GUYS & DOLLS
(その4)




 オスカーとアンジェリークが自分たちの街に戻ってきたのは、明け方になってからだった。
 アンジェリークはすっかり酔いも醒め、自分が酔っ払ってしまっていた、という事を、酷く後悔している様子だった。
 何となく気まずい雰囲気で、教団の前へと辿り着いた二人だったが。
 アンジェリークが遠慮がちに、口を開いた。
「明け方の街って、静かですね?今まで、知りませんでした」
「そうか。今の時間帯は、君はいつも寝ているだろうからな。この時間帯は、オレ達ギャンブラーの時間だ。でも見てくれ。朝焼けが、綺麗だろう?」
 オスカーに言われて、アンジェリークは若草色の瞳を、空に向けた。
「ホントに!何て幻想的な空の色!!・・・綺麗ですね・・・」
 嬉しそうに瞳を輝かせるアンジェリークを見て、
「・・・君のほうが、ずっと綺麗だ・・・」
 ボソリと呟いたオスカーと、アンジェリークの瞳がぶつかった。
 二人は、見つめ合う。
 オスカーがそっと、アンジェリークの肩を抱き寄せた。
 抱き寄せられるがままの、アンジェリーク。
 明け方の静かな街が、二人の心を素直にしてくれる。
 オスカーが、アンジェリークの耳元で囁く。
「今まで、全ての事を知り尽くしてきたと思っていたが・・・。君が、教えてくれた。初めての恋を。溢れ出しそうなこの想い、どうすればいい?」
 アンジェリークはオスカーを見上げた。
「あなたといると、ドキドキして、幸せな気持ちになれる。こんな気持ち、初めて知ったの。これが恋というものなの?」
「アンジェリーク。君が、そう思うなら。それが、恋だ」
 オスカーの腕が、優しくアンジェリークを抱きしめた。
 アンジェリークの腕が、ためらいがちにオスカーの背中に回される。
 その時。
 数人の足音と話し声が二人の耳に入り。
 二人はお互いに、素早く身を離した。
 ルヴァ達が、徹夜の集会から戻ってきたのだ。
 教団の方に歩いてくるルヴァが、アンジェリークの姿を認めて、優しく微笑んだ。
「おや〜、アンジェリーク。お帰りなさい。食事はどうでしたか?」
「美味しかったです・・・」
「そうですか〜。それは良かった」
 それからルヴァは、オスカーの方を向いて、
「アンジェリークを連れ出してくれて、ありがとうございます」
 そう、礼を言った。
「楽しかったのは、俺の方です。アンジェリークを連れ出すことを許してくれて、感謝します」
 オスカーが心からそう言った時、けたたましいパトロールのベルの音が、すぐ近くから響いてきた。
「おやおや、一体何があったんでしょう??」
 言いながら、ルヴァが教団の入り口の扉を開くと。
 教団の中から、オリヴィエ、ゼフェル、ランディ、マルセル等の面々が、飛び出してきた。
 言わずと知れた、街の賭博仲間達である。
「おい、オリヴィエ!お前たち・・・」
 オスカーが声をかけたが、皆が皆、必死の形相で逃げ去って行ってしまう。
 そこに、ジュリアスが現れた。
「奴等はどうした!?」
「一体、どうしたんです、ジュリアス警部?」
 オスカーの質問に、ジュリアスは額に青筋を浮かべながら答えた。
「オリヴィエ達が!この神聖なる教団内部で、信じられないことだが賭博をしていたのだ!!」
 ジュリアスの眉間のしわが、深くなった。
「神の前で賭博をするなどと、今日という今日は、絶対に許さぬぞ!この私が、必ず奴等を捕まえてみせるっ!!!」
 正義感の塊のような発言をした後、ジュリアスはオリヴィエ達の後を追って、去っていった。
「教団内部でクラップゲームをするなんて、オリヴィエ達もなかなかやりますねぇ・・・」
 相変わらずのんびりとした口調のルヴァを、叱責するような声が聞こえた。
「ルヴァ様!感心している場合じゃありません!!この神聖な教団を、賭博の場に使うなんて・・・。私、絶対に許せません!」
 アンジェリークが青い顔をして、泣きそうな表情でルヴァを見ていた。
「アンジェリーク?」
「私、私・・・」
 今にも泣き出しそうな表情で俯いた後、アンジェリークはオスカーに視線を移した。
 アンジェリークの瞳は、怒りに震えていた。
「今日私を誘ったのは、このためだったんですね?あなたの仲間達に、クラップゲームの場を提供するため。本当は私が、今日はこの場に残っているはずだったんですもの」
 ルヴァ達は、黙って、教団の中に入っていった。
「誤解だ、アンジェリーク!」
 思わず叫んでしまったオスカーに向かって、アンジェリークは冷ややかに告げた。
「さようなら、オスカー。もう二度と、お会いしたくありません」
 冷ややかな声は、微かに震えていた。
 アンジェリークの瞳から、真珠のような涙が零れ落ちる。
 可愛いワンピースの袖で、その涙を素早く拭うと。
 アンジェリークは静かにオスカーに背を向け、教団の中に姿を消してしまった。
 パタン。
 静かに閉じられたそのドアを、オスカーもまた、静かに見つめた。
 その頬に、苦い笑いが浮かび。
 また一つ溜め息をつくと、オスカーは翳りを帯びた眼差しでその場を後にしたのだった。



