GUYS & DOLLS
(その1)
3人の男たちが、顔を寄せ合って、競馬の予想をしている。
「今日は絶対、ジャーマンハインリヒが勝つに決まってらあ!!」
「違うよ!僕のカンでは、ジェットキャップだよ!」
「何言ってるんだ、二人とも。勝つのはシマムラテイオーさっ」
ムキになって言い争う3人の前に。
「おーや、3人とも。そんなにアツくなっちゃって、一体、何を騒いでるんだい?」
この街の裏世界。ギャンブラー達の間ではちょっとしたカオである、オリヴィエが現れた。
「よう、オリヴィエじゃねーか」
「はーい、ゼフェル。ランディとマルセルも、元気にしてるかい?」
「見てのとおり、元気さ!」
「はい。元気です」
一通り挨拶を交わした後、ランディと呼ばれた男が、瞳をキラキラと輝かせながら訊ねた。
「ところで、オリヴィエ。次のクラップゲームの場所って、見つかったのかい?」
オリヴィエの表情が、曇った。
「それが・・・」
その時。
「そなたたち、このような場所で、一体何をしているのだ?」
「やばっ、ジュリアスじゃないか!?」
一瞬ギョッとしたが、4人はすっとぼけた表情で、ジュリアスに挨拶をした。
「おっはよー、ジュリアス!今日はご機嫌いかがかな??」
「・・・何処かの誰かがクラップゲームを開催しようと動き回っているお蔭で、機嫌は最悪だ」
ジュリアスは、苦々しげにそう言ってから。
挑戦するような眼差しで、ジュリアスはオリヴィエに視線を走らせた。
「しかし!今回の私の取り締まりは完璧だ。私は中途半端は嫌いだからな。誰がクラップゲームを開催しようとしても、場所はどこにも見つかるまい。フッ・・・」
オリヴィエに対して自信満々な笑顔を見せ、ジュリアスは意気揚々と立ち去った。
その後姿に向かって、オリヴィエは舌を出し、あかんべーをして見せる。
「フーンだ!なーにを偉そうに!!あーゆー風に言われると、絶対に開催してやりたくなるよね、クラップゲーム」
「場所の目処は立ってるんだろ?」
ゼフェルが訊ねる。
「チャーリーのガレージに目を付けてるんだけどね。千ドル、前払いだって言って聞かないんだよ。そんな金、一体どこにあるっての!?」
「でもみんな、オリヴィエがクラップゲームを開催してくれるのを楽しみに待ってるんだよ?僕達も楽しみなんだ!」
マルセルが、ニコニコと無邪気に笑いながらもさり気なく、オリヴィエにクラップゲームの開催を迫った。
言葉に詰まるオリヴィエを他所に。
「おっと、いけねー!そろそろ競馬が始まる時間だぜ!」
「ホントだ。俺達、もう行かないと・・・」
「それじゃ、またね、オリヴィエ。クラップゲーム、楽しみにしてるね!!」
3人は慌しく、競馬場へと姿を消したのだった。
オリヴィエは溜め息をつく。
「ジュリアスの取締りがこんなにキツくちゃ、やってらんないよ、実際。チャーリーのガレージだって、千ドルだしさ。あー、もう。なんか憂鬱になっちゃった」
その時。
「よう、極楽鳥!久し振りだな、元気にしてたか?」
オリヴィエの背後から、深みのある声が聞こえてきた。
振り向いたオリヴィエの目に入った人物は。
「オスカー?オスカーじゃないか!ラスベガスに行ってたって聞いてたけど。いつ戻ってきたんだい?」
「ついさっき、さ」
オスカーは軽くオリヴィエにウインクを送り、得意げに告げた。
「聞いてくれよ、オリヴィエ。あっちで、5万ドル儲けてきたぜ」
(5万ドル!?)
