GUYS & DOLLS
(その5)




 勝負は、オスカーの勝ちだった。
 オリヴィエやランディ、ゼフェル、マルセルはもとより、クラヴィスやリュミエールまで、教団の深夜ミサに出席することになってしまったのだ。
「・・・ミサになど・・・」
 嫌そうに呟くクラヴィスを、リュミエールが宥めた。
「ここは耐えてください、クラヴィス様。賭けの約束を破れば、男が廃ります」
「・・・分かっている」
 オリヴィエもまた、下水道に続くマンホールから頭を出した。
 深夜ミサに出席するために。
 マンホールから出した頭の上に、冷ややかな声が降ってくる。
「オリヴィエ」
 顔を上げると、ロザリアがオリヴィエの目の前に立っていた。
「オリヴィエ。わたくし、もう待つ事に疲れましたの。・・・別れましょう」
「ロザリア!本気で言ってるのかい?」
「・・・ええ。ごめんなさい、オリヴィエ。これで、さようならですわ」
 悲しい瞳でそう告げると、ロザリアはオリヴィエに背を向けた。
 オリヴィエは慌ててマンホールから全身を出し、彼女を引き止めた。
「分かったよ、ロザリア。私たち、これから結婚しよう」
「・・・本当に?」
「本当さ!」
「では早速、お式を挙げなくてはいけませんわね?」
「あんたの良いように」
 その時、オリヴィエを呼ぶ声が聞こえた。
 それは、オリヴィエより一足先に下水道から地上に戻っていた、ゼフェルたちの声だった。
「オリヴィエ、急ぎやがれ!!深夜ミサが始まっちまうじゃねーか!」
「早く来て、オリヴィエ!」
 その声を聞いて、オリヴィエはハッとしたような表情になる。
「ゴメン、ロザリア!私、教団の深夜ミサに行かなくちゃならないんだ・・・」
 ロザリアの顔が、一瞬にして青くなり。
 彼女の美しい眉と眉の間に、深いしわがよった。
「オリヴィエ・・・よくもまあ、深夜ミサなんて大嘘を!貴方が深夜ミサですって?可笑しいことですわね!?」
「でも、本当なんだ」
「言い訳は結構ですわ。騙されていた、わたくしが馬鹿だったんです」
「ロザリア!お願いだよ、そんな風に思わないで欲しいんだ」
「もうやめて、付き合えませんわ。わたくし達、今度こそ、もうお終いね。待ち続けて、疲れ果てて、わたくしはもう、死んでしまいたい・・・」
 オリヴィエがロザリアの手を取る。
 真剣な眼差しで。
「私が悪いんだ、分かってる。どうしても私を許せないというなら、あんたは私を撃ち殺したって良いんだ」
 ロザリアはオリヴィエの手を振り払い、
「さようなら、オリヴィエ」
 あくまでも気高い態度を崩さずに、オリヴィエの前から姿を消した。
 オリヴィエは、その後姿をただ、見送ることしかできなかった。
 彼は、深夜ミサに行かなければならないのだから。



 時は真夜中。
 魂を救う会の教団では、アンジェリークたちが来るはずもない罪人を、待っていた。
「アンジェリーク・・・もう、真夜中を過ぎましたね?罪人たちは、何時来るのでしょう?」
 ディアからの質問に、答えることの出来ないアンジェリーク。
(もうダメだわ・・・)
 そう思い、アンジェリークはルヴァの方に視線を走らせた。
 ルヴァもまた、困ったような眼差しで、アンジェリークを見返した。
「ディア様、申し訳ありません。この支部は・・・」
『今日限りで、廃止させていただきます』
 そう、アンジェリークが続けようとした時。
 教団の入り口のドアが開いた。
 信じられない、といった眼差しで、ドアを見つめるアンジェリークたち。
 開かれたドアからまず現れたのは、オスカーだった。
「良かった!間に合ったな・・・」
 オスカーの視線が、アンジェリークに走った。
 アンジェリークとオスカーの視線がぶつかった瞬間。
 アンジェリークは、サッと、その視線を逸らした。
 オスカーの後からは、次々とギャンブラーたちが教団に入ってきて。
 教団の中は、いきなり賑やかになった。
「まあ!」
 ディアが嬉しそうに叫んだ。
「すごい数の罪人が来てくださったわね、アンジェリーク」
 慈愛に満ちた笑顔で、ディアは一同を見回した。
「さあ、皆さん。どうぞ罪を告白なさってくださいな」
 思わず顔を見合わせるギャンブラー達に、オスカーが一声かけた。
「罪を告白するんだ。俺達なら、いくらだって告白することがあるだろう?まずは、クラヴィス」
「・・・私が?罪を告白・・・??」
 思いっきり嫌そうな顔をするクラヴィスに、オスカーは頷いた。
「さあ、早く」
 渋々、といった体で、クラヴィスがぼそぼそと語りだした。
 手に持った天使の人形を、いとおしそうに見つめながら。
「私は、愛してはいけない女性を愛したことがある。その恋に破れて、私はこのギャンブルの道へと足を踏み入れたのだからな・・・」
 それからクラヴィスは、オスカーを見て言った。
「これで良いのか・・・?」
「そうだ、それでいいのさ。次は、オリヴィエ」
 オスカーに指名され、オリヴィエはヤケになって答えた。
「私なんかねぇ、たった今、女の子を泣かせてきたところだよ。それに、たった今まで、ギャンブルしてたしね」
 他の者たちも、次々と己の罪を告白し。
 ディアは満足そうに、アンジェリークに告げた。
「アンジェリーク。今日の深夜ミサは大成功ね。わたくしは、この教団の存続を認めます」
「ありがとうございます、ディア様」
「よかったですねぇ、本当に」
 アンジェリークとルヴァは、安堵の溜め息を漏らす。
 その様子を、確認し。
(本当に良かった・・・)
 心からそう思うと、オスカーはそっと、教団内部から姿を消した。