 <ホット・ボックス>で、ロザリアとダンサーの女の子たちが踊っている。
 今日はいよいよ、オリヴィエとロザリアの結婚の日なのである。
 いつも以上に華やかに微笑み、歌い、踊るロザリア。
 オスカーが、そんなロザリアを微笑ましい気持ちで見つめていると。
 ふと、視線の先にマルセルの姿が写り、オスカーはその名前を呼んだ。
「マルセル」
 オスカーを振り向いたマルセルは、非常に困惑した表情をしていた。
「今日の結婚式の予定はナシにするようにロザリアに言って来いって、オリヴィエに言われたんだけど・・・。あんなに幸せそうなロザリアに、言えなくて困ってるんだ」
「約束を反故にするのか?」
 非難の眼差しを向けるオスカーに、マルセルはますます、困惑の表情を深くした。
「あの後、場所を移してゲームを続けてるんだけどね。今が佳境なんだよ。オリヴィエは主催者なんだもの。とても抜け出せないよ」
 ロザリアも、マルセルの姿を発見したらしい。
 踊りながらこちらの方に近づいてきた。
「マルセル!オリヴィエは、まだなの?」
 マルセルの耳元で素早く囁いたロザリアと視線を合わせないようにしながら、マルセルが言いづらそうに告げた。
「ごめんね、ロザリア。オリヴィエから伝言だよ。遠い親戚のおばさんが急に病気になって、今日は凝られなくなった、って」
 見る見るうちに、ロザリアの表情が曇った。
 その表情に、オスカーはアンジェリークの姿を重ねた。
 逃げるようにその場を後にするマルセルを見て、ロザリアが呟いた言葉をオスカーは聞いてしまった。
「また、だわ。もうダメよ、わたくし達、お終いだわ・・・。それなのにわたくしは、・・・どうしてこんなにあの人が好きなのかしら・・・?」

 ギャンブラーの男は、ギャンブルにその情熱の全てをかけ、女を不幸にする。
 そう、オスカーは思った。
 以前に言われたように、ギャンブラーの自分は、アンジェリークには相応しくないのだ。
 そう思った途端、何だか気持ちが楽になったような気がした。
 楽になった、というのは本当はウソで、心が、空洞になったような気が・・・。
「とにかく、彼女との約束だけは守らないとな・・・」
 そう呟くと、オスカーは<ホット・ボックス>を後にした。
 アンジェリークとの約束を果たすために。



 <ホット・ボックス>を出たその足で、オスカーは教団に出向いた。
 今夜必ず、罪人を連れてくる。
 という事を伝えて、アンジェリークを安心させたかったからだ。
 教団の入り口でボーっとしているアンジェリークの姿を見付け、オスカーはその名前を呼んだ。
「アンジェリーク」
 アンジェリークの視線が、宙を泳ぐ。
 若草色の光が、オスカーの方にほんの一瞬だけ向けられたが。
 その視線は、すぐに逸らされた。
 視線を逸らされるだけなのに、胸が痛い。
 そんな自分に驚きながらも、オスカーは言った。
「アンジェリーク。俺の借用書は、まだ有効だ。今夜必ず、罪人1ダースを連れてくる。君のために。君だけの、ために」
 アンジェリークの肩が、微かに揺れたように見えた。
 しかし、オスカーを振り向いたアンジェリークの瞳は、明け方と同じように冷ややかだった。
「結構です。自分のことは、自分でなんとかします」
 それだけ言うと、アンジェリークは教団の中に姿を消してしまった。
 その後ろ姿を見送り、肩を落とすオスカー。
「オスカー」
 名前を呼ばれてハッと我に返ると、ルヴァがいつもと寸分も違わない穏やかな微笑みでオスカーを見つめていた。
「アンジェリークから、大分酷く扱われたみたいですね。あの子はあなたに利用されたと思って、傷ついてるようですから、それも仕方ありませんが・・・。ですが、あなたには、まだあの子のために出来ることが残っていますね、オスカー?」
「分かっています。俺は、彼女のためだけに、その約束を必ず果たすつもりです」



