GUYS & DOLLS
(その2)
オスカーが、アンジェリークに叩かれた頬を押さえてボンヤリしている頃。
オリヴィエの方は、クラップゲームの開催場所の確保に必死になっていた。
「ちょっとぉ、聞いてるのかい、チャーリー?金は絶対に手に入るんだ。だからさ、イイでしょ、後払いで?」
「あかーんっ!!」
断固たる決意を持って、チャーリーが受話器の向こうで叫ぶ声が聞こえた。
「絶〜っ対に、あかん!前払い言うたら、前払いや!!」
「ねえ、チャーリー。私とあんたの付き合いじゃないか。ココは大目に見てよ、ね?何も、払わないって言ってる訳じゃないんだ」
宥めたりすかしたりするオリヴィエに、チャーリーは呆れたような声で言った。
「そんな考え方じゃ、あかんなぁ、オリヴィエ。付き合いがあるからこそ、金については、しっかりと決めとかなあかん。今まで培ってきた二人の付き合い、金のコトなんかで壊したくないやろ?」
絶句し返事ができないオリヴィエに、チャーリーは畳み込むように告げた。
「とにかく!ウチのガレージ借りたいなら、前金で1千ドル。それ以外の条件では、絶対に貸さんからな。よく憶えとき!」
「・・・分かったよっ!!」
ガチャンと物凄い音を立てて、オリヴィエは受話器を置いた。
「ホンットにもう!あの石頭めっ」
歯ぎしりしそうな勢いで、オリヴィエは言った。
「私がいつか金持ちになって、ヤツが借りて欲しいって言っても、絶対に借りてやんないんだからっ!」
ヒステリーを起こしかけているオリヴィエの耳に。
「オリヴィエ〜?」
マルセルの声が聞こえた。
「私はココだよっ」
怒り気味の声でマルセルに自分の所在を教えると、マルセルがオリヴィエに駆け寄った。
「オリヴィエ。ロザリアが、忘れないで迎えに来てって!」
「ハイハイ。分かってますって」
オリヴィエは、電話の方にチラリと恨めしげな視線を走らせて。
ロザリアを迎えに、彼女が働いているバー<ホット・ボックス>に向かって歩き始めた。
<ホット・ボックス>では。
「レディース アンド ジェントルマン!お待たせしました。当クラブの花形スター、ロザリア・デ・カタルヘナ嬢の登場ですっ!!!」
クラブの中央にある舞台にパッとスポットライトが当たり、ロザリア&ダンサーの少女たちが登場した。
綺麗な声で歌い、華麗に踊りながら、ロザリアは舞台を降り、各テーブルを回る。
ロザリアから一番遠いテーブルに、オリヴィエの姿を見た時、彼女の頬にいっそう華やかな笑顔が浮かんだ。
流れるような動きでオリヴィエのテーブルへ移動し、ロザリアはニッコリと彼に微笑みかける。
自然な仕草で差し出された手に、オリヴィエはそっと、キスをした。
ロザリアがクルリと踵を返して舞台の方へと向かった。可愛い女の子たちを従えて。
歌が終わり、優雅な仕草でお辞儀をすると、ロザリアの姿は舞台の奥に消えていった。
店が終わった後、ロザリアはウキウキした足取りで、待っていてくれたオリヴィエに駆け寄った。
「オリヴィエ!」
「はーい、ロザリア。今日もキレイだね?」
「フフっ、オリヴィエ。今日は良いお知らせがあるのよ」
「ん?良い知らせって??」
「今度、お店のマスターが、わたくしのお給料を上げてくれるって言ってくださったの。ね、オリヴィエ。わたくし達、これで結婚できるんじゃなくて?」
「けっ、結婚!?」
「そうよ!だってわたくし、もう14年も待ってるんですもの。これ以上待ったら、おばあちゃんになってしまうわ」
オリヴィエはロザリアを愛していたが、まだまだまだ、結婚はしたくなかった。
大切な婚約者を差し置いてまで、彼はクラップゲームに夢中なのだ。
そこへ、ロザリアと一緒にクラブのダンサーをしている、レイチェルが現れた。
「あーん、ロザリア!ワタシのイヤリングが落ちてなかった?」
「見かけませんでしたわよ?」
ロザリアに近寄ってきたレイチェルは、彼女の近くにオリヴィエの姿を認めて、非難がましい視線を向けた。
「そこにいるのはオリヴィエじゃない?アナタがクラップゲームを開催するっていうから、ワタシ、明日の約束を彼に反故にされちゃったのよ!ホントにひどい人ね!」
レイチェルの口から漏れた『クラップゲーム』、という言葉に、形の良いロザリアの眉がピクリと動いた。
