SOUL LOVE
(前編)




 帝国上級大将、ナイトハルト・ミュラーの日記より。

私はまだ、その人の名前すら知らない。それどころか、すれ違いさえもしなかったのに。
胸の中に溢れてくるこの不思議に温かい想いを、人は『恋』と呼ぶのだろうか。
そう、私は恋をしてしまった。私の運命の女性に。
その人は突然、私の世界に現れた。
キラキラと輝く不思議な光に惹き付けられて見た先に、その人は、いた。
太陽の光を溶かしたような美しい金の髪。
その瞳は、例えるならエメラルド。
私はよほど不躾に、その人を見ていたのかも知れない。
その人は突然、私を見つめて、ふんわりと微笑んだ。
春の風を感じさせるような、優しい笑顔。
その微笑みの可憐さに、私は思わず動揺してしまい、視線をその人から逸らしてしまった。
そして、もう一度その人がいたはずの場所に視線を戻したとき…。
その人の姿は、跡形もなく消えていたのだ。
私に強い印象を与えて去っていった、美しい女性。
きっともう一度会える。
それは、確信に近い予感。



 聖地の女王補佐官、アンジェリーク・リモージュの日記より。

運命の人に、出会ってしまった。でも私は、あの人の名前も知らない。
ロザリアの用事でこの宇宙にやってきて、ホテルに向かう途中で。
突然、私の視界の中に飛び込んできたあの人。
その瞳があまりにも優しい光を帯びて私を見つめているような気がして。
思わず、笑いかけてしまったの。
あのひとは、ふいっと私から視線を逸らしたわ。
一緒に歩いていたはずのジュリアス様が、お一人で大分前方に進んでいらして、私の名を呼んだから。
私はあの人とお別れして、ジュリアス様の後を追ったの。
でも、私には分かる。きっと、また会えること。
私の予感は、結構当たるのよ。
ああっ、でも、視線を逸らされたってコトは、初対面の印象はサイアクだったってコト!?
やだぁ、どうしよう(涙)。



「…ミュラー、ミュラー!!」
 遠くで、自分の名前を厳しく呼んでいる声がしたな、と思ったら。
 右のわき腹を小突かれた。つついたのは多分、ビッテンフェルトである。
 ミュラーはハッと、現実の世界に引き戻される。
 慌てて声のした方向を向くと、ミュラーの敬愛する皇帝閣下が、不機嫌そうに彼を見つめていた。
「ミュラー。余が今何を言ったか、分かっているか!?」
 歳若い皇帝からの厳しい叱責に、ミュラーはただただ、恐縮するしかない。
 その時、彼を助けてくれたのは。
「我が皇帝。あまり、ミュラーをお叱りになりませんよう。私の知るところによると、どうやら彼は、恋煩い、という病気に罹ってしまっているようなので」
 帝国元帥である、ロイエンタールだった。
「何!?ミュラーが恋煩い??」
 ラインハルトのアイスブルーの瞳が、キラリと光った。ミュラーはヒヤッとする。
「それで、ミュラー。堅物で有名な卿のお相手は、一体何処のご令嬢なのだ?」
「ところが皇帝。どうやらミュラーは、そのフロイラインの名前すらも知らないようなのです」
 赤面し、狼狽するミュラーに代わって返事をしたロイエンタールの言葉を聞いて、ラインハルトはガッカリした表情になった。
「それは、残念なことだ」
 本当に残念そうに低い声でそう呟いてから、皇帝ラインハルトは、打って変わって真面目な口調になる。
「そうそう、ミュラー。先ほどの話だが、余の友人である遠い宇宙の女王陛下からの使者が来ていてな。卿らにも紹介しよう思って、ケスラーに呼びに行かせているところだ。大切な客人ゆえ、失礼の無いように、という話だったのだ」
「はっ。大変失礼いたしました。お話、確かに承りました」
 ミュラーが畏まってラインハルトに答えたその時、謁見の間の大きな扉が静かに開いた。
「閣下。閣下のお客人を、お連れいたしました」
「うむ、ご苦労であった」
 ケスラーを労ってから、ラインハルトは客人に声をかけた。
「よくおいでくださった。余がラインハルトである。お二人とも、遠慮無く近くに来て欲しい」
 客人は、男女各一人ずつ、のようであった。
 ギリシア風の衣装を身に纏い、辺りに金色のオーラを撒き散らしながら歩いてくる、いかにも厳格で誇り高そうな金髪の男性。
 そして、ピンクのマーメードラインのドレスを着て歩いてくる、ふわふわとした金の髪の女性。
 近づいてくるその二人を見て、
「あっ!?」
 ミュラーは思わず、声をあげてしまう。
 男性の方は初対面であったが、女性の方は…。
 ミュラーの運命の人だったのだ。
 その驚きの声は静まり返った謁見の間に響き渡り、彼を再び赤面させた。
 金色の男性がミュラーに視線を向け、形の良い眉を、ひそめる。その眉のひそめ方は彼らの皇帝ラインハルトに非常に良く似ていたのだが、ミュラーには、それを観察する余裕などなかった。女性の方に釘付けだったからだ。
 そしてピンクのドレスの女性の方も、ミュラーに視線を向けた。彼を見つめるそのエメラルド色の瞳が、大きく見開かれて。次の瞬間、彼女はミュラーに向かってふんわりと微笑んだ。
 出会った時と同じ、優しい表情で。
 一人赤くなり、俯くミュラー。
 ラインハルトが、ミュラーとその女性を交互に見やって、訝しそうに訊ねた。
「フロイライン。失礼だが、余の提督であるミュラーと、お知り合いか?」
「いいえ、残念ながらまだ知り合ってはいませんの」
 その声は、ミュラーの耳に小鳥のさえずりのように聞こえた。それから彼女は、ミュラーを更にドギマギさせるような発言をした。
「でも、お顔は存じていますし、これからお知り合いになれたら嬉しいです」
 そう言って、女性は優雅にスカートを持ち上げ、ラインハルトに一礼した。
「我が女王の補佐官を務めております、アンジェリーク・リモージュと申します。お目にかかれて光栄ですわ、皇帝・ラインハルト様」
 豪奢な金髪の男性も、深々と一礼した。
「女王陛下にお仕えする光の守護聖、ジュリアスでございます。よろしくお見知りおきください」
 ラインハルトは穏やかに笑いながら、ジュリアスに声をかけた。
「ジュリアス卿。卿とは、気が合いそうな予感がするぞ。滞在中、私が知らない他の宇宙のことを色々と話してもらえれば嬉しいのだが?」
「はっ。皇帝陛下の意のままに」
 次にラインハルトは、アンジェリークに声をかけた。
 いかにも楽しそうな表情で。
「フロイライン・リモージュ。見ての通り、余の幕僚は男ばかりだ。貴方の世話役として、余の提督の中でも女性の扱いの上手いロイエンタールを指名しようと思っていたのだが・・・」
 皇帝の視線を受けて、ロイエンタールがアンジェリークに軽く会釈した。
「しかし、余は気が変わりやすくてな。貴方の世話役として、ナイトハルト・ミュラー提督を指名することにしたぞ」
「かっ、皇帝!?」
 思いもかけぬラインハルトの言葉に、再び慌てふためくミュラー。
 ラインハルトは意地の悪い微笑で、忠実な青年提督に命じた。
「フロイライン・リモージュの世話役を命じる。頼んだぞ、ミュラー?くれぐれも粗相のないように。ああ、ジュリアス卿。余は早速、卿と話がしてみたい。余の私室で、一緒にディータイムと洒落てみようではないか」
 矢継ぎ早に言葉を発して、ラインハルトは短く告げた。
「それでは、解散」
 客人に会釈をしながら、ぞろぞろと謁見の間を退出していく提督たち。
 ラインハルトもまた、ジュリアスを伴って謁見の間から去り、ミュラーとアンジェリークだけがその場に取り残されたのだった。



