GUYS & DOLLS
(その3)
だが、ゼフェルが戻ってくる代わりに、現れたのはジュリアス警部だった。
「これはまた、いかにも賭博が好きそうな者達ばかり集まって、一体どうしたという事だ?」
皆を威嚇するように、ギロリ、と睨みつけるジュリアス。
「よもやこれから、クラップゲームをしようなどという愚か者はいないとは思うが・・・」
ジュリアスの瞳が、疑わしげにその場に集っている人物達を一瞥した。
「ちっ、違うんだ!!」
集合場所が、丁度<ホット・ボックス>の前であったことを、ランディは神に感謝した。
「今日は、オリヴィエとロザリアの結婚前祝いパーティのために、みんな集まったのさ!」
すかさずマルセルが唱和した。
「本当にその通り!オリヴィエ、おめでとう!!そろそろお店も終わった頃でしょ?ロザリアを呼んで来なくっちゃ!」
そこへ絶妙のタイミングで、ロザリアが現れる。
「あら、オリヴィエ。迎えに来てくださったの?嬉しいわ」
「ロザリア。この度は、ご結婚、おめでとうございます」
リュミエールが丁重に、ロザリアに祝いの言葉を述べた。
「え?」
「おめでとう、ロザリア!僕たちこれから、オリヴィエの結婚前祝いパーティに行くんだよ。今夜は男同士で、ね!」
説明チックなマルセルの一言に、ロザリアの瞳が輝いた。
「まあ、オリヴィエ!とうとう決心してくださったの!?」
「えーっと・・・。まあ、そーゆーコトかな」
顔を引きつらせながらも微笑むオリヴィエを抱きしめ、ロザリアは叫んだ。
「嬉しいわ、オリヴィエ!結婚式はいつ?」
「いつでもイイよ」
「では、貴方の気が変わらないうちに、明日にしてしまいましょう。約束よ、オリヴィエ?」
「ハイハイ、分かりましたって!」
<ホット・ボックス>から出てきたロザリアの同僚たちも、心から彼女を祝った。
「あら!おめでとう、ロザリア!!」
「やっと、幸せになれるのね!」
そんな様子を見て、どうやらジュリアスの疑いも解けたらしい。
「うむ。そうか。ロザリア、オリヴィエと幸せになるが良い。私もそなた達の幸せを願うぞ」
そう言って、その場を立ち去った。
「では、オリヴィエ。明日の約束、忘れないでね?」
ロザリアはロザリアで、女同士の前祝いパーティをする、と言って去って行ってしまった。
オリヴィエは、ランディを睨みつけて叫んだ。
「ちょっと、ランディ!どうしてくれるの!?おかげさまで、私はロザリアと結婚することになっちゃったじゃない!?」
「アレ以外に、言い逃れの方法があったかい?14年も待たせたんだから、もういいじゃないか。観念しなよ、オリヴィエ」
オリヴィエは黙って俯き。
溜め息を一つ、漏らした。
ゼフェルはなかなか戻ってこなかった。
オリヴィエは気が気ではない。
リュミエールがチクチクと嫌味を言ってくるし、クラヴィスはクラップがしたいとバカの一つ覚えのように呟いている。
(あー、もうイヤっ!!)
オリヴィエがそう思った時。
「魂を救う会」のミッションバンドがその場を通りかかった。
オリヴィエは、ポン、と手を叩いた。
(そうだ!今、教団には誰もいない。あそこでクラップすれば良いんだ!!私って、頭イイねぇ)
自画自賛しながら教団のメンバーを眺めていたオリヴィエだったが、ある事実に気付き、愕然とした。
(アンジェリークがいない!?)
