を立てて笑った。
「今、私もそれを考えていたの。賛成してくれる?」
悪戯を企む子供の様な顔に、私はつられて微笑んだ。
「ふっ・・・お前の、思う通りにすれば良い・・・。」

嬉そうな顔で、色々な案を述べる彼女を見守りながら、私の思いは星達へと向けられる。
この女王の顔が、再び曇る事のない様に。
そして、彼女の微笑みが絶える事のない様に。
星々よ・・・お前達に誓おう、私の思いは永遠に彼女の物だと・・・。

それに答えるかの様に、彼女の手が私の手に重ねられた。
互いに見つめあい、微笑みあう。
余計な言葉など必要ない。
ただ静かな時間と、同じ先を見つめられる幸せに、私の心が満たされて行く。

この気持を、愛と言うのだろう。
微笑みを返し、心の中で呟いた。

―― 私の天使・・・アンジェリーク。――

** 終 **




源氏さまのサイト「Evil eye」で3000のキリ番を踏ませていただいて、リクしたものです。
コレットちゃんファンの源氏さまに非道にも「クラリモでっ!!」
とお願いしてしまったにもかかわらず、とっても素敵なお話をいただいてしまいました♪
トロワベースのクラリモを書いていただき、読んだ瞬間、感涙に咽ぶふみふみ。
夜想祭の時のオーロラは、こういう萌え萌えな経緯で見られることになったのですねっ!!!
クラ様とリモちゃんの穏やかな微笑が脳裏に浮かんでくるようなお話で、本当に嬉しいです。
源氏さまのお話は、世界に広がりがあって読後も爽やかなので、ふみふみは大好きなのです。
本当にありがとうございました!!







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