 帝国上級大将、ナイトハルト・ミュラーの日記より。

私の運命の女性と、思わぬ場所で再会してしまった。
彼女は、遠い宇宙の女王補佐官。名前は、アンジェリーク・リモージュ。
再会した時に驚きの声をあげてしまったら、皇帝には分かってしまったようだ。
私が恋している人が、彼女だと。
その後の皇帝の言動は、面白がっているとしか思えなかった。
私とアンジェリーク(日記の中でぐらい、名前で呼んでも罰は当たるまい)は、謁見の間に取り残されてしまい。
私は極限状態まで緊張しながら、頬に優しい笑みを浮かべている彼女に声をかけた。
「ナイトハルト・ミュラーです、フロイライン・リモージュ。何か私にご用命は?何なりとお申し付けください」
「この宇宙の人々の様子が知りたいんです。一緒に、街に出ていただけますか?」
「何なりと、お望みのままに」
ガチガチになりながら答える私に、彼女はクスリと笑った。
「街に出る前に、私服に着替えたいんです。この格好じゃ、あまりにも目立ってしまいますもの」
その後、私服に着替えた彼女と、私は街に出た。
ドレスも似合っていたが、私服もまた、彼女の魅力を引き立てているように思えた。
これ以上は、日記には書かない。
書いてしまうと、勿体ないような気がしてしまうから。



 聖地の女王補佐官アンジェリーク・リモージュの日記より

こんな偶然ってアリかしら?
運命の人は、皇帝・ラインハルト様の幕僚だった。名前は、ナイトハルト・ミュラー。
私を見た時、あの人は驚いたようだった。顔は覚えていてもらえてたってコトよね。
ラインハルト様は、あの人を私のお世話役につけてくれて。
私たちは、この宙の人たちの様子を見るために、街に出たの。
ミュラー提督は、思っていた通り紳士的で優しかったわ。
優しい砂色の瞳に、吸い込まれていきそうな気持ち。
でも何故か、あの人はカチンコチンに固まりながら、私と話をするの。
もっと打ち解けてくれれば嬉しいのにな・・・。
なんて、贅沢ね。
私を部屋まで送り届けて、あの人は礼儀正しく言った。
「それでは、フロイライン。どうぞごゆっくりされてください。お気づきの点がありました時には、呼んでくだされば駆けつけますので」
明日も、ミュラー提督と一緒に過ごせるかしら?
今回の滞在、何だかとっても素敵なコトが起こりそう。



〜 中編へ続く 〜






     
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