教団の中心となるはずのアンジェリークの姿は、どこにも見えなかった。
(ええっ!?もしかして、オスカーってば、アンジェリークを・・・)
オリヴィエの危惧どおり、オスカーとアンジェリークは、ハバナの地に降り立っていた。
白いふわふわのワンピースを着たアンジェリークは、教団の制服を着ているときよりも、何倍も可愛かった。
オスカーは、そんなアンジェリークを満足そうに眺めながら、
「さて、アンジェリーク?何処か行きたいところはないかな??」
余裕の笑顔で彼女に訊ねた。
アンジェリークの瞳が、輝く。
「はい。私、教会に行ってみたいです!この地の教会は、どんな教会なのかしら??そして、二人で一緒に、神に祈りを捧げましょう。だって私たちは皆、神の子なんですもの・・・」
笑顔でオスカーに告げるアンジェリークに、オスカーは心の中で舌打ちした。
(全く。ホントにお堅いな、この少女は・・・)
オスカーは、アンジェリークとのこの貴重な時間を、もっと楽しい事に使いたかった。
二人ではしゃいだり、ウィンドウショッピングをしたり・・・。
しかし、アンジェリークの頭の中には、はしゃぐ、とか、買い物をする、とかいう考えが全く存在しないように思えた。
オスカーは深く溜め息をつき・・・。
「溜め息なんてついて、どうしたんですか、オスカー??」
心配顔のアンジェリークに向かってわざとらしく微笑みかけ、話を別の方向に逸らした。
「おっと。まだまだ時間があると思っていたが、そろそろディナーの時間だ。とっておきの楽しい食事の一時を、君にプレゼントすることを約束しよう。それでは、出掛けようか、お嬢ちゃん」
(教会なんて、絶対に行きたくないからな・・・)
心の中でそう呟き、オスカーはアンジェリークを食事の出来る場所へと連れて行くのだった。
オスカーが準備したディナーの場所は、夜景の綺麗な品の良いレストラン。
「こんな所で、食事をするんですか?」
驚くアンジェリークに、オスカーは問い掛けた。
「ご不満かな?」
「違うんです、ちょっと気後れしちゃって・・・」
オスカーの影に隠れるようにしてそう言うアンジェリークは、可愛らしかった。
「大丈夫さ。今ここにいるレディ達の中で、君以上にこの場に相応しい女性なんて、いないからな」
アンジェリークを力づけるように、その肩を軽く叩き。
オスカーはアンジェリークをエスコートして、テーブルについた。
気合を入れて店を選んだだけあって、料理は美味であった。
「味はどうだい、アンジェリーク?」
「美味しいです」
遠慮がちに言って微笑むアンジェリークを見て、オスカーはある事を思いついた。
(そうだ、酒だ!酒を飲ませれば、この真面目一辺倒のお嬢ちゃんも、少しはウキウキとした気分になるに違いない!!)
オスカーは素早くウェイターを呼び寄せ、耳打ちをした。
数分後、アンジェリークの目の前に運ばれてきたのは、カシスオレンジであった。
「どうぞ、お嬢ちゃん」
アンジェリークはグラスの中の液体を、不思議そうに眺めた。
「綺麗な色。これは、何ですか??」
「オレンジジュースさ」
アンジェリークは疑わしい目つきになった。
「オレンジジュースって、もっと違う色のような気が・・・」
「お嬢ちゃんのための、特別なオレンジジュースだ。だから色が違って当然なのさっ。とにかく飲んでみてくれ。美味いぜ?」
「・・・それじゃ、いただきます」
アンジェリークが、グラスを手に取り。
中の液体を、キューっと飲み干した。
(すごい飲みっぷりだ・・・)
意外な展開に、オスカーはいささか不安になる。
「美味しいです〜」
幸せそうに呟くアンジェリークに、オスカーはさり気なく聞いた。
「そうか?ところで、お嬢ちゃん。大丈夫かな?」
「大丈夫って?変な質問ですね??」
(アンジェリークは、案外酒に強いのかも知れないな)
カクテルを一気飲みしたにも関わらず、ケロッとした顔をしているアンジェリークに、オスカーはホッとした。