「オリヴィエ?どういうコトですの??」
「ちっ、違うんだよ、ロザリアっ!!」
「以前貴方は、わたくしに約束してくれましたわよね?ギャンブルからは、足を洗うって。それはわたくしの、聞き違いだったってコトなのかしら??」
問い詰めるロザリアに、オリヴィエはたじたじである。
「えーっとね、ロザリア?」
「わたくしに理解できるように、キチンと説明していただきたいわ」
オリヴィエの視線が、救いを求めるようにレイチェルを見つめた。
レイチェルは知らん振り、である。
それどころか、
「あっ。見つかったわ、ワタシのイヤリング!」
無くしたと言っていたイヤリングを無事に発見したらしく、オリヴィエとロザリアをその場に残したまま、足取り軽く姿を消してしまった。
「さあ、オリヴィエ。説明して頂戴?」
なおもオリヴィエに迫るロザリアに、オリヴィエは、わざとらしく微笑みかけた。
「あっ!!私、ちょっと用事思い出しちゃってさ。ごめん、ロザリア。今日は帰るから!」
逃げるようにして去っていくその背中を見送りながら、ロザリアは肩をすくめる。
「全く・・・。本当に酷い人なんだから!あの人のせいで、私は万年風邪よ。独身女性は情緒が不安定で、体調を崩しやすいものですもの。特に、わたくしみたいに14年もエンゲージリングを持っているような女はね!」
言い終わるや否や、ロザリアは、
「くしゅんっ!!」
可愛らしく、くしゃみをしたのだった。
翌朝。
ゼフェル、ランディ、マルセルがいつものように通りでたむろしていると、「魂を救う会」の行列が通りかかった。
先頭を歩くのは、今日も可愛いアンジェリーク。続いておっとり笑顔のルヴァ。そして、教団員の女性陣、である。
その行列の後を、オスカーが追いかけるのを、3人は目撃した。
「待ってくれ、アンジェリーク!」
アンジェリークは、その声が聞こえないかのように、スタスタと歩いていく。
平然を通り越して、嫌そうな表情で。
オスカーの方は、必死の形相である。
いつもスカしているオスカーの顔しか知らないので、3人は思わず失笑した。
「ハハッ。あんな顔のオスカー、初めてみるな」
「悪いけど、笑っちゃうよね」
「はん!ざまあねえな。アンジェリークに嫌われまくってるじゃねーか?」
マルセルがニコニコ笑いながら、2人に言った。
「この調子だと、オリヴィエとオスカーの間の賭け。完全にオリヴィエが勝ちそうだね!」
「ホントにな!これでチャーリーのガレージが借りられて、無事にクラップゲームが開催できるってワケだ」
「一時はどうなることかと思ったもんな。さすがはオリヴィエだよ!」
嬉しい笑顔を見せながら、3人は同時に言った。
「とにかく、千ドルはオリヴィエのものになったも同然!」
アンジェリーク達が教団に戻ってくると、
「お久し振りね、皆さん」
1人の女性が、皆の前に姿を現した。
「ディア様!」
アンジェリークが、その女性の名を呼んだ。
彼女はディア。教団の幹部の内の1人である。
「まあ、ディア様。こんなところまで、一体どうしたんですか?」
不思議そうに問い掛けるアンジェリークに、ディアは気の毒そうに微笑みかけた。
「我が教団の、このブロードウェイ支部ですけれど・・・。成績が思わしくないので、閉鎖することになったのですよ」
「ええええ〜っ!?」
アンジェリークが叫ぶより早く、ルヴァが叫んでしまったので。アンジェリークは悲鳴をあげるタイミングを逃してしまった。
「ディア様!ここの人達は、まだ、神の存在に気付いていないだけなんです。その存在に気付けば、この教団ももっと活発に活動できるはずです!!」
「ですが、アンジェリーク。この時間帯でも、教団の中は空っぽ。これでは、わたくしもこの支部を庇うことは難しいわ」
言葉を失い、アンジェリークは悲しげに口を噤んだ。
その時。
「ちょっと待ってください」
結局教団まで勝手に付いて来ていたオスカーが、言葉を挟んだ。
「あら、貴方は?」
「オスカーです、レディ」
魅力的なスマイルでディアに微笑みかけてから、オスカーは続けた。
「ところで。この教団のことですが、明日の特別集会が終わるまで、閉鎖を待っていただけませんか?」
「何故です?」
「明日の特別集会には、罪人1ダースが必ずやって来ます。この俺が、それを保証します。だからです」
