女王候補は毎日忙しい。
 月の曜日から金の曜日まで大陸の育成をして、土の曜日は大陸の視察。
 日の曜日はお休みできるが、大陸育成のための勉強をすることも少なくない。
“はー、ちょっと疲れちゃったなぁ。”
 女王候補アンジェリークは珍しくため息をついた。
 今日は日の曜日だが、育成の勉強をするために自室にこもって、資料を読んでいるところだった。
 ここのところ大陸が不安定な状態で、守護聖様方や王立研究院の協力の下、やっと安定する方向に向かったばかりなのである。
 再び不安定な状態に戻らないよう、自分でも色々と勉強しているわけだが、さすがに疲れが出てきたようだった。
 こんな時は気分転換に限る。
 アンジェリークは、先日、外出したときに購入した香りの良い紅茶を淹れることにした。
 お湯を沸かし、お気に入りのティーカップを用意しているところに、部屋をノックする音が聞こえた。
「はい、なんでしょう?」
 扉を開けると、アンジェリークの身の回りの世話をしてくれている小間使いの少女が立っていた。
「アンジェリーク様、クラヴィス様がいらっしゃっています。お通ししてもよろしゅうございますか?」
「クラヴィス様が?」
「はい、アンジェリーク様にお会いしたいとのことです。ただ今応接室でお待ちになっていらっしゃいます。」
 どう考えてもクラヴィスがやって来る理由が分からなかったが、あまりお待たせするのも失礼なので、
「分かりました。どうぞ私の部屋までご案内してください。」
「かしこまりました。」
 扉を閉めてからも、アンジェリークの頭の中は疑問符が飛び交っていた。


 実は、守護聖の中で唯一打ち解けていないのがクラヴィスだった。
 執務室に行っても、話すのはもっぱらアンジェリークのほうで、
 クラヴィスは目を閉じたきり、めったに話をすることもない。
 ちゃんとアンジェリークの話を聞いてくれているのかどうかも怪しいものだった。
 でも、なぜだかアンジェリークはクラヴィスの存在が気になって仕方がなかった。
 冷たい人間に見えるクラヴィスだが、その裏側には豊かな感情が流れているような気がしてならなかった。
 アンジェリークはクラヴィスのことをもっと良く知りたくて、せっせと執務室を訪れているのだが、クラヴィスの態度は一向に変化せず、今のところはアンジェリークの思いだけが空回りしているような状態だった。
 だから、突然のクラヴィスの来訪は意外だった。
 訪問の理由は分からなかったけれども、クラヴィスが自分を訪ねて来てくれたこと、そのこと自体がアンジェリークにとって素直に嬉しかった。
 急いでクラヴィスの分のティーカップも用意し、お茶受けのクッキーを可愛い小花模様のお皿に盛り付けて、テーブルの上にお茶の用意が出来たところで、再びドアをノックする音が聞こえた。
 ドアを開けるとクラヴィスが立っていた。
「突然来てすまなかったな。」
 相変わらず表情の読み取れない顔と声だった。
「クラヴィス様がいらしてくださって嬉しいです。ちょうどお茶の用意をしていたところだったので、よろしかったらご一緒にいかがですか?」
 にこやかに出迎えるアンジェリークを一瞬クラヴィスはまぶしそうに見つめた。
 しかし、すぐにいつもの無表情に戻ると、部屋に入って、アンジェリークが勧めた椅子に腰掛けた。
 アンジェリークはティーカップにお茶を注ぎながら、
「この紅茶は、先週の日の曜日に買ってきたものなんですよ。ロザリアと一緒に入った喫茶店で飲んだ紅茶がすごく良い香りで、気に入って買って来たんです。この香りって、ちょっと癒される感じがしませんか?」
 アンジェリークが淹れてくれた紅茶をクラヴィスは一口飲んだ。
「確かに良い香りだ。癒されるというお前の言葉も頷けるな。」
 クラヴィスが同意してくれたことが嬉しくて、アンジェリークはパッと顔を輝かせた。
「クラヴィス様もそう思ってくださって、嬉しいです。私、この紅茶がますます好きになりました。」
 午後のひと時、クラヴィスと共に味わう紅茶はまた一層美味しく感じられる。
 アンジェリークはとても幸福な気持ちになった。
 他愛もない話をしているうちに(といっても、やはりアンジェリークが話すばかりだったが)、瞬く間に時間は過ぎていった。
 日が傾きかけた頃、クラヴィスが口を開いた。
「もうそろそろ帰ろうと思うが、その前にお前を連れて行きたいところがあるのだ。都合はどうだ?」
「特に予定はありませんので、大丈夫です。」
“どこに連れて行ってくださるのかしら。”
 アンジェリークはドキドキしながらクラヴィスの後に続いて部屋を出た。