いきなり倒れられたらどうしようかと思ったのだ。
しかし。
食事が終わる頃、アンジェリークの様子がおかしくなった。
「何だか、頬が熱いです〜」
とろんとした瞳で、アンジェリークがオスカーを見つめた。
「そして、フワフワして気持ちいいの」
ピンク色に染まった頬、少し潤んだ瞳が色っぽくて。
オスカーは思わず、アンジェリークから視線を逸らした。
アンジェリークの華奢な白い手がオスカーの手に乗せられ、オスカーはドキリとする。
「ね、オスカー。今日はどうして誘ってくれたの?」
アンジェリークが訊ねた。オスカーは、答えられない。
「どうして私のために良くしてくれるの?」
アンジェリークが、ずいっとオスカーに迫った。
「ねえ、どうして??」
賭けの対象である、とは、口が裂けても言えなかった。
確かに最初は、ただの賭けの対象だと思っていた。
だが今は。
オスカーは、本気でアンジェリークに恋をしていた。
「どうしてなの???」
「それは・・・」
アンジェリークから視線を逸らしまま、オスカーは言葉を探した。
「それは、君を・・・」
『愛しているからだ』という言葉は、オスカーの喉元で飲み込まれた。
アンジェリークがパタリとテーブルにうつ伏せになり、そのまま可愛らしい寝息を立て始めたからだ。
オスカーは優しい笑みを浮かべて、アンジェリークを見つめ。
太陽の光を溶かし込んだような明るい金の髪を、優しく撫でてやったのだった。
フッと目を覚まし、アンジェリークは自分の頭がオスカーの膝の上に乗せられていることを知った。
辺りを見回すと、既に真っ暗だった。
近くで、水の流れる音が聞こえる。
(噴水でもあるのかしら・・・?)
などと考えながら、アンジェリークはオスカーの膝から頭を上げた。
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
心配そうな表情で、オスカーが自分を見つめるのを、アンジェリークは不思議に思った。
「私は全然平気でーす」
立ち上がろうとすると、足元がふらついて。
よろめくアンジェリークを、オスカーが慌てて抱きとめた。
「済まない。君に飲ませたオレンジジュース、実はアルコールだったんだ・・・」
後悔したように言うオスカーを見て、アンジェリークは微笑む。
フワフワと気持ちの良い気分は、まだ継続していた。
「ううん。いいの。だって、こんなに素敵な気分は、生まれて初めて!」
オスカーの腕の中から軽やかな仕草で抜け出すと、アンジェリークは月明かりにキラキラと輝く噴水に目を向けた。
「水しぶきがキラキラ光って、とっても綺麗ね!」
足取りも軽く、噴水の方へと歩いていくアンジェリーク。
スカートが、フワリ、と、風に揺れる。
オスカーは慌てて、その後を追った。
噴水の一段高くなっている部分に飛び乗って、アンジェリークはオスカーを見つめ囁く。
小鳥がさえずるような、可愛らしい声で。
「いい気分ね。素敵な夜をありがとう、オスカー。私、あなたのお陰で、いつもと全く違う世界を体験できたわ。・・・ありがとう」
そう言った後、アンジェリークがグラリと体勢を崩した。
「アンジェリーク!」
駆け寄って、その身体を攫うようにして抱きしめると。
華奢なアンジェリークは、オスカーの腕の中にスッポリと収まった。
「ふふっ。驚いた??ちょっとクラリときちゃった」
悪戯な光に彩られた若草色の瞳が、オスカーを見つめた。
それから、アンジェリークはオスカーの胸に頬を寄せ、
「今日は本当に、ありがとう・・・」
「アンジェリーク・・・」
細い身体を抱きしめて、愛の言葉を囁こうとしたオスカーだったが、彼はまたしても、何も言う事ができなかった。
アンジェリークは再び、オスカーの腕の中で小さな寝息を立てていたのだ。
オスカーは、星空を仰いで、小さく。
溜め息を、ついた。
〜 その4へ続く 〜
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