ディアは、アンジェリークに向き直った。
「アンジェリーク。この方の言う事は、本当なのですか?」
オスカーはアンジェリークの側に素早く移動し、その耳元で囁いた。
「お嬢ちゃん。俺の借用書は、まだ有効だ。この支部を生かすも殺すも、全て君次第、というコトになるが・・・?」
アンジェリークの視線が、ルヴァを見た。
ルヴァは打ちひしがれた表情で、弱々しく肩を落としていた。
アンジェリークの視線が、教団員の女の子たちの方を向いた。
彼女たちは一様に、不安そうな表情をしていた。
そして最後に、アンジェリークはオスカーを見た。
オスカーは、卑怯だと分かっていながらも、アンジェリークに再度囁いた。
「君はただ、一言俺に『イエス』と言うだけで良いんだ。それだけで、皆が助かるんだぞ?」
「分かったわ。何でもあなたの言う通りにします」
オスカーの瞳を見ないようにしながらアンジェリークは言い、ディアに視線を移した。
「・・・ディア様。私たちの伝道の成果が少しずつ出てきている、というコトを、明日の集会でお見せできると思います。どうぞ、明日までの猶予をお許しください」
ディアはアンジェリークに優しく微笑みかけた。
「伝道の成果が出ている、というのなら、この支部を閉鎖する必要はないかも知れませんね。明日の集会には、私も参加させていただきます。そして、本当に罪人が1ダース集まったなら。教団の閉鎖を取り止めるように計らう事を約束するわ」
「ありがとうございます、ディア様!」
「お礼を言うのはまだ早いわよ、アンジェリーク。明日の集会、楽しみにしています。それでは皆さん、また明日お会いしましょうね」
穏やかな微笑みを頬に浮かべたまま、ディアは帰っていった。
オスカーが、アンジェリークの腕を取った。
「それではアンジェリーク。今晩のディナーを、俺と付き合ってもらおうか?」
「約束は、守ります」
そう言って顔を背けたアンジェリークの瞳に、オスカーはキラリと光る物を見たような気がした。
が、折角のこの機会を逃す機には到底なれなかった。
アンジェリークと二人きりで食事ができる。
そんな機会は、最初で最後なのかも知れないのだから。
夕刻。
クラップゲームを始めようと、街の皆が集まり始めた。
結局、オスカーからの千ドルもまだ手に入らずじまいで、オリヴィエは開催場所に困っていた。
顔見知りであるリュミエールが、やんわりとオリヴィエに問い掛けた。
「オリヴィエ、お久し振りですね。今日はちゃんと、クラップゲームが開催されるのでしょうか?」
「もっちろん!この私の辞書に、不可能って文字はないんだ」
胸を張ってそう答えながら、オリヴィエはゼフェルを手招きした。
『ちょっと、ゼフェル。オスカーを探し出して、千ドル貰ってきてちょうだい。どうせ、アンジェリークを連れ出すなんて無理なんだからさ』
『了解!任せとけって』
ゼフェルはオスカーを探しに、暗闇の中に消えてゆく。
「オリヴィエ。何をこそこそとしているのですか?やるならやる、やらないならやらない。ハッキリさせていただかないと、困ります。今日はスペシャルゲストがお見えなのですから。」
「スペシャルゲストぉ!?」
リュミエールの背後から、スーっと現れたいかにも暗そうな大男。
全身黒づくめのため、闇に紛れて見える。
しかし、手に持った可愛らしい天使の人形が、なんともその格好とミスマッチであった。
「クラップゲームをするために、わざわざシカゴからおいでになった、クラヴィス様です。貴方もお名前ぐらいは知っていますでしょう?」
クラヴィス、といえば、シカゴの大物ギャンブラーだった。
しかし、そのクラヴィスがこんなにネクラそうな大男で、天使の人形がお気に入り、ということは初めて知ったオリヴィエであった。
「よろしくね、クラヴィス!」
「・・・今日は、クラップゲームはできるのか?」
「もっちろん。もうしばらく待っててちょうだい」
「クラップが・・・したい」
ボソリと呟くクラヴィスは結構すごい迫力で、オリヴィエは思わず泣きたい気分になった。
(ゼフェル〜。早くオスカーを探し出してよっ!!)
〜 その3へ続く 〜
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