オリヴィエの目が、キラリを通り越して、ギラリと光った。
そんなオリヴィエのギラリ光線にも気付かない様子で、
「ところで、オリヴィエ。14年間も婚約中のお前の恋人、ロザリア嬢は元気にしてるか?」
軽い調子で問い掛けた。
「元気だよ。相変わらず、キレイでイイ女さ。最近、色気も出てきたしね」
興味なさそうに頷き、オスカーオリヴィエに更に質問した。
「しかし、たった一人の女に縛られてしまうなんて、人生面白くないんじゃないか?」
「ロザリアみたいなイイ女は、そうそう見つからないからね。アレだけキレイなコに縛られるんなら、私は本望だけど?」
その言葉に、オスカーは小馬鹿にしたような口調になった。
「そうか?俺にとって、女性は皆、同じように見えるが・・・?」
「あんたの目が節穴なだけでしょっ」
「そうか?」
オスカーの言い方が癪に障ったので。
オリヴィエは、意地悪く聞いてみた。
「じゃあ、オスカー。あんたはどんな女でも、モノに出来る自信があるっていうの?」
「それはそうさ」
オリヴィエは、いきなり閃いてしまった。
千ドルをゲットする方法を。
「だったら、賭けをしようじゃないか、オスカー」
「賭け?」
「そうさ。そんなに自信があるんなら、私が指名した女の子、どんなコでもモノにできるよねぇ?」
「もちろん。女性に関して、このオスカーの辞書に不可能はないぜ」
「掛け金は、千ドル。あんたが私の指名した女の子を、ハバナまで連れて行けるか。期限は明日の晩までだよ。どう、乗る?」
「OK。面白そうだな。やってやろうじゃないか、オリヴィエ」
余裕たっぷりで賭けに乗ったオスカーに、オリヴィエは心のなかでニヤリと笑った。
そろそろ、「魂を救う会」の面々が、神の教えを皆に伝道するためにやってくる時間のはずだった。
オリヴィエの耳に、規則正しい複数の足音が聞こえてきた。
並んで行進してくる集団の中心にいる、愛らしい少女。
オリヴィエの狙いは、その少女、アンジェリーク・リモージュだった。
非常にお堅い事で有名だが、それと同時に非常にキュートなたたずまいである。
ふわふわの金の髪と優しい若草色の瞳を持ち、穏やかに微笑んでいるその少女を指差し。
「オスカー。私が指名する女の子は、あの子だよ!」
オリヴィエは、こんどは心の中ではなく、オスカーに向かってニヤリと笑った。
「ダメだ、彼女は!」
慌てて叫ぶオスカーに、
「おっやー??さっきまで自信満々だったクセにねぇ。なんなら棄権して、今すぐこの場で千ドル払ってくれても良いんだよ、オスカー」
意地の悪い言い方をするオリヴィエ。
オスカーはぐっと言葉に詰まり、情けない顔でオリヴィエを見つめた。
しかし、オスカーも男であった。
尻尾を巻いて、逃げ出すわけには行かないのだ。
「いや、棄権なんてしないさ。恋の伝道師を自負する俺のプライドにかけて、彼女をハバナに連れ出してみせる」
「ふーん、そう。じゃあ、報告を楽しみに待ってるからね〜♪」
ヒラヒラと手を振ってオリヴィエはオスカーの前から姿を消した。
オスカーは一瞬だけ恨めしげにオリヴィエに視線を送ると。
自身のプライドをかけ、アンジェリークをハバナに連れ出すために、果敢にも教団に乗り込んでいくことを決意したのだった。
所変わって、「魂を救う会」教団内。
教団の会員であるルヴァが、先程のオリヴィエに勝るとも劣らない、大きな溜め息をついていた。
「は〜。アンジェリーク、どうしましょうねぇ・・・。この街では、私たちの伝道活動が、全く成果をあげていないように思えるんですが・・・」
アンジェリークもまた、ガッカリした様子で、
「本当に。どうしてなんでしょう?きっと、私の祈りが足りないからですね」
そう呟き、神に祈りを捧げるために、両手を組んだ。
その時。
コンコンコン。
教団のドアをノックする音が聞こえた。
ルヴァとアンジェリークが、ドアの方に目を向ける。
静かに開かれたドアの向こうから。
「罪深き・・・者です」
現れたのは、オスカーだった。
「おやおや〜。アンジェリーク、嬉しいですねぇ。お客さんですよ?」
ルヴァが心底嬉しそうにそう言って、オスカーに椅子を勧めた。
「どうぞ。何もお構いできませんけど、お掛けになってくださいね、ミスター?」
「オスカーです」
「オスカー、とおっしゃるのですか?いい名前ですね〜。何か悩みがあるのでしたら、我が教団のアンジェリークに相談してくださいね。きっと、親身になって相談に乗ってくれますから。それでは私は、席を外すことにしましょうね」
アンジェリークとオスカーの二人に向かって、にこやかに微笑みかけると、ルヴァは奥の部屋へと姿を消した。
アンジェリークがオスカーの方を向き、優しく微笑む。
「今日は何のご相談ですか、オスカーさん?」