 アンジェリークがオスカーの不在に気付いたのは、ミサが終わってから。
 一言礼を言おうと、オスカーの姿を探した時であった。
(お礼が言いたいのに、何処に行ってしまったの、オスカー?)
 両手を握り締め、考え込むアンジェリークの肩を、誰かの手が叩いた。
 アンジェリークが振り向くと、オリヴィエが済まなさそうな顔をして、アンジェリークを見ていた。
「ごめんね、アンジェリーク。オスカーがあんたをしつこくデートに誘ったろう?アレは、私が賭けを持ちかけたからなんだ」
「賭け?」
「そっ。オスカーがあんたを連れ出せるか否かに千ドル。オスカーは、賭けに負けたって言って、私に千ドル払ったけど・・・ホントはあんた達、ちゃんとデートしたんだろう?」
「・・・」
 アンジェリークは、思わず沈黙してしまった。
 そして、思った。
(私は、あの人を誤解していたんだわ。そして、酷いことを言ってしまったのに・・・。あの人は私との約束を守ってくれた。私のために)
「おやおや、オリヴィエ。あなたは一体、アンジェリークに何を言ったんですか〜?」
 黙りこくってしまったアンジェリークを庇うように、ルヴァが二人の間に割って入った。
 そして、アンジェリークに向かって微笑みかける。
 娘を愛する父のような、優しい眼差しで。
「アンジェリーク、お行きなさい。今行かないと、一生後悔するかも知れませんよ?さあ」
 その声に背中を押されるようにして。
 アンジェリークは夜の街中に飛び出した。



 オスカーを探しに街に出たのは良いものの、オスカーの行方が分からず、アンジェリークは途方にくれた。
(本当に、何処に行ってしまったの?)
 思わず泣きそうになってしまったアンジェリークに、声をかけた人物がいた。
「まあ、若い子がこんなところで何をしているの!今、何時か分かっているの!?」
 そう言って、ツカツカとアンジェリークに歩み寄ったのは、ロザリアだった。
「私、人を探しているんです」
 そう言ってロザリアを見上げたアンジェリークの瞳が潤んでいるのを見て、ロザリアは表情を和らげた。
「良い子だから、泣かないのよ。こんなに可愛いあんたを泣かせているのは、どこの男なの?わたくしに話してごらんなさいな」
「私、オスカーを探しているんです」
「まあ!オスカーですって!?あの人なら、今頃空港にでもいるんじゃないかしら?」
「空港?」
「前に会った時、ここでの生活に飽きたらラスベガスに行くって言ってましたもの。あそこに行くには、飛行機でしょう?」
「ありがとうございます、親切な人」
「ロザリアよ、可愛らしいお嬢さん」
「私は、アンジェリークって言います。本当にありがとう。私これから、空港に行きます!」
 今にも駆け出していきそうなアンジェリークを見て、ロザリアは心配そうに言った。
「でも、あの人はギャンブラーよ。あんたきっと、不幸にされるわ。私だって、14年間婚約していたオリヴィエと、ついさっき別れてきたばかりですもの。深夜ミサに行くなんて大嘘ついて、本当に頭にくるわ!」
 憤慨するロザリアに、アンジェリークは遠慮がちに告げた。
「あの・・・オリヴィエさんなら、確かに深夜ミサにいらっしゃってましたけど・・・?」
「何ですって!?」
 ロザリアが叫んだ。
「それじゃあ、あの人は、最後の最後に本当の事を言ったというコトなの!?」
「オリヴィエさんが何を言ったかは知りませんけど、ミサにいらっしゃっていた、というコトだけは確かです」
「わたくし、もっとちゃんとオリヴィエの話を聞いてあげれば良かったわ。・・・これからわたくしは、オリヴィエを探しに行かなくてはいけませんわ。そして、今度こそわたくしと結婚させますわっ!!アンジェリーク。あんたは空港にお行きなさい。ちゃんとオスカーを捕まえるのよ?」
「はいっ」
 二人は、別々の方向に歩き始めた。
 アンジェリークは、空港へと向かった。