 一方、オリヴィエ達は。
 ジュリアスの執拗な捜索から逃れ、ある場所でクラップゲームを継続していた。
 ある場所、とは、下水道である。
 薄暗いその場所で、ギャンブラー達の熱い戦いが繰り広げられていた。
 オリヴィエのサイコロ捌きは見事の一言に尽き、チャーリーのガレージが10回以上借りられるほどの金額を懐にしていた。
 鼻高々のオリヴィエに、今日は大負けのクラヴィスが面白くなさそうに言った。
「大分儲けたようだな、オリヴィエ。私と勝負しろ・・・」
「儲けるのは当然。私は命懸けでクラップゲームを開催しているんだ。このぐらい甘い思いをさせてもらえないと、やってられないね」
「私と勝負しろ。私のサイコロで、な」
 そう言ってクラヴィスがゴソゴソと胸ポケットから取り出したのは。
 なんと、目のないサイコロだった。
 オリヴィエや、ゼフェルたちの目が点になった。
「ちょっと、クラヴィス!冗談じゃないよ?このサイコロ、目がないじゃないか!!」
「目はある。ちゃんと、見える。このサイコロは、特注なのだ」
「お黙りっ!そんないんちきサイコロで、勝負が出来るもんか!!」
 ギロリ、と、クラヴィスがオリヴィエを睨んだ。
 リュミエールが横から口を挟む。
「オリヴィエ。わたくしには見えますよ、クラヴィス様のサイコロについている目が。ホラ、ここが4です。それで、こちらが1」
「リュミエール、アンタ・・・。めちゃくちゃウソくさいんだけど・・・?」
「オリヴィエ!わたくしが嘘を言っていると・・・貴方はそうおっしゃるのですね!?なんと酷い人なのでしょうか・・・」
 ヨヨヨ、と泣き崩れるリュミエール。
「とにかく、だ。この私と勝負をしてもらうぞ、オリヴィエ。お前は儲けすぎなのだからな」
 断固たる口調でそう言うと、クラヴィスは再度胸ポケットを探り。
 今度は拳銃を取り出して、オリヴィエに向かって銃口を向けた。
「観念して、私と勝負するのだ。私は、クラップゲームが好きなのだ」



 オリヴィエは、散々に負けていた。
 何しろクラヴィスのサイコロには、目がないのである。
 サイコロを転がしては、クラヴィスが言う。
「・・・私の、勝ちだな」
 その度にオリヴィエは、折角手にした金を巻き上げられてしまうのだ。
 とうとう、オリヴィエはすっからかんになってしまい、叫んだ。
「もう私には何にも残ってないよ、クラヴィス!あんたのお陰でね」
「では、誰か別の者に勝負してもらおうか?」
 クラヴィスの視線が、スーッと動き、ランディの上で止まった。
 ギョッとするランディ。
 その時、
「ちょっと待った!」
 現れたのは、オスカー。
 スマートな仕草でランディを庇うようにしてクラヴィスの視線の前に立つと、オスカーは皆に告げた。
「この俺と、クラップゲームをしないか?」
「クラップゲーム?あんたと??」
 メンバーの中にオリヴィエの姿を見付け、オスカーは彼に近づいた。
「オリヴィエ。この前の賭けは、俺の負けだ。千ドル払うよ」
 オリヴィエの手に、千ドルの札束をねじ込んでから、オスカーは更に続けた。
「そうだ、俺と、クラップゲームだ。俺と、この場にいる全員との、な。俺が負けたら、俺はこの場にいる全員に、千ドルずつを払う。その代わり・・・」
「その代わり、何だよ!?」
 ゼフェルの問い掛けに、オスカーはニヤリと笑って答えた。
「その代わり、俺が勝ったら、この場にいる全員、教団の深夜ミサに出席してもらうぞ。それが、俺の条件だ。ただし、サイコロは、俺のサイコロを使わせてもらうぜ。どうだ?」
 言い終え、一同を見回すオスカー。
 オリヴィエもまた、皆を見回して言った。
「私はこの賭けに乗るけどね。あんた達は、どうするのさ?」
「乗った!」
 マルセルが叫んだ。
「わたくしも、乗ることにいたします。勿論、クラヴィス様も、ね」
 リュミエールがにこやかに微笑みながら言った。
 彼は、どうせオスカーが負けると睨んでいるのだ。
 他の者も、その賭けに賛意を示した。
「よし。賭けは成立だ。みんな、約束を忘れるなよ?俺が勝ったら、お前たちは皆、教団の深夜ミサに出席するんだ」
「そして、貴方が負ければ、わたくし達全員に、千ドル」
「そうだ」
 オスカーは胸ポケットからサイコロを取り出す。
 そして、運命の女神に祈った。
(せめて今夜だけ、側にいて味方についてくれ。俺のためでなく、アンジェリークのために・・・)
 オスカーの手元に、皆の視線が集中する。
 深い祈りを込めて、オスカーはサイコロを振った。



〜 その5へ続く 〜






     
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