「レディ・アンジェリーク。今日は貴方に、どうしてもお話したいことが・・・」
「何ですか?何でも遠慮なく言ってくださいね。神様はきっと、あなたを救ってくれますから」
春の香りがするような柔らかい笑顔が、オスカーを暖かく包み込んだ。
こんなに優しい微笑みを持つこの少女を賭けの対象にしてしまったことを、オスカーは今更ながらに後悔した。
(彼女を傷つけてしまうかもしれない・・・)
しかし。男のプライドにかけて、やらねばならなかった。
オリヴィエに対する変な意地が、オスカー突き動かした。
「実は・・・」
「実は??」
小首をかしげて訊ねるアンジェリークに、
「俺の悩みというのは、他でもない。俺は君に、恋をしてしまった・・・」
アンジェリークの表情が、見る見るうちに堅くなった。
そして、可愛い唇から、連れない言葉が飛び出した。
「・・・からかいに来たのなら、帰ってください」
オスカーは、驚いた。
今まで出会ってきた中で、こんなに無下にオスカーを扱った女性は皆無に等しかったからだ。
しかし、その驚きから素早く立ち直り、オスカーは更に続けた。
「俺の目をみてくれ。これが、冗談を言っている男の目に見えるか?多くは望まない。一晩、俺と夕食を共にしてくれる。それだけが俺の望みだ」
「・・・・・・」
アンジェリークは黙ったまま静かに、首を振った。
その頑なな態度に、オスカーは何故か苛立つ。
そして、卑怯な手だとは分かっていたが、アンジェリークに対してある取引を持ち出すことにした。
「それでは、レディ。取り引きをしないか?この教団、なかなか伝道の成果が出ずに、困っているようだが。次の木曜の集会に、俺は1ダースの罪人を連れてこよう。君だけのために」
「その見返りに、私にあなたと一緒に食事をしろ、と言いたいんですね?」
「お利口だな。そのとおりだ。君にとっても教団にとっても、悪い条件ではないと思うが?」
そう言ってオスカーは、胸ポケットの手帳から一枚紙を破り、サラサラと何事かを記述した。
そして、その髪をアンジェリークに差し出した。
「罪人1ダース。このオスカーの借用書だ」
「結構です」
アンジェリークは、その借用書に見向きもしなかった。
それどころか、軽やかな身振りで立ち上がると、入り口のドアを指差した。
ニッコリと微笑みながら。
「用事が終わったのなら、お帰りくださいね」
「待ってくれ!」
この少女に本気で恋をしてしまいそうな予感に駆られながら、オスカーは真面目な口調で再度、問うた。
「本当に、ダメなのか?」
その真剣な口調に、アンジェリークは一瞬ためらったように見えたが。
「・・・ええ。ギャンブラーは嫌いですから。私は知っています。いつか、私の運命の人が現れること。その人が、ギャンブラーなんかではないこと。その運命の人以外の方とお付き合いする気は、全くありません」
頑なな態度を崩さないアンジェリークに、オスカーの苛立ちは加速する。
「何故だ?どうして会ったこともない男が、運命の男だと言える!?そんな何時現れるかも分からない男より、俺のほうが何倍も、君を恋しているはずだ」
「言いましたよね、ギャンブラーは嫌いです」
アンジェリークはそう言って、再びドアを指差した。
「どうぞ、お引取りください」
(強硬手段に出るしかない)
そう、オスカーは思った。
こんなに愛らしい少女が、何時現れるかも分からない男を待ち続けるなど、非建設的だった。
自分が愛しかけている、心まで美しい少女が。
オスカーはアンジェリークの肩を掴み、無理矢理自分の側に引き寄せた。
エメラルド色の瞳が大きく見開かれたのが分かったが、オスカーは素知らぬ振りを装い。
可愛いピンク色をした唇に、キスをした。
「・・・・・・」
唇を離すと、アンジェリークはオスカーの胸の中でぐったりとしていたが。
暫くしてからハッとしたように、オスカーの腕を振りほどき、
「卑怯者!!」
激しい平手打ちと共に、そう叫び、アンジェリークは大股でドアの方へと歩いた。
そして自分でドアを開け、厳しい眼差しでオスカーを睨み、冷たく告げた。
「帰ってください、今すぐ!!」
怒りを露にするアンジェリークに、オスカーは今日のところは撤退することにした。
「それでは・・・また」
そう言ってアンジェリークに微笑みかけ、ドアの外に出ると。
バタン!!!
壊れそうな勢いで、ドアが閉められた。
ぶたれた頬が、ヒリヒリと痛む。
オスカーは、頬の赤くなった部分をそっと手の平で押さえた。
(女性にぶたれるなんて、初めてだな・・・)
オスカーの中で、本当の恋が、始まろうとしていた。
〜 その2へ続く 〜
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