 空港のロビーで、アンジェリークの瞳が、オスカーを探して彷徨う。
 ふと。
 アンジェリークの視線が、ある場所で止まった。
 何処にいても目立つ、赤い髪の持ち主。
 翳りを帯びた、アイスブルーの瞳。
「オスカー!」
 アンジェリークが名前を呼ぶと。
 オスカーがゆっくりと、アンジェリークの方に顔を向けた。
 その瞳が、驚きで大きく見開かれる。
「オスカー!!」
 もう一度名前を呼び、アンジェリークがオスカーに駆け寄ると。
 オスカーの口元に優しい笑いが浮かび、彼はアンジェリークに向かって両手を広げた。
 アンジェリークがオスカーの腕の中に飛び込み、
「何処にも行かないで!!」
 そう言って、オスカーの背中をギュッと抱きしめた。
「アンジェリーク・・・君は、俺の事を怒っているんじゃなかったのか?」
「ごめんなさい、オスカー。私、あなたのこと誤解してました」
「では、我が姫君。俺が君を抱きしめることを許してくれるのかい?」
 笑いを含んだオスカーの声に、アンジェリークがオスカーの顔を見上げる。
 オスカーは軽く、アンジェリークにウインクして見せた。
 そして、アンジェリークがコクリと頷くと。
 オスカーは一転して真剣な眼差しになり、アンジェリークを見つめた。
「君が好きだ。君が望んでくれるなら、君を置いて何処にも行ったりしない。ずっと、側にいる」
 そう言ってオスカーがアンジェリークを抱きしめると。
 アンジェリークは幸福そうに、オスカーの胸に顔を埋めたのだった。



 それから数日後。街角での風景。
「オリヴィエ!今日は本当におめでとう!!ロザリアのウエディングドレス姿、とってもキレイじゃないか?この幸せ者めっ」
「よう、オリヴィエ!おめでとさん。今日はロザリアとの結婚式だろ?オレ達、祝いに来てやったぜ」
「おめでとう、オリヴィエ、ロザリア!ボクたち、二人の結婚式を見に来たんだよ」
「ふふふーん。ありがと♪これから式場に行くから、あんた達も付いておいでっ!!」
 ニコニコと笑いながらそういった後。
 オリヴィエの顔が、サーっと青くなり。
「ごめん、ロザリア」
 オリヴィエはいきなり、ロザリアに謝罪した。
「まあ、どうしたの、オリヴィエ?」
 驚くロザリアに、
「結婚式場。予約するのを忘れてたんだ。ホンットにごめんっ!!」
 平謝りするオリヴィエ。
「オリヴィエっ!貴方ってば、どうしてそんなに抜けているの!?」
 ロザリアが眉を寄せてオリヴィエに言った時。
 オスカーとアンジェリークを中心に、教団のバンドが更新してきた。
 アンジェリークはレースをふんだんに使ったウェディングドレスを身に纏い、オスカーは黒い三つ揃えのタキシードでビシッと決めていた。
「あら、アンジェリーク!」
 ロザリアが声をかけると、アンジェリークがロザリアを振り向いた。
「ロザリア!あの時は、本当にありがとう。私たちこれから、教団で結婚式を挙げるの。私、オスカーとなら世界一幸せになれる・・・!!」
 アンジェリークのヴェールが、風に乗ってふわりと揺れた。
 それからアンジェリークは、幸せいっぱいの笑顔で、ロザリアに言った。
「ロザリアも、今日結婚式なのね?とても素敵よ、そのドレス」
 大きく胸元の開いたそのドレスを見つめて、ロザリアは溜め息をついた。
「わたくし達も、今日結婚式を挙げる予定だったのだけれど・・・オリヴィエったら、式場の予約を忘れていたのよ。本当に信じられないわ!!」
「ロザリア、落ち着いて」
 オスカーが穏やかに笑いながら、ロザリアに言った。
「俺からの提案だが。俺達の結婚式と一緒に、君達の結婚式も教団で挙げたらどうだい?」
 オリヴィエが、神の助け、といったような表情になった。
「ありがと、オスカー。そうしてもらえると、助かるよ」
「では私たちは、オスカーとアンジェリーク、そしてオリヴィエとロザリアの結婚式を挙げに行くことにしましょうね」
 ルヴァが相変わらずの優しい微笑みで、二つのカップルに声をかける。
 それから、厳格な声が、オスカーとオリヴィエに語りかけた。
「・・・オリヴィエ、オスカー。そなた達、とうとうギャンブルから足を洗ったのだな?この私も、肩の荷が降りたような気分だぞ」
「ジュリアス!」
 習慣で思わずギョッとするオリヴィエに、
「今日は、そなた達を祝福に来たのだ。そんなに警戒する必要はないぞ」
 ジュリアスが、ニヤリ、と人の悪い笑いを見せた。
「おめでとう。そなた達に、光の祝福を」
「よーし。んじゃ、オレ達も、教団まで付いて行って、コイツラを祝福してやろうぜ!」
「賛成!!」
 街中が幸福に包まれる一時。
 皆からの祝福をいっぱいに浴びながら、二組のカップルは、幸せな結末を迎えたのだった。



〜 END 〜






     
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