 クラヴィスの馬車に乗って、どのくらい走ったのだろうか。
 御者にはあらかじめ場所を告げていたらしく、馬車はあるところまで来て止まった。
 馬車から降りると、そこは森だった。
「ついてくるがいい。」
 クラヴィスは先に立って歩き出した。
 アンジェリークもその後に続いた。
 しばらく歩くと、やがて木々が途切れ、視界が開けた。
 広場のようになっているそこには1本の見事な桜の大木があり、枝々には満開の桜が咲き乱れていた。
「わー、きれい!」
 アンジェリークは桜の近くまで駆け寄った。
 桜は圧倒的な美しさで、見るものを捕らえて離さない。
 魂を奪われたように桜を見上げているアンジェリークの側にクラヴィスがやって来た。
「お前にこの桜をみせたかったのだ。」
「私に?」
 アンジェリークは不思議そうな顔でクラヴィスを見上げた。
「最近のお前は気が張り過ぎているように見えた。」
 クラヴィスはアンジェリークの顔を見下ろしながら言った。
「大陸の育成で色々と大変だったことは知っている。しかし、あまり無理をしないことだ。この桜を見れば、張りつめたお前の心も少し安らぐのではないかと思って、お前をここに連れて来たのだ。」
 思いがけないクラヴィスの言葉だった。
「クラヴィス様、ありがとうございます。私・・・。」
 後は言葉にならなかった。
 アンジェリークの頬を伝う涙を、クラヴィスがそっと右手でふきとった。
「何もかも自分で背負い込まぬことだな。安らぎが欲しかったら、いつでも私の部屋に来るがいい。話を聞くだけなら私にもできる。」
 では、自分が話すことをクラヴィスはちゃんと聞いていてくれたのだ。
 アンジェリークは喜びで胸が一杯になった。
「ありがとうございます。これからも時々、いえ毎日でもクラヴィス様のお部屋にお伺いします!」
 笑顔に戻ったアンジェリークを、クラヴィスは優しく見つめた。
 初めて見る穏やかな表情にアンジェリークの心臓がトクンと鳴った。
「来年もお前と一緒にこの桜を見に来たいものだ。」
「え?」
 とアンジェリークが思ったときには、もうクラヴィスは馬車の方に向かって歩き始めていた。
 アンジェリークは慌ててクラヴィスの後を追いかけようとしたが、その場を立ち去る前にもう一度桜を振り返った。
 黄昏の中の桜はますます美しかった。
 アンジェリークは桜に向かってそっと願った。

“来年もどうかクラヴィス様と一緒にこの場所に来られますように。”

 この願いはきっと叶う。
 そんな予感を胸に抱いて、アンジェリークはクラヴィスの後を追いかけた。


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ぬおおぉ〜っ、クラリモ、クラリモ〜っ!!!
と、しょっぱなから管理人大興奮でございます。
先日のオスリモに続きまして、またまたマサさんからいただき物です。
し・か・も!クラリモ(←しつこい)!!!!
相変わらずなキュートなリモちゃんと、素敵なクラヴィス様v
これからの季節を先行して、桜のお話でございました。
いいですね、桜!!!!
物書きとして一度はチャレンジしてみたいテーマです。
マサさんの桜のシーンは、満開の桜が目に浮かぶようv
美しい桜とクラ様の思いやりがキレイなワンシーンでした〜。
ああ、至福の一時でございます〜。
ありがとうございます、ありがとうございます!
また是非、よろしくお願いします(←ねだるな